プラの葬列

山田

文字の大きさ
上 下
9 / 51
アリーシャ・グレイ

#1

しおりを挟む
  アリーシャが居なくなってから10回目の冬。

  今年の積雪は多くも少なくもなく、とっくの昔に誰かが踏み分けた路地は薄汚い雪がお気持ち程度に転がる。人々に虐げられたのか、堪えきれなかった雪達が溶けてできた水溜りに映る俺の姿はもう立派な大人で、灰色のショートウルフに父の面影を残す。

  彼の棺に入れたものと同じ大輪の百合を2束抱えた俺は、どこかの教会から聞こえる賛美歌をなぞるように口遊む。

  あれから10年。

  時の流れは驚くほど早く、当時16だった俺も父、いや、ボスから次席アンダーボスの指名を受けて右腕として動けるくらいには成長していた。淡々と過ぎた歳月の中で、俺は習得出来そうな体術の大体を周りから習い、武器と人の扱いを心得え、マフィアの一員としての残忍さを父から吸い上げる──。

  その全ての作業に、『復讐』という目標をぶら下げながら。

「……メリークリスマス」

  祝う気もない聖日を皮肉のように讃えた俺は、血の繋がりに関わらず『グレイファミリー』が眠る墓地を静かに進む。立ち並ぶ十字架を通り抜けて訪れたのは、二基の墓を立派な楠が子守でもするような場所だった。

『メアリー・グレイ  没年42歳』

  天使が無残に殺されてから、母は日に見えて痩せ細っていった。食事もまともに摂らず、悪夢に魘されて寝ることもできず、意識がある時の大概は涙を零す。生きにもならず、死ににもならずの状態で衰弱した彼女は、アリーシャの後を追うように翌年の冬に死去した。

  腕の脇から抜き取った花束のひとつをそっと添え、優しく嫋やかな母に想いを馳せる。静かに頭に手を添え、そのまま下、左右の肩へと動かして十字を切った俺は、寄り添う天使へとゆっくり足を運ぶ。

『アリーシャ・グレイ  没年9歳』

  しっかりとプレートに刻まれた弟の名前を俺の悴んだ指先がなぞり、その字が事実であることを今年も確かめる。花束を手向けながら認めたくない現実に瞼を閉じた俺は、囁くように「おめでとう」と笑い掛けた。

「ごめんな……」

  笑ったはずなのに瞳から溢れるのは悲しみを削ぎ取った潮水で、一度流れて仕舞えば堪えかねたように次から次へと頰を伝う。年甲斐もなく目を赤く腫らした俺の視界はすでにぐちゃぐちゃで、静まり返った世界は無情な鐘を響かせる。

「なんで泣いてるの……お兄ちゃん?」

  穏やかな声が、撫でるように鼓膜を揺らす。

  唯一俺を『お兄ちゃん』と呼べる彼は目の前で眠るはずなのに、誰がそんな戯言を口にするのだろう──?

  疑念と瞋恚と少しの期待に目を開いた俺の前には、大人びた菫色の瞳がこちらを見つめる。俺の記憶に残る天使はまだ幼かった筈なのに、俺は一目でその人物が何者であるのかを悟った。

「……アリーシャ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

このブラジャーは誰のもの?

本田 壱好
ミステリー
ある日、体育の授業で頭に怪我をし早退した本前 建音に不幸な事が起こる。 保健室にいて帰った通学鞄を、隣に住む幼馴染の日脚 色が持ってくる。その中から、見知らぬブラジャーとパンティが入っていて‥。 誰が、一体、なんの為に。 この物語は、モテナイ・冴えない・ごく平凡な男が、突然手に入った女性用下着の持ち主を探す、ミステリー作品である。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

強制憑依アプリを使ってみた。

本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。 校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈ これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。 不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。 その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。 話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。 頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。 まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。

若月骨董店若旦那の事件簿~満開の櫻の下に立つ~

七瀬京
ミステリー
梅も終わりに近付いたある日、若月骨董店に一人の客が訪れた。 彼女は香住真理。 東京で一人暮らしをして居た娘が遺したアンティークを引き取って欲しいという。 その中の美しい小箱には、謎の物体があり、若月骨董店の若旦那、春宵は調査をすることに。 その夜、春宵の母校、聖ウルスラ女学館の同級生が春宵を訪ねてくる。 「君の悪いノートを手に入れたんだけど、なんだかわかる……?」 同時期に持ち込まれた二件の品物。 その背後におぞましい物語があることなど、この時、誰も知るものはいなかった……。

アザー・ハーフ

新菜いに/丹㑚仁戻
ミステリー
『ファンタジー×サスペンス。信頼と裏切り、謎と異能――嘘を吐いているのは誰?』 ある年の冬、北海道沖に浮かぶ小さな離島が一晩で無人島と化した。 この出来事に関する情報は一切伏せられ、半年以上経っても何が起こったのか明かされていない――。 ごく普通の生活を送ってきた女性――小鳥遊蒼《たかなし あお》は、ある時この事件に興味を持つ。 事件を調べているうちに出会った庵朔《いおり さく》と名乗る島の生き残り。 この男、死にかけた蒼の傷をその場で治し、更には壁まで通り抜けてしまい全く得体が知れない。 それなのに命を助けてもらった見返りで、居候として蒼の家に住まわせることが決まってしまう。 蒼と朔、二人は協力して事件の真相を追い始める。 正気を失った男、赤い髪の美女、蒼に近寄る好青年――彼らの前に次々と現れるのは敵か味方か。 調査を進めるうちに二人の間には絆が芽生えるが、周りの嘘に翻弄された蒼は遂には朔にまで疑惑を抱き……。 誰が誰に嘘を吐いているのか――騙されているのが主人公だけとは限らない、ファンタジーサスペンス。 ※ミステリーにしていますがサスペンス色強めです。 ※作中に登場する地名には架空のものも含まれています。 ※痛グロい表現もあるので、苦手な方はお気をつけください。 本作はカクヨム・なろうにも掲載しています。(カクヨムのみ番外編含め全て公開) ©2019 新菜いに

漢字、ミステリー風に紹介してみた。

本田 壱好
ミステリー
様々な漢字を解き明かす。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

処理中です...