21 / 51
楊 飛龍
──1──/#1
しおりを挟む
新年のトップニュースになる事もない一警官の死が、ただの『事故死』と新聞の端に片付けられた紙面を眺める俺は、暖炉の炎が揺れるリビングのソファに座って、砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを優雅に啜る。
皮肉な話、人の死因を改ざんして小虫のように蜜を吸って生きていた男は、それ故に命を落として自身も死因をすり替えられるのだ──。
カップの底に溶け残った砂糖を揺すって溶かし、上澄みよりも数段甘くなったコーヒーを俺の喉が享受する。進化を進めて知能の発達した人間様でも、弱肉強食なのは畜生とそう変わらない。
所詮小虫は小虫だったからこそ、狩る立場である俺の礎となり餌食ともなった。
たったそれだけの事実と常識を俺が語ろうものなら、きっとジャックは眼鏡を直しながらこう言うだろう。
「──この世は不思議な回り方をしている。金は必ず金を持つ者へ、女は女の屯ろする方へ」
「……そして、情報はソレに詳しい輩へ集まってくる、ですか?」
俺の心を見透かしたような声の主は「お互い、また歳をとりましたね」と嫌味のない言葉を並べる。
「誰かと思えば珍しい……我々の栄えある相談役様がいらっしゃってるとは」
「ははっ!君までそういう事を言うのかい?……昔みたいに『マーク』と呼んでくれればいいのに」
グレーの小洒落たスーツにサラリとした美しい金髪の彼は、額の真ん中でフワリと分けた前髪から新緑の瞳に緩やかな微笑みをうかべて俺の肩に手を置くと、そのままソファに腰を下ろす。
マーク・オースティン。
父親似の俺と違って線の細いマークは、遠くから見れば女に間違われる事も少なくない優男で、俺より6つも年上と思えないほどの童顔。さらに人当たりの良い笑顔と口調が揃っているとくれば、余程のことがなければ警戒されない、最早『人徳』とも思える雰囲気を纏う。
その上グレイ家とも因縁深いオースティン家は代々聡明な家系で、良き兄貴分であり幼友達のマークは、彼の父親の跡を継いで去年から相談役に抜擢された。
「昔……?それはアレか、折角のクリスマスに風邪をひいて来なかった間抜けなマークの話か?」
「そこを掘り返すとは……本当、アランは相変わらず辛辣だ」
親愛を込めた軽口に顔を見合わせた俺は頻り笑い合うと、彼は態とらしい咳払いをひとつして俺に向き直る。
「今日ここへ来たのは、ボスへ新年のご挨拶……と、野暮用で君にも会いたくてね」
へへへっと無邪気な笑みで俺を見つめる彼は、その笑顔を崩すことなく俺から新聞を取り上げて机に広げる。そのまますらりと細長い人差し指を紙面に滑らせ、新聞の片隅に追いやられた記事をコツコツ……ッと叩く。
「一応確認だけど、これは『事故死』なのかい?」
柔らかい口調に乗ったマークの質問は切れ味抜群で、俺はその言の葉に肯定も否定もしないまま「耳が早いな」と戯けて目配せした。
「これも僕の務めだからね。君の無駄を嫌う性格からして、何か訳があるように思えるのだけれど……理由を尋ねてもいいかな?」
マフィア の組織構成は、ボスを頂点にして次席、幹部と続き、構成員、準構成員といったピラミッド状に作られている。その他にも「フロントボス」という切り札的な影武者が存在するものの、マークが就いている相談役はこのピラミッドの例に当て嵌まらない。
丸め込めるかは別として、組織に所属する以上避けては通れない彼の存在に「理由ねぇ……」と溜息を零した俺は、コーヒー風味の砂糖水が残るカップを一滴残らず平らげた。
「……軍隊にも似た組織構成だからこそ、上層部の圧力で容易く消される末端の小さな声を拾い上げ、我々の発展を願ってボスに進言する。助けを求める相手が名もない構成員でも、次席の君でも──僕は全て平等に耳を傾けられる存在でありたいんだ」
ペリドットみたいな淡い色の瞳が、力強く俺を射抜く。その真っ直ぐな視線に根負けした俺は、なんとも言い難い居心地の悪さに乱れてもない髪に手を添えて整えた。
皮肉な話、人の死因を改ざんして小虫のように蜜を吸って生きていた男は、それ故に命を落として自身も死因をすり替えられるのだ──。
カップの底に溶け残った砂糖を揺すって溶かし、上澄みよりも数段甘くなったコーヒーを俺の喉が享受する。進化を進めて知能の発達した人間様でも、弱肉強食なのは畜生とそう変わらない。
所詮小虫は小虫だったからこそ、狩る立場である俺の礎となり餌食ともなった。
たったそれだけの事実と常識を俺が語ろうものなら、きっとジャックは眼鏡を直しながらこう言うだろう。
「──この世は不思議な回り方をしている。金は必ず金を持つ者へ、女は女の屯ろする方へ」
「……そして、情報はソレに詳しい輩へ集まってくる、ですか?」
俺の心を見透かしたような声の主は「お互い、また歳をとりましたね」と嫌味のない言葉を並べる。
「誰かと思えば珍しい……我々の栄えある相談役様がいらっしゃってるとは」
「ははっ!君までそういう事を言うのかい?……昔みたいに『マーク』と呼んでくれればいいのに」
グレーの小洒落たスーツにサラリとした美しい金髪の彼は、額の真ん中でフワリと分けた前髪から新緑の瞳に緩やかな微笑みをうかべて俺の肩に手を置くと、そのままソファに腰を下ろす。
マーク・オースティン。
父親似の俺と違って線の細いマークは、遠くから見れば女に間違われる事も少なくない優男で、俺より6つも年上と思えないほどの童顔。さらに人当たりの良い笑顔と口調が揃っているとくれば、余程のことがなければ警戒されない、最早『人徳』とも思える雰囲気を纏う。
その上グレイ家とも因縁深いオースティン家は代々聡明な家系で、良き兄貴分であり幼友達のマークは、彼の父親の跡を継いで去年から相談役に抜擢された。
「昔……?それはアレか、折角のクリスマスに風邪をひいて来なかった間抜けなマークの話か?」
「そこを掘り返すとは……本当、アランは相変わらず辛辣だ」
親愛を込めた軽口に顔を見合わせた俺は頻り笑い合うと、彼は態とらしい咳払いをひとつして俺に向き直る。
「今日ここへ来たのは、ボスへ新年のご挨拶……と、野暮用で君にも会いたくてね」
へへへっと無邪気な笑みで俺を見つめる彼は、その笑顔を崩すことなく俺から新聞を取り上げて机に広げる。そのまますらりと細長い人差し指を紙面に滑らせ、新聞の片隅に追いやられた記事をコツコツ……ッと叩く。
「一応確認だけど、これは『事故死』なのかい?」
柔らかい口調に乗ったマークの質問は切れ味抜群で、俺はその言の葉に肯定も否定もしないまま「耳が早いな」と戯けて目配せした。
「これも僕の務めだからね。君の無駄を嫌う性格からして、何か訳があるように思えるのだけれど……理由を尋ねてもいいかな?」
マフィア の組織構成は、ボスを頂点にして次席、幹部と続き、構成員、準構成員といったピラミッド状に作られている。その他にも「フロントボス」という切り札的な影武者が存在するものの、マークが就いている相談役はこのピラミッドの例に当て嵌まらない。
丸め込めるかは別として、組織に所属する以上避けては通れない彼の存在に「理由ねぇ……」と溜息を零した俺は、コーヒー風味の砂糖水が残るカップを一滴残らず平らげた。
「……軍隊にも似た組織構成だからこそ、上層部の圧力で容易く消される末端の小さな声を拾い上げ、我々の発展を願ってボスに進言する。助けを求める相手が名もない構成員でも、次席の君でも──僕は全て平等に耳を傾けられる存在でありたいんだ」
ペリドットみたいな淡い色の瞳が、力強く俺を射抜く。その真っ直ぐな視線に根負けした俺は、なんとも言い難い居心地の悪さに乱れてもない髪に手を添えて整えた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

このブラジャーは誰のもの?
本田 壱好
ミステリー
ある日、体育の授業で頭に怪我をし早退した本前 建音に不幸な事が起こる。
保健室にいて帰った通学鞄を、隣に住む幼馴染の日脚 色が持ってくる。その中から、見知らぬブラジャーとパンティが入っていて‥。
誰が、一体、なんの為に。
この物語は、モテナイ・冴えない・ごく平凡な男が、突然手に入った女性用下着の持ち主を探す、ミステリー作品である。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

昭和レトロな歴史&怪奇ミステリー 凶刀エピタム
かものすけ
ミステリー
昭和四十年代を舞台に繰り広げられる歴史&怪奇物語。
高名なアイヌ言語学者の研究の後を継いだ若き研究者・佐藤礼三郎に次から次へ降りかかる事件と災難。
そしてある日持ち込まれた一通の手紙から、礼三郎はついに人生最大の危機に巻き込まれていくのだった。
謎のアイヌ美女、紐解かれる禁忌の物語伝承、恐るべき人喰い刀の正体とは?
果たして礼三郎は、全ての謎を解明し、生きて北の大地から生還できるのか。
北海道の寒村を舞台に繰り広げられる謎が謎呼ぶ幻想ミステリーをどうぞ。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる