プラの葬列

山田

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楊 飛龍

──2──#1

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  ドタバタと慌ただしい日々も、過ぎて仕舞えばあっという間の出来事だった。特に今年は死んだように生きてきた四半世紀と違って旅行殺害する相手が目白押しとくれば、時間が高速で過ぎ去るのも無理はない。

  3月に入っても厳しい寒さが続く街中を朝一から歩く俺は、お気に入りのトレンチコートの襟を立てて、腰抜けジャックから呼び出されたお決まりのレストランへと向かう。

  鼻から吸った空気はまだ深夜の余韻みたいに冷たく、砕いて崩した氷を呑み下すような気分になる。俺は煮え滾る感情を鎮める為に何度もソレを繰り返すと、口から噴煙のような水蒸気を吐き出してレストランの扉を開いた。

「君は時間に堅いね」

  3人で予約されたテーブル席に座って声を上げたのは眼鏡がトレードマークの情報屋ではなく、深緑のタートルネックにジーンズとシンプルな私服に金髪が映える盟友、マークである。

「それは嫌味か?……一体、いつから来てたんだよ」

  几帳面に揃えられた書類が一切の乱れを許す事なく並ぶテーブルには、とっくの昔に冷め切ったコーヒーを少しだけ残したカップが置かれていた。

「少し張り切り過ぎたようでね。確か……この店に着いたのは1時間ぐらい前だったかな?」

  柔らかく微笑んだ彼は事もなさげに言い放つと、「空いてるよ」と自分の隣の椅子を勧める。

「……それぐらい見ればわかる」

  相変わらずの子供扱いに辟易しつつ椅子を引いた俺は、マークの戯言を無視して「……この資料は?」と溜息交じりに腰を下ろす。

「今まで集めたアリーシャに関する資料。生年月日は勿論、学校での様子や通院歴、投与された薬の詳細まで載っている……アランも一応目を通して欲しい」

  俺の席の真ん前に居座る書類は丁寧にステープラーで綴じられており、つらつらと続く医療機関の名前が、ざっと目を通すだけで軽く目眩がするレベルで羅列されていた。

  何故こんなにも克明な記録が残っているのに、俺の記憶に残るアリーシャはあんなにも元気だったのだろう──?

「不思議、だよね」

  書類を片手に考え込む俺の心情を見透かした金髪テレパスは書類の間からひょっこり顔を覗かせると、人懐っこい笑顔で俺を見つめる。

「僕が影武者ダミーの存在を知ったのは、アリーシャが死んでからの事だった。納得のいかないまま徹底的に素性を洗ったところ、彼はとても病弱で薬付けだったらしい」
「つまり──」
「そう……僕達が知っている『アリーシャ』自体が、偽物だった可能性が高い。この記録からいくと、毎年誕生日に楠に登れる体力すらないだろう」

  俺は絶句した。

  今まで俺が大切にしてきたのは天使どころかとんだ郭公カッコウで、思い出として残る全ての出来事が疑わしい。コロコロと移り変わる事態はまるで教会のステンドグラスみたく忙しない発色で俺を惑わせ、事実と記憶と嘘が極彩色に主張する。

「……傍証だな」
「えっ?」
「本物のアリーシャは病弱で薬瓶だった。だからこそ、何者かに殺されたのは本人として振舞っていた影武者ダミー──これで全ての筋が通る」

  ボソボソと独り言のように呟いた俺は、心配そうに眉尻を下げるマークと視線を合わせた。

「毒を食らわば皿まで……たとえ俺らの知る天使が影武者ダミーだったとしても、目的は変わらない。俺は兄として弟の仇を討ち、次席アンダーボスとしてファミリーを脅かす存在を抹殺する」
「はははっ……君らしい答えが聞けて安心したよ。僕も全く同じ意見だ」

  嬉しそうに目を細めた幼友達は、晴れ晴れとした表情で囁くように言葉を零す。そう、いつだって俺らは盟友で悪友だ。

──役者を捕まえる為なら、天国も地獄も、その間にあるものも何でも動かしてやる。

  唇を強く噛んだ俺がまじないのように言の葉を心に刻み込むと、レストランの扉に括られたベルがカランコロン……ッと軽快な音を鳴らす。

「あれれ……2人とも早いな。待たせてしまって申し訳ない」

  10分ほど遅れて登場したジャックはチェック柄のシャツの袖で汗を拭うと、バツの悪そうな顔でマークの向かいの椅子に重そうな鞄を置いてから、飄々と俺の正面に座った。
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