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ダグラス・マクスウェル
#4
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大事な取材中に邪魔をするな……と、遠くで声を荒げながら通話を終えたダグラスは、肩で息をしながら俺の前に再び現れる。
赤ら顔を更に濃くした彼の顔には笑顔でも取り繕えない怒りと焦りが浮かび、「すみません、お騒がせして」と無理矢理作った声色でソファに腰を据えた。
「いえいえ……このコーヒー、とても美味しいですね」
空になったカップを見せ付けるように笑った俺は彼の感情を解すみたく話題をすり替えると、途端に照れ笑いにも似た表情を浮かべたダグラスは嬉しそうに自分のカップを手に取る。
「お気に召して何より。昔からコーヒーは好きでしてね、このコーヒーも豆から挽いてたてたんですよ」
まだ微かに湯気の上がるカップを覗き、立ち上がる香りを堪能する彼は「いい香りだ」と呟いてコーヒーを口へと運ぶ。
──さっさと飲め。
焦れったい会話とは正反対の本音が、渦を作って全身を駆け巡る。細い糸を何本も張り巡らせて逃げ場を潰す俺は、愚蒙の単細胞を捕らえる蜘蛛のような気分で彼を眺めた。
ゴクリ……ッ
ダグラスの喉仏が緩やかに上下し、毒色の液体を一気に飲み込むのを見届けた俺は、「さて……」と満足げに指を組む。
「本題に入りましょうか、ミスターダグラス?」
もう逃げられないし、逃がさない。
己の欲望の為に揉み消した全てを吐き下せ──。
「え、えぇ……勿論」
俺の空気が変わった事に驚いたのか、はたまた体の不調に気が付いたのか……彼は不思議そうな表情のままボンヤリとした返事を寄越す。
「貴方が昇格した10年前のクリスマス、とある事件が起きたのを覚えてらっしゃいますか?」
「10年前のクリスマス…………まぁ、ほら……日々に事件は起きてますから、ミスター・エリックが仰りたい事件が何なのか、私には皆目見当がつかない」
「へぇ……では思い出して頂かなくては──被害者の名前はアリーシャ・グレイ。僕の最愛の弟だ」
害虫を蔑むように彼を見据えた俺に、ダグラスは慌てた様子で大きく目を見開く。薬の効果で震える手を彷徨わせ、徐にテーブル横のラックから拳銃を取り出した阿呆は「来るな……ッ!」と情けない声で照準を俺に定める。
「アレは事故として片付けたはず……何を今更……」
「片付けた、ねぇ……」
立ち上がりながら動きの悪い頓馬の手を蹴飛ばした俺は、ニヤリと意地悪く口の端を釣り上げた。
「そこまで覚えていれば上々……勿論『取材』、させて頂けますよね?」
赤ら顔を更に濃くした彼の顔には笑顔でも取り繕えない怒りと焦りが浮かび、「すみません、お騒がせして」と無理矢理作った声色でソファに腰を据えた。
「いえいえ……このコーヒー、とても美味しいですね」
空になったカップを見せ付けるように笑った俺は彼の感情を解すみたく話題をすり替えると、途端に照れ笑いにも似た表情を浮かべたダグラスは嬉しそうに自分のカップを手に取る。
「お気に召して何より。昔からコーヒーは好きでしてね、このコーヒーも豆から挽いてたてたんですよ」
まだ微かに湯気の上がるカップを覗き、立ち上がる香りを堪能する彼は「いい香りだ」と呟いてコーヒーを口へと運ぶ。
──さっさと飲め。
焦れったい会話とは正反対の本音が、渦を作って全身を駆け巡る。細い糸を何本も張り巡らせて逃げ場を潰す俺は、愚蒙の単細胞を捕らえる蜘蛛のような気分で彼を眺めた。
ゴクリ……ッ
ダグラスの喉仏が緩やかに上下し、毒色の液体を一気に飲み込むのを見届けた俺は、「さて……」と満足げに指を組む。
「本題に入りましょうか、ミスターダグラス?」
もう逃げられないし、逃がさない。
己の欲望の為に揉み消した全てを吐き下せ──。
「え、えぇ……勿論」
俺の空気が変わった事に驚いたのか、はたまた体の不調に気が付いたのか……彼は不思議そうな表情のままボンヤリとした返事を寄越す。
「貴方が昇格した10年前のクリスマス、とある事件が起きたのを覚えてらっしゃいますか?」
「10年前のクリスマス…………まぁ、ほら……日々に事件は起きてますから、ミスター・エリックが仰りたい事件が何なのか、私には皆目見当がつかない」
「へぇ……では思い出して頂かなくては──被害者の名前はアリーシャ・グレイ。僕の最愛の弟だ」
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「アレは事故として片付けたはず……何を今更……」
「片付けた、ねぇ……」
立ち上がりながら動きの悪い頓馬の手を蹴飛ばした俺は、ニヤリと意地悪く口の端を釣り上げた。
「そこまで覚えていれば上々……勿論『取材』、させて頂けますよね?」
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