プラの葬列

山田

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マーク・オースティン

#2

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  足音を消して父の書斎の前まで移動した俺達は、深く息を吸ってから肺に溜まった蟠りを静かに吐き下す。この扉の前に立つたび、あの忌々しい聖夜を呼び起こす俺の脳味噌は、既に煩いぐらいの警鐘を響かせていた。

「……行こうか、アラン」

  ゴクリと唾を飲み込んだマークは固まったままの俺を窺うように向き直ると、なんの根拠もない「大丈夫」を投げかける。それが保証のない無責任な言葉だとしても、あの晩の記憶に囚われた俺には砂漠のオアシスにさえ思えた。

  コンコン……ッ

  静まり返った部屋に、マークの控えめなノックが響く。

「入りなさい」

  誰と尋ねることもなく聞こえた父の声は酷く単調で、それ以上に痛く重い。ゆったりとドアノブに手を掛けたマークは嫋やかな声色で「失礼します」と扉を開き、むせ返るほど葉巻の香りが充満した書斎を見据える。キッチリと書類が整列する書斎の奥には木目の美しい猫足のテーブルが置かれ、そこで両肘を突きながら祈るように指を組む父の姿があった。

「ボス、ただいま戻りました」

  背筋を伸ばしたまま恭しく頭を下げたマークが俺の盾になるように一歩前へ出ると、父は「あぁ」と灰皿に葉巻を置く。

「ジャックにはアランを呼ばせたつもりだが……なんだ、マークも付いてきたのか」

  穏やかな言葉遣いの奥に潜む、父特有の威圧感。子供の頃から恐ろしくも憧れたその貫禄は歳を重ねた今も健在で、彼は鋭い眼光を俺に向ける。

「……遅くなりましてすみません」

  マークに負けじと横に並んで頭を下げた俺は、いつまでも周りに庇われて生きるほど弱くない。

──これはきっと、絶好の機会だ。

このタイミングを逃して仕舞えば、きっと父にアリーシャとプラについて聞くことは難しく、一生このままで真相は闇のまま迷宮入りなんて事も考えられる。

「2人とも、いつまで頭を下げている?」

  暫しの沈黙を破った父の声に釣られて頭を上げると、彼は徐に指を組み替える。関節の節々が太く、深く残る傷跡がどこそこに垣間見えるその手には、母が他界しても結ばれたままの結婚指輪が薬指に輝く。

「何故ここに呼ばれたのか……心当たりは?」

  深々と降り積もる雪のように段々と重みを増す彼の圧に押されながらも「さぁ」ととぼける俺は、伏し目のまま辺りの様子を窺う。

「そうか……なら仕方ない。アラン、今日は何処へ、何しに出かけた?」
「その問いかけは俺の父としてですか?それとも、我々コーザノストラのボスとしてですか?」
「勿論ボスとして、だ。……くれぐれも血の掟には逆らうなよ?」

──『何かを知るためにボスから呼び出された時は、必ず真実を語らなくてはならない』

  血で血を洗うような世界を束ねるその掟は俺達の秩序でもあり、飼い犬に付けられた邪魔な首枷とも言える。「あぁ……」と溜息交じりに父へ向き直った俺は、覚悟を決めて彼の煤けた菫色の瞳を射抜く。

「江華貿易商が主催する奴隷市へ、アリーシャの手掛かりを探しに潜入しました」
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