29 / 51
楊 飛龍
#4
しおりを挟む
テーブルの端から順番に資料を持ち上げて目を通してゆくマークは、真剣な眼差しでそれらを眺める。
いかにも『中国人』といった風貌の男はどの写真も左右にスリットの入った旗袍につばの広い竹帽子を被り、張りのある黒髪を3つに編んで背中まで垂らす。弓形の瞳に張り付いた笑顔のような表情から淡白にすら見える顔立ちは、人形みたくスラリと通った鼻筋のお陰で余計に胡散臭さを強調する。のらりくらりとした人相に強かさを忍ばせた彼を例えるなら、茂みに身を潜めて時期を窺う毒蛇。
──そう一筋縄ではいかない、ってか。
国家の犬とはいえ、酷く脆弱だったダグラスと比べるにも烏滸がましいほど陰湿な存在の楊を見据えた俺は、腕を組んで向かいのジャックに笑い掛ける。
「どうした?なんだか楽しそうだな」
「まぁな」
顔が綻ぶのを抑えて残りのコーヒーを平らげた俺は、「少しは骨のある獲物が釣れて嬉しく思う」と静かに答えた。
「またそういう事を……あのなぁ、何度も言っているが、相手は中国有数の裏組織のトップだぞ?それもある種の情報では、楊自身、詠春拳かなんだか知らないが、武術の心得があるらしい。所謂、文武両道の実力で成り上がった『猛者』ってヤツだ」
「あぁ、子供みたいに諭されなくてもそれぐらい分かってる。ちゃんと対話して、平和的に話を聞き出すように努力する……それなら問題ないだろ?」
「努力って……アランは頭に血が昇ると、誰彼構わず噛み千切るからなぁ」
しみじみと噛み締めるようにぼやくジャックの言葉に眉根を寄せた俺は「誰彼?人聞きが悪いな」と反論してみせる。
「本当の事だろう?……アリーシャの時だって神にさえ悪態を吐いていた子供がよく言うよ」
呆れと戯けが同居した口調で俺を詰る彼がやれやれといった様子で肩を竦めると、資料から顔を上げたマークが「それもアランの良いところだよ」と微笑む。
「僕は何事をする時も、計画を立ててからしか動けない。だけどアランは咄嗟の出来事に対応できるセンスがある……ジャックさんもそう思うでしょう?」
「裏を返せば『計画性が無い』、とも言うがな」
言いたい放題な外野に俺が「おい」と一喝しても、2人は然程気にした様子もなく小馬鹿にしたような笑顔を俺に向ける。
「そう怒らないで。ほら、僕はアランの計画になれるし、アランは僕の行動力になる──なかなか良い組み合わせだと思うんだよね」
屈託のない笑顔でそう言い放ったマークが、パチリと華麗に目配せを寄越す。側から見れば絵になる美男子と言っても過言ではないのだろうが、虫の居所が悪い俺には逆効果だ。
「マーク、アランが本気でキレる前によしとけって──あぁ、そうそう……これは別件だけれども、アリーシャの居場所も把握する事が出来たぞ」
俺の機嫌が翳ったのを察知したのか、分かりやすく俺が飛びつきそうな飴玉をぶら下げたジャックは上着のポケットを弄る。
「……本当か?」
「勿論!この無敵の情報屋、ジャック・ポット様の腕に掛かれば調べられない情報なんてないんだよ──ほら」
ガサゴソと忙しなく彼の手が何かを探すように動くと、四つ折りになった紙切れを引っ張り出して机をススス……ッと滑って俺の前に差し出す。
「「「この世は不思議な回り方をしている。金は必ず金を持つ者へ、女は女の屯ろする方へ……そして、情報はソレに詳しい輩へ集まってくる」」」
合図も無しに声を揃えた俺らは、コーヒー一杯の楽しいモーニングを過ごしてレストランを順番に離れる。ひとりテーブルに残った俺は、先程ジャックから受け取った紙切れを満足げに眺めながら破顔した。
いかにも『中国人』といった風貌の男はどの写真も左右にスリットの入った旗袍につばの広い竹帽子を被り、張りのある黒髪を3つに編んで背中まで垂らす。弓形の瞳に張り付いた笑顔のような表情から淡白にすら見える顔立ちは、人形みたくスラリと通った鼻筋のお陰で余計に胡散臭さを強調する。のらりくらりとした人相に強かさを忍ばせた彼を例えるなら、茂みに身を潜めて時期を窺う毒蛇。
──そう一筋縄ではいかない、ってか。
国家の犬とはいえ、酷く脆弱だったダグラスと比べるにも烏滸がましいほど陰湿な存在の楊を見据えた俺は、腕を組んで向かいのジャックに笑い掛ける。
「どうした?なんだか楽しそうだな」
「まぁな」
顔が綻ぶのを抑えて残りのコーヒーを平らげた俺は、「少しは骨のある獲物が釣れて嬉しく思う」と静かに答えた。
「またそういう事を……あのなぁ、何度も言っているが、相手は中国有数の裏組織のトップだぞ?それもある種の情報では、楊自身、詠春拳かなんだか知らないが、武術の心得があるらしい。所謂、文武両道の実力で成り上がった『猛者』ってヤツだ」
「あぁ、子供みたいに諭されなくてもそれぐらい分かってる。ちゃんと対話して、平和的に話を聞き出すように努力する……それなら問題ないだろ?」
「努力って……アランは頭に血が昇ると、誰彼構わず噛み千切るからなぁ」
しみじみと噛み締めるようにぼやくジャックの言葉に眉根を寄せた俺は「誰彼?人聞きが悪いな」と反論してみせる。
「本当の事だろう?……アリーシャの時だって神にさえ悪態を吐いていた子供がよく言うよ」
呆れと戯けが同居した口調で俺を詰る彼がやれやれといった様子で肩を竦めると、資料から顔を上げたマークが「それもアランの良いところだよ」と微笑む。
「僕は何事をする時も、計画を立ててからしか動けない。だけどアランは咄嗟の出来事に対応できるセンスがある……ジャックさんもそう思うでしょう?」
「裏を返せば『計画性が無い』、とも言うがな」
言いたい放題な外野に俺が「おい」と一喝しても、2人は然程気にした様子もなく小馬鹿にしたような笑顔を俺に向ける。
「そう怒らないで。ほら、僕はアランの計画になれるし、アランは僕の行動力になる──なかなか良い組み合わせだと思うんだよね」
屈託のない笑顔でそう言い放ったマークが、パチリと華麗に目配せを寄越す。側から見れば絵になる美男子と言っても過言ではないのだろうが、虫の居所が悪い俺には逆効果だ。
「マーク、アランが本気でキレる前によしとけって──あぁ、そうそう……これは別件だけれども、アリーシャの居場所も把握する事が出来たぞ」
俺の機嫌が翳ったのを察知したのか、分かりやすく俺が飛びつきそうな飴玉をぶら下げたジャックは上着のポケットを弄る。
「……本当か?」
「勿論!この無敵の情報屋、ジャック・ポット様の腕に掛かれば調べられない情報なんてないんだよ──ほら」
ガサゴソと忙しなく彼の手が何かを探すように動くと、四つ折りになった紙切れを引っ張り出して机をススス……ッと滑って俺の前に差し出す。
「「「この世は不思議な回り方をしている。金は必ず金を持つ者へ、女は女の屯ろする方へ……そして、情報はソレに詳しい輩へ集まってくる」」」
合図も無しに声を揃えた俺らは、コーヒー一杯の楽しいモーニングを過ごしてレストランを順番に離れる。ひとりテーブルに残った俺は、先程ジャックから受け取った紙切れを満足げに眺めながら破顔した。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

このブラジャーは誰のもの?
本田 壱好
ミステリー
ある日、体育の授業で頭に怪我をし早退した本前 建音に不幸な事が起こる。
保健室にいて帰った通学鞄を、隣に住む幼馴染の日脚 色が持ってくる。その中から、見知らぬブラジャーとパンティが入っていて‥。
誰が、一体、なんの為に。
この物語は、モテナイ・冴えない・ごく平凡な男が、突然手に入った女性用下着の持ち主を探す、ミステリー作品である。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

昭和レトロな歴史&怪奇ミステリー 凶刀エピタム
かものすけ
ミステリー
昭和四十年代を舞台に繰り広げられる歴史&怪奇物語。
高名なアイヌ言語学者の研究の後を継いだ若き研究者・佐藤礼三郎に次から次へ降りかかる事件と災難。
そしてある日持ち込まれた一通の手紙から、礼三郎はついに人生最大の危機に巻き込まれていくのだった。
謎のアイヌ美女、紐解かれる禁忌の物語伝承、恐るべき人喰い刀の正体とは?
果たして礼三郎は、全ての謎を解明し、生きて北の大地から生還できるのか。
北海道の寒村を舞台に繰り広げられる謎が謎呼ぶ幻想ミステリーをどうぞ。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる