37 / 51
楊 飛龍
#4
しおりを挟む
「……僕も手伝うよ。僕に出来ることならななんでも、ね」
笑うというには痛々しく、泣くというには優しすぎるその表情の名前を、きっと俺は知らない。マークの仕草にどこがむず痒い思いをした俺は、「勝手にしろ」と心にもない暴言を吐いてビルに向き直る。錆が回って赤みを帯びた鉄の扉にくっ付いたドアノブに俺が手を掛けると、キィ……ッと耳障りな悲鳴を上げてドアが軋んだ。
薄暗い屋内に目を凝らした俺は慎重に足を進めると、上と下へ続く両極の階段が俺らをご丁寧に出迎える。上に向かう階段には比較的新しそうな鎖と南京錠が掛けられ、横に並んだマークが「下のようだね」と呟く。
「あぁ」
手摺からなにまで錆に蝕まれた階段は、踏み出すたびにカタン……ッと高い音を立てる。早くも息が詰まりそうな閉鎖的空間に口を結んだ俺は、段々と近付く賑やかな声に目を細めて腕時計を見た。
18時04分。
時間としては上々、入場してから中を見て回るぐらいの余裕を持たせた計画に満足すると、篝火が轟々と輝く階段下の踊り場へ降り立つ。
「此処は関係者以外立ち入り禁止だ」
踊り場を曲がった先に立ち塞がるのは、身長174㎝の俺が見上げるほどの大男だった。いかにも用心棒といった雰囲気を纏うスキンヘッドの彼は姦しい扉の前に陣取ると、風貌にお似合いのサングラスとスーツで俺らを見据える。
「おやおや、面白い人だ。俺らはちゃんと関係者ですよ?」
威圧的な男を鼻で笑った俺は静かに花屋で貰ったタロットカードを取り出すと、彼の鼻先でヒラヒラと挑発するように見せつけた。
「フンッ……生意気な小僧め」
余程俺の仕草が鬱陶しかったのか、勢いよくカードをひったくった男は舌打ち混じりにそのカードを捻り潰して篝火に放る。彼の怒りを映したようなその炎が一瞬爆ぜるように揺れ動き、美麗なアネモネはジワジワと闇に飲まれてゆく。
「奴隷市へようこそ……せいぜい摘み出されないように気を付けるんだな」
親切な御忠告を早速頂戴した俺はマークに振り返って口の端を釣り上げると、深く溜息をついて肩を竦めた彼は俺の代わりに大男へ会釈する。
「ご心配頂き、ありがとう御座います」
心にもない礼を述べて扉へと進んだ俺の心臓が、はち切れんばかりに動く。ドクン……ッドクン……ッと脈打つソレは、緊張などというちっぽけなものではなく、燃え盛るような期待を押し上げる高揚感。
「──It's a show time」
押し開かれた扉の先は、欲望がうねりを上げる魔物の巣窟。腰のホルダーに携えたベレッタ92FSが興味深そうに自身の存在を誇示し、勇み足の俺は会場に蔓延る毒っぽい熱気をこれでもかと言うほど深く吸い込んだ。
笑うというには痛々しく、泣くというには優しすぎるその表情の名前を、きっと俺は知らない。マークの仕草にどこがむず痒い思いをした俺は、「勝手にしろ」と心にもない暴言を吐いてビルに向き直る。錆が回って赤みを帯びた鉄の扉にくっ付いたドアノブに俺が手を掛けると、キィ……ッと耳障りな悲鳴を上げてドアが軋んだ。
薄暗い屋内に目を凝らした俺は慎重に足を進めると、上と下へ続く両極の階段が俺らをご丁寧に出迎える。上に向かう階段には比較的新しそうな鎖と南京錠が掛けられ、横に並んだマークが「下のようだね」と呟く。
「あぁ」
手摺からなにまで錆に蝕まれた階段は、踏み出すたびにカタン……ッと高い音を立てる。早くも息が詰まりそうな閉鎖的空間に口を結んだ俺は、段々と近付く賑やかな声に目を細めて腕時計を見た。
18時04分。
時間としては上々、入場してから中を見て回るぐらいの余裕を持たせた計画に満足すると、篝火が轟々と輝く階段下の踊り場へ降り立つ。
「此処は関係者以外立ち入り禁止だ」
踊り場を曲がった先に立ち塞がるのは、身長174㎝の俺が見上げるほどの大男だった。いかにも用心棒といった雰囲気を纏うスキンヘッドの彼は姦しい扉の前に陣取ると、風貌にお似合いのサングラスとスーツで俺らを見据える。
「おやおや、面白い人だ。俺らはちゃんと関係者ですよ?」
威圧的な男を鼻で笑った俺は静かに花屋で貰ったタロットカードを取り出すと、彼の鼻先でヒラヒラと挑発するように見せつけた。
「フンッ……生意気な小僧め」
余程俺の仕草が鬱陶しかったのか、勢いよくカードをひったくった男は舌打ち混じりにそのカードを捻り潰して篝火に放る。彼の怒りを映したようなその炎が一瞬爆ぜるように揺れ動き、美麗なアネモネはジワジワと闇に飲まれてゆく。
「奴隷市へようこそ……せいぜい摘み出されないように気を付けるんだな」
親切な御忠告を早速頂戴した俺はマークに振り返って口の端を釣り上げると、深く溜息をついて肩を竦めた彼は俺の代わりに大男へ会釈する。
「ご心配頂き、ありがとう御座います」
心にもない礼を述べて扉へと進んだ俺の心臓が、はち切れんばかりに動く。ドクン……ッドクン……ッと脈打つソレは、緊張などというちっぽけなものではなく、燃え盛るような期待を押し上げる高揚感。
「──It's a show time」
押し開かれた扉の先は、欲望がうねりを上げる魔物の巣窟。腰のホルダーに携えたベレッタ92FSが興味深そうに自身の存在を誇示し、勇み足の俺は会場に蔓延る毒っぽい熱気をこれでもかと言うほど深く吸い込んだ。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

このブラジャーは誰のもの?
本田 壱好
ミステリー
ある日、体育の授業で頭に怪我をし早退した本前 建音に不幸な事が起こる。
保健室にいて帰った通学鞄を、隣に住む幼馴染の日脚 色が持ってくる。その中から、見知らぬブラジャーとパンティが入っていて‥。
誰が、一体、なんの為に。
この物語は、モテナイ・冴えない・ごく平凡な男が、突然手に入った女性用下着の持ち主を探す、ミステリー作品である。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

昭和レトロな歴史&怪奇ミステリー 凶刀エピタム
かものすけ
ミステリー
昭和四十年代を舞台に繰り広げられる歴史&怪奇物語。
高名なアイヌ言語学者の研究の後を継いだ若き研究者・佐藤礼三郎に次から次へ降りかかる事件と災難。
そしてある日持ち込まれた一通の手紙から、礼三郎はついに人生最大の危機に巻き込まれていくのだった。
謎のアイヌ美女、紐解かれる禁忌の物語伝承、恐るべき人喰い刀の正体とは?
果たして礼三郎は、全ての謎を解明し、生きて北の大地から生還できるのか。
北海道の寒村を舞台に繰り広げられる謎が謎呼ぶ幻想ミステリーをどうぞ。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる