39 / 51
楊 飛龍
#6
しおりを挟む
開式の辞に相応しい圧を会場全体にかけた糸目の男は、螺旋階段の最後の一段で足を止めてパチン……ッと指を鳴らす。
「さぁ、宴と洒落込みましょうか」
彼の合図を待っていたであろう照明は瞬く間に光を広げ、眩しいぐらいに煌びやかなステージがお目見えする。髪を頭の天辺で結った女達は首についた鎖を優雅に揺らし、白やピンクが鮮やかな漢服で魚の尾鰭が揺蕩うように一糸乱れず舞台の上を左右に分かれて舞う。
「此処に並ぶのは全て『商品』……我を忘れて、心ゆくまでお楽しみ下さいな」
羽衣を纏う囚われの天女達が開けた花道を進んでステージの最前列に出た楊は、紳士のように竹帽子を取って笑みを作ると、しなやかにお辞儀をしてみせた。
ウオォォォォォ……ッ!!
怒号にも近い歓声が四方八方から沸き上がり、商品達は皆一様に肩を震わせる。欲望に取り憑かれた下衆な男達がステージに上がったのを引き金に、天女は次々と醜い激情の捌け口となった。
耳を劈く程の狂喜乱舞、はたまた籠の鳥の阿鼻叫喚に、俺は心底胸糞が悪くなる。
「粗方予想はしていたけれど……」
左手で口を押さえるマークは汚物を見るような蔑みの瞳で辺りを見渡すと、僅かな怒りの鱗片を掴むようにグッと右手を握りしめた。
「ここまで醜悪な催し物は、なかなかお目に掛かれないだろうな」
正直、ココの連中と同じ空気を吸っている事すら穢らわしい。今すぐ煙草のひとつでも吸って気を紛らわせたい気分の俺は、中央のステージを注視する。
すっかりストリップショーにでも成り果てた舞台からグルリと会場を満足げに見渡す楊は、禍々しい角や翼が無いだけで劣情に支配された男女を飼い慣らすあの魔物に他ならない。
──『……くれぐれも『悪魔』に取り憑かれてしまいませんように』
花屋の女が口にしていた『悪魔』は、きっとアイツの事だ。もしその言葉に深い意味が無かったとしても、俺は迷わずアイツを悪魔と罵るだろう。
今すぐにでも舞台から引き摺り下ろして一発お見舞いしてやりたい気分になった俺は、静かに親指の爪を噛んだ。
「……お願い……っ!ねぇ……だ、助けでっ!!」
途切れ途切れの悲鳴を振り撒いて人の山をを掻き分ける何かが、広い会場の奥で蠢く。まるで爪先で物を引っ掻いたような声に圧倒された観客はほぼ無意識に道を開けると、ソレは勢いを増してこちらへと進む。
「あ、あの……っ、わだしを助げて下さい……」
先程まで纏っていたはずの羽衣がボロボロに引き裂かれた女は、首枷が外れてもなお跡の残る痣の多い肌を露出させて血みどろの顔でマークに縋り付く。実際助けを求める先はなんでも良かったのだろうが、変なところで人の良いマークは困ったように女を抱きとめる。
「『助けて』って言われもなぁ……」
ベストの胸ポケットから取り出したハンカチで腫れ上がった彼女の顔を拭く彼は、視線だけで俺に助けを求めるような表情を浮かべた。
「助けてやれば良いんじゃねーの」
いつも俺にちょっかいを出す仕返しのように満面の笑みで答えると、珍しく慌てふためくマークは深々と溜息を吐く。
「君はそう簡単に言うけれども」
ドヒュン……ッ!!
マークの嘆きを遮る凶悪な音は女の脇腹から赤い血飛沫を上げて降り注ぐと、沈むよな衝撃に押された2人は床に膝をついた。
「マーク……ッ?!」
咄嗟に彼の名前を呼んだ俺は変えの効かない相棒の盾になるように発砲したであろう方位を睨み付けると、「ウチの不良品が、飛んだお目汚しをして申し訳ない」と呑気な声が聞こえる。
「常々お客様の邪魔をしてはいけない……と、あれほど躾けておいたのに」
穏やかな口調とは裏腹にリボルバーを片手のまま横向きに構えた糸目の男は、「不良品は……処分、しないとね」とさも優しげに笑む。もはや人間を虫ケラとすら思っていない楊を前にガタガタと肩を震わせた女を見据えつつ、マークが彼女を安心させるようにそっと肩を抱いたのを俺は見逃さなかった。
「おい、中国人」
口の端を釣り上げて楊に歩み寄った俺は、女に差し向けているリボルバーの銃身を徐に握って悪魔から取り上げる。
「ア、アラン?何を考えているんだ……ッ」
「別に。早かれ遅かれ、俺達の目的はコレだろ?逆にチャンスがあっちから巡ってきたんだ……活用しない理由がどこにある」
蹌踉めきながら立ち上がったマークの牽制も虚しく、俺は奪い取ったリボルバーを糸目の野郎の額にピッタリと押し付けて嗤う。
「……さっき、此処にあるのは全部『商品』って言ってたよな?──お前みたいなクズは、一体いくら積んだら奴隷にできるんだ?」
一瞬だけ貼り付けた笑顔を解いて無表情になった楊は、そっと舌舐めずりをしてから静かに両手を挙げる。
「フッ……私を飼い慣らそうとは面白い。生きの良い若人は、直々に遊んでやろうじゃぁないか」
甘い声色で囁いた悪魔は嬉しそうに頭の上で軽く手を叩いて人を呼び、「请把他带到另一个房间」と猛獣のように暴力的な赤い瞳を睫毛の間から薄く覗かせた。
「さぁ、宴と洒落込みましょうか」
彼の合図を待っていたであろう照明は瞬く間に光を広げ、眩しいぐらいに煌びやかなステージがお目見えする。髪を頭の天辺で結った女達は首についた鎖を優雅に揺らし、白やピンクが鮮やかな漢服で魚の尾鰭が揺蕩うように一糸乱れず舞台の上を左右に分かれて舞う。
「此処に並ぶのは全て『商品』……我を忘れて、心ゆくまでお楽しみ下さいな」
羽衣を纏う囚われの天女達が開けた花道を進んでステージの最前列に出た楊は、紳士のように竹帽子を取って笑みを作ると、しなやかにお辞儀をしてみせた。
ウオォォォォォ……ッ!!
怒号にも近い歓声が四方八方から沸き上がり、商品達は皆一様に肩を震わせる。欲望に取り憑かれた下衆な男達がステージに上がったのを引き金に、天女は次々と醜い激情の捌け口となった。
耳を劈く程の狂喜乱舞、はたまた籠の鳥の阿鼻叫喚に、俺は心底胸糞が悪くなる。
「粗方予想はしていたけれど……」
左手で口を押さえるマークは汚物を見るような蔑みの瞳で辺りを見渡すと、僅かな怒りの鱗片を掴むようにグッと右手を握りしめた。
「ここまで醜悪な催し物は、なかなかお目に掛かれないだろうな」
正直、ココの連中と同じ空気を吸っている事すら穢らわしい。今すぐ煙草のひとつでも吸って気を紛らわせたい気分の俺は、中央のステージを注視する。
すっかりストリップショーにでも成り果てた舞台からグルリと会場を満足げに見渡す楊は、禍々しい角や翼が無いだけで劣情に支配された男女を飼い慣らすあの魔物に他ならない。
──『……くれぐれも『悪魔』に取り憑かれてしまいませんように』
花屋の女が口にしていた『悪魔』は、きっとアイツの事だ。もしその言葉に深い意味が無かったとしても、俺は迷わずアイツを悪魔と罵るだろう。
今すぐにでも舞台から引き摺り下ろして一発お見舞いしてやりたい気分になった俺は、静かに親指の爪を噛んだ。
「……お願い……っ!ねぇ……だ、助けでっ!!」
途切れ途切れの悲鳴を振り撒いて人の山をを掻き分ける何かが、広い会場の奥で蠢く。まるで爪先で物を引っ掻いたような声に圧倒された観客はほぼ無意識に道を開けると、ソレは勢いを増してこちらへと進む。
「あ、あの……っ、わだしを助げて下さい……」
先程まで纏っていたはずの羽衣がボロボロに引き裂かれた女は、首枷が外れてもなお跡の残る痣の多い肌を露出させて血みどろの顔でマークに縋り付く。実際助けを求める先はなんでも良かったのだろうが、変なところで人の良いマークは困ったように女を抱きとめる。
「『助けて』って言われもなぁ……」
ベストの胸ポケットから取り出したハンカチで腫れ上がった彼女の顔を拭く彼は、視線だけで俺に助けを求めるような表情を浮かべた。
「助けてやれば良いんじゃねーの」
いつも俺にちょっかいを出す仕返しのように満面の笑みで答えると、珍しく慌てふためくマークは深々と溜息を吐く。
「君はそう簡単に言うけれども」
ドヒュン……ッ!!
マークの嘆きを遮る凶悪な音は女の脇腹から赤い血飛沫を上げて降り注ぐと、沈むよな衝撃に押された2人は床に膝をついた。
「マーク……ッ?!」
咄嗟に彼の名前を呼んだ俺は変えの効かない相棒の盾になるように発砲したであろう方位を睨み付けると、「ウチの不良品が、飛んだお目汚しをして申し訳ない」と呑気な声が聞こえる。
「常々お客様の邪魔をしてはいけない……と、あれほど躾けておいたのに」
穏やかな口調とは裏腹にリボルバーを片手のまま横向きに構えた糸目の男は、「不良品は……処分、しないとね」とさも優しげに笑む。もはや人間を虫ケラとすら思っていない楊を前にガタガタと肩を震わせた女を見据えつつ、マークが彼女を安心させるようにそっと肩を抱いたのを俺は見逃さなかった。
「おい、中国人」
口の端を釣り上げて楊に歩み寄った俺は、女に差し向けているリボルバーの銃身を徐に握って悪魔から取り上げる。
「ア、アラン?何を考えているんだ……ッ」
「別に。早かれ遅かれ、俺達の目的はコレだろ?逆にチャンスがあっちから巡ってきたんだ……活用しない理由がどこにある」
蹌踉めきながら立ち上がったマークの牽制も虚しく、俺は奪い取ったリボルバーを糸目の野郎の額にピッタリと押し付けて嗤う。
「……さっき、此処にあるのは全部『商品』って言ってたよな?──お前みたいなクズは、一体いくら積んだら奴隷にできるんだ?」
一瞬だけ貼り付けた笑顔を解いて無表情になった楊は、そっと舌舐めずりをしてから静かに両手を挙げる。
「フッ……私を飼い慣らそうとは面白い。生きの良い若人は、直々に遊んでやろうじゃぁないか」
甘い声色で囁いた悪魔は嬉しそうに頭の上で軽く手を叩いて人を呼び、「请把他带到另一个房间」と猛獣のように暴力的な赤い瞳を睫毛の間から薄く覗かせた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

このブラジャーは誰のもの?
本田 壱好
ミステリー
ある日、体育の授業で頭に怪我をし早退した本前 建音に不幸な事が起こる。
保健室にいて帰った通学鞄を、隣に住む幼馴染の日脚 色が持ってくる。その中から、見知らぬブラジャーとパンティが入っていて‥。
誰が、一体、なんの為に。
この物語は、モテナイ・冴えない・ごく平凡な男が、突然手に入った女性用下着の持ち主を探す、ミステリー作品である。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

昭和レトロな歴史&怪奇ミステリー 凶刀エピタム
かものすけ
ミステリー
昭和四十年代を舞台に繰り広げられる歴史&怪奇物語。
高名なアイヌ言語学者の研究の後を継いだ若き研究者・佐藤礼三郎に次から次へ降りかかる事件と災難。
そしてある日持ち込まれた一通の手紙から、礼三郎はついに人生最大の危機に巻き込まれていくのだった。
謎のアイヌ美女、紐解かれる禁忌の物語伝承、恐るべき人喰い刀の正体とは?
果たして礼三郎は、全ての謎を解明し、生きて北の大地から生還できるのか。
北海道の寒村を舞台に繰り広げられる謎が謎呼ぶ幻想ミステリーをどうぞ。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる