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ダグラス・マクスウェル
#3
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熱々のボロネーゼが運ばれて来る頃、俺らのテーブルにはアリーシャの死亡診断書が広がっていた。
「さぁアラン、この診断書で何か気になる点はないかな?」
小馬鹿にしているのか、はたまた名探偵の真似事でもしたいのか……本気とも冗談とも取れぬジャックの言動にはつくづく溜息が漏れる。
「……前置きはいい、早く話を進めろ」
少し苛立った俺の口調に眉を釣り上げた彼は、「そう冷たいことを言わないで」と紙切れを突き出す。
「『アリーシャ・グレイ』、『男性』、『12月25日 9歳にして没』……特に不審な点は無いと思うが?」
「……死因は?」
「死因……?そんなの殺人事件に──って、これ……?!」
シャーロックホームズも顔負けな名推理に目を剥いた俺が見たのは、『事件』ではなく『事故』という文字だった。
「そう。……僕もアリーシャの死亡診断書をちゃんと確認したことなど無かったが、まさかこんな事になっているとは夢にも思わなかったよ」
ボロネーゼに粉チーズを掛けながら苦笑するジャックはフォークを持ち上げて俺に向けると、キザな眼鏡を光らせる。
「そこから手掛かりを得て、当時の担当刑事及び符合する行方不明者について掘り下げたところ……どうやら途中で捜査は打ち切り、それも担当者が変わっていやがる……どうだ、中々キナ臭いだろ?」
キナ臭いどころか完全な黒、何を取っても証拠隠滅が加わった痕跡に違いない。俺は俯きながら肩を揺らして笑うと、堪え切れなくなって大口を開ける。
まさかあの時闇に葬り去った事件を、まさかあの時の糞ガキが執念深く追って来るなんて思いもしなかったろうに──。
「傑作だ!俺の復讐劇に相応しい傑作……何が隠れていようとも、必ず俺がその尻尾を捕まえて地獄まで引き摺り出してやる……ッ」
愉快な演劇が幕開けしたステージに踊る俺は、1人残らず役者を舞台に立たせてやると頰を持ち上げ、「交代後の担当者の名前は?」と悪友に問い掛けた。
「『ダグラス・マクスウェル』……今は警部になっている」
パスタを纏めて口に運んだジャックは咀嚼を繰り返してから声を潜めると、制帽を被っているのか、はたまた乗せているだけなのか分からない丸々肥えた男の写真を差し出して、難しい顔のまま俺を見据える。
「もしかして、会おうとしてないよな?」
「冗談はよしてくれ……もしかしなくても、会う以外選択肢はないだろ」
悪友の心配を他所に白髪が目を引く短髪の写真をマジマジと目に焼き付けながら平然と吐き捨てると、俺の言葉に血の気の引いたジャックは陸に上がった魚みたく口をパクパクと動かす。
「なッ……ば、お前は馬鹿か!警察関係者と関係を結ぶのは、血の掟で禁止させているだろう!……例え次席や実の子でも、この掟に逆らえば命はないって……」
「血の掟、ねぇ……」
血の掟。
隠密で正体を秘匿する我々に課せられたその掟は、目に見える主従関係を必要としなくても、見事に部下を束ね上げる。細かな内容で言えば妻をいたわる事、ファミリー内での奪取の禁止やボスへの忠誠など誓うその掟を破れば、行方不明の後に惨殺死体で見つかることも珍しくない。
本人に対するペナルティとしては勿論、他の連中への見せしめも含めたその死体は、近年ではお目に掛かるのも珍しいほど乱れている事がほとんどだ。
「逆らえば命は無い……だがジャック、何も俺は『関係を持つ』訳じゃないんだよ。地獄行きのチケットを渡してやるなら、後にも先にも会うのはこれっきりだ」
ぐちゃぐちゃになった死体の肉片にも似たボロネーゼに、酷く痛む血のようなタバスコを振りかけて混ぜた俺は、ニッコリと目を細めてジャックを見つめる。
「最短で、その『ダグラス』とやらに会う準備を進めてくれ」
楽しい楽しい昼食は、その流暢なフランス語を最後にして穏やかな沈黙が舞い降りた。
「さぁアラン、この診断書で何か気になる点はないかな?」
小馬鹿にしているのか、はたまた名探偵の真似事でもしたいのか……本気とも冗談とも取れぬジャックの言動にはつくづく溜息が漏れる。
「……前置きはいい、早く話を進めろ」
少し苛立った俺の口調に眉を釣り上げた彼は、「そう冷たいことを言わないで」と紙切れを突き出す。
「『アリーシャ・グレイ』、『男性』、『12月25日 9歳にして没』……特に不審な点は無いと思うが?」
「……死因は?」
「死因……?そんなの殺人事件に──って、これ……?!」
シャーロックホームズも顔負けな名推理に目を剥いた俺が見たのは、『事件』ではなく『事故』という文字だった。
「そう。……僕もアリーシャの死亡診断書をちゃんと確認したことなど無かったが、まさかこんな事になっているとは夢にも思わなかったよ」
ボロネーゼに粉チーズを掛けながら苦笑するジャックはフォークを持ち上げて俺に向けると、キザな眼鏡を光らせる。
「そこから手掛かりを得て、当時の担当刑事及び符合する行方不明者について掘り下げたところ……どうやら途中で捜査は打ち切り、それも担当者が変わっていやがる……どうだ、中々キナ臭いだろ?」
キナ臭いどころか完全な黒、何を取っても証拠隠滅が加わった痕跡に違いない。俺は俯きながら肩を揺らして笑うと、堪え切れなくなって大口を開ける。
まさかあの時闇に葬り去った事件を、まさかあの時の糞ガキが執念深く追って来るなんて思いもしなかったろうに──。
「傑作だ!俺の復讐劇に相応しい傑作……何が隠れていようとも、必ず俺がその尻尾を捕まえて地獄まで引き摺り出してやる……ッ」
愉快な演劇が幕開けしたステージに踊る俺は、1人残らず役者を舞台に立たせてやると頰を持ち上げ、「交代後の担当者の名前は?」と悪友に問い掛けた。
「『ダグラス・マクスウェル』……今は警部になっている」
パスタを纏めて口に運んだジャックは咀嚼を繰り返してから声を潜めると、制帽を被っているのか、はたまた乗せているだけなのか分からない丸々肥えた男の写真を差し出して、難しい顔のまま俺を見据える。
「もしかして、会おうとしてないよな?」
「冗談はよしてくれ……もしかしなくても、会う以外選択肢はないだろ」
悪友の心配を他所に白髪が目を引く短髪の写真をマジマジと目に焼き付けながら平然と吐き捨てると、俺の言葉に血の気の引いたジャックは陸に上がった魚みたく口をパクパクと動かす。
「なッ……ば、お前は馬鹿か!警察関係者と関係を結ぶのは、血の掟で禁止させているだろう!……例え次席や実の子でも、この掟に逆らえば命はないって……」
「血の掟、ねぇ……」
血の掟。
隠密で正体を秘匿する我々に課せられたその掟は、目に見える主従関係を必要としなくても、見事に部下を束ね上げる。細かな内容で言えば妻をいたわる事、ファミリー内での奪取の禁止やボスへの忠誠など誓うその掟を破れば、行方不明の後に惨殺死体で見つかることも珍しくない。
本人に対するペナルティとしては勿論、他の連中への見せしめも含めたその死体は、近年ではお目に掛かるのも珍しいほど乱れている事がほとんどだ。
「逆らえば命は無い……だがジャック、何も俺は『関係を持つ』訳じゃないんだよ。地獄行きのチケットを渡してやるなら、後にも先にも会うのはこれっきりだ」
ぐちゃぐちゃになった死体の肉片にも似たボロネーゼに、酷く痛む血のようなタバスコを振りかけて混ぜた俺は、ニッコリと目を細めてジャックを見つめる。
「最短で、その『ダグラス』とやらに会う準備を進めてくれ」
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