プラの葬列

山田

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楊 飛龍

#3

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  簡素なログハウスは見た目通りの造りで、足を踏み入れた途端にギシ……ッギシ……ッと情けない悲鳴をあげる。

「随分と……その……アレだな」

  言葉になっていない単語を並べて室内を見渡した俺は、隙間の空いた壁を補強する涙ぐましい努力を指先で撫でた。

「お粗末だよね。でも、僕は結構気に入ってるよ……椅子、良かったら使って」

  何処から持ってきたのかというほど古びた一本足の丸いテーブルに番う白の椅子は、どう見てもちぐはぐでセット品ではないことがよく分かる。勧められるがまま俺は静かに腰を下ろすと、テーブルに並ぶ空の薬瓶を手に取った。

「ぐちゃぐちゃでごめんなさい。今日はちょっと体調が悪かったから……」

  俺を気遣うようにそそくさと瓶を掻き集めたアリーシャは、クルリと踵を返してキッチンとも呼び難い炊事場に向かう。そのまま慣れた手つきで手鍋に少量の水を入れて火に掛け、傾いた戸棚から茶葉を取り出した。

「お兄ちゃんは甘いもの、好き?」

  柔らかな笑顔で振り返る彼を微笑ましく眺める俺は、テーブルに片肘を突きながら「あぁ」と零す。もしもあの日、あんな事件がなかったら──この和ましい雰囲気は当たり前の日常だったのだろうか?

  厳格で家族思いな父と、優しくて美しい母、純粋で健気な弟と1つ屋根の下で幸せに暮らす理想を浮かべつつ、俺は叶いもしない幻覚を振り払うように鼻を擦った。

「なぁアリーシャ……『プラ』について詳しく聞かせてくれないか?」

  部屋中に紅茶の芳醇な香りが充満し、それを見計らった天使は「うん」と空返事で徐に牛乳を注ぐ。そのまま静かにターナーを動かした彼は、仕上げの魔法を掛けるみたく角砂糖をコロコロと鍋に転がした。

「出来たよ!……すぐに冷めちゃうから、温かいうちに飲んでね」

  縁の欠けたペアカップに茶漉しを通して乳褐色の液体を注いだアリーシャは、その片方を俺に差し出しながらテーブルの隣に設置されたベッドへと腰掛ける。ゆったりと昇る湯気を携えたその液体は、遠い昔の寒い夜に母が作ってくれたものとよく似たミルクティー。歓喜と感傷が綯い交ぜになった俺の表情を映す水面に口を付けて目を閉じた俺は、苦々しい心情を中和する甘さに「美味しい」と呟く。

「本当?!このレシピは昔、ママが教えてくれたの!」
「そうか……上出来だ、よく似てるよ」

  温和な空気に不安さえ溶けてしまいそうなほど心地良い時間に笑みを浮かべた俺にニッコリと目を細めて喜ぶ天使は、カップを両手で包みながらふーふー……とミルクティーの湯気を払う。次から次へと湧いてくる水蒸気に顔を埋めてチビリと唇を付け、ゆったりと息を吐いた彼は俺の顔をしっとりと見つめた。

「『プラ』は僕が5歳の頃にやってきた、たったひとりのお友達だった。同い年で、明るくって、優しいお友達」

  楽しかった日々を思い出したのか、アリーシャの口元が緩やかに持ち上がる。

「……その名前は本名なのか?」
「知らない……彼は僕が初めて会った時からそう呼ばれていた。なんでも、プラの恩人が付けてくれたんだって」

  恩人。

  当時の彼が誰のことを指し示したのかは不明だが、やはり『プラ』という名前は通名らしい。流石のジャックも、これだけの情報では人物を特定するのは難しいだろう──。溜息交じりに唸った俺を覗き込んだ天使は、心配そうに眉を下げて「お兄ちゃん?」と声を掛ける。

「いや、なんでもない……ちなみに、その名前の由来とかは知らないよな?」
「全く」

  申し訳なさそうに答えたアリーシャの声が、静かな室内を包み込む。火箸でも刺してかき混ぜたような纏まらない思考を落ち着かせようとミルクティーに舌を預けた俺は、煌めくアメジストの瞳をボンヤリと眺めた。
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