プラの葬列

山田

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マーク・オースティン

#5

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「ところでボス、俺にだけ飲ませてご自身は頂かれないのですか?」

  注がれたままで動かない彼のグラスに目を細めた俺は、元から手に取る気もないであろう父に毒入りワインを勧める。

「勿論飲むさ。ただ──」

  様子の変化が見て取れない俺を訝しんだ彼の目付きに、自然と上がった広角から笑みが溢れてゆく。表面では平静を装っていても、疑心暗鬼に囚われる父の心境は口ほどにものを言う瞳が激しく物語っている。いや、本来ならばこの状況で気付く方がおかしいのかも知れない。毒を盛ったものが恐れ、盛られたものがうすら笑みを浮かべる──立場と心情の天秤は大きく傾き、まるで神の啓示のような答えが俺を突き動かす。

「それにしても美味しいワインですね。どこのメーカーか、ラベルを拝見しても?」

  親しげな笑みを貼り付けた俺はゆっくりと歩みを進め、父のテーブルに置かれたボトルのボディを左手で持ち上げる。

──『1927    Guilty』。

  1920年から始まった禁酒法の真っ只中に作られたそのワインは、名前からしても自身の罪深さをありありと映し出していた。痺れ草のお陰で震え出した手を抑えるように力を込めた俺は、鋭く射抜く父の双眸を嘲笑う。

「アンタはもう、俺の憧れた『灰狼』なんかじゃない……とっくの昔に腐り切った歯茎から、輝く鋭い刃は抜け落ちてんだよ」

  囁きとも呟きとも分別のつかない俺の声が、神経の糸を張り巡らしたような書斎に響く。

「……どういう意味だ?」

  答えるが早いかスリーピーススーツのジャケットに手を掛けた父は、内ポケットから俺とお揃いの相棒ベレッタ92FSを抜き出して右手で構える。彼の無骨な指がトリガーに掛かるも、ワインボトルの口を右手で握って居合のように振った俺が父より僅かに先行してピストルを弾く。

「グハ……ッ……アラン……貴様、何のつもりだッ?!」

  ワインの遠心力で酷く打たれた右手を庇うように蹌踉めきながら距離を取ろうと立ち上がった父は、低俗な悪役が吐きそうな捨て台詞に怒りを乗せる。

「一度抜けた刃は戻らないし、腐った全てはすぐに伝染する。……対処するのは早いうちがいいでしょう?」

  迷いなく頭部に振り下ろした瓶がベッタリと血濡れ、父の額からは生暖かい赤ワインが滴る。毒に蝕まれてもなお力が抜ける事のないその右手は、縦横無尽に彼の体を打擲ちょうちゃくした。

  さっきまで静かだった書斎を埋めるのは父であった老狼の悲鳴と、最早ワインなのか鮮血なのかすら分からない液体と打撲音。振り回したボトルが美しい木目のテーブルにすら傷跡を残した頃、限界を迎えた空瓶はパリィン……ッと大袈裟な声を上げて真っ二つに砕けた。

「えらく生易しい『罪滅ぼし』だったな……」

  皮肉な光景を簓笑った俺は、割れた後も凶悪な姿を残す瓶の先を父に向ける。見事なほど力の抜けた彼の胸元目掛けて鋭利なボトル片を突き刺した俺は、ワインの注ぎ口から溢れる父の血をボンヤリと眺めながら体力の限界を迎える。ガクガクと力の入らない膝は堰を切ったように崩れ、止まることを知らないその血溜まりに倒れ込む。

  コンコンコン……ッ

  再び静謐が支配する書斎の扉から、乱れる事のない規則的なノックが聞こえる。

「マークです……お水をお持ち致しました」
「入れ」

  残りの力を絞り出すように答えた俺は、左肘を突きながら上体を起こして見慣れた金髪の姿を待つ。

「失礼致します──って、アラン!!それに……ボスまで……!」

  今にも注いできた水を零しそうな勢いで取り乱した彼は顔を引攣らせるも、状況を悟ったように俺の側に腰を折った。

「本当に君は向こう見ずというか、なんというか……この後どうするか、考えはあるのかい?」

  溜息混じりのマークが俺の青い包み紙と水の入ったグラスを差し出すも、体が言う事を聞かない俺は精一杯の力でゴロリと体を上向きを変える。

「あのワインに痺れ草を盛られた……悪いが、その薬を飲ませてくれ……詳しい話は……その後……だ……」
「アラン?!……おい、しっかりしろ!!」

  虚ろに霞む視界の中で途切れかけの記憶に残るのは、俺の名前を何度も叫ぶマークの緊迫した表情だけだった。
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