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アリーシャ・グレイ
#1
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アリーシャが居なくなってから10回目の冬。
今年の積雪は多くも少なくもなく、とっくの昔に誰かが踏み分けた路地は薄汚い雪がお気持ち程度に転がる。人々に虐げられたのか、堪えきれなかった雪達が溶けてできた水溜りに映る俺の姿はもう立派な大人で、灰色のショートウルフに父の面影を残す。
彼の棺に入れたものと同じ大輪の百合を2束抱えた俺は、どこかの教会から聞こえる賛美歌をなぞるように口遊む。
あれから10年。
時の流れは驚くほど早く、当時16だった俺も父、いや、ボスから次席の指名を受けて右腕として動けるくらいには成長していた。淡々と過ぎた歳月の中で、俺は習得出来そうな体術の大体を周りから習い、武器と人の扱いを心得え、マフィアの一員としての残忍さを父から吸い上げる──。
その全ての作業に、『復讐』という目標をぶら下げながら。
「……メリークリスマス」
祝う気もない聖日を皮肉のように讃えた俺は、血の繋がりに関わらず『グレイファミリー』が眠る墓地を静かに進む。立ち並ぶ十字架を通り抜けて訪れたのは、二基の墓を立派な楠が子守でもするような場所だった。
『メアリー・グレイ 没年42歳』
天使が無残に殺されてから、母は日に見えて痩せ細っていった。食事もまともに摂らず、悪夢に魘されて寝ることもできず、意識がある時の大概は涙を零す。生きにもならず、死ににもならずの状態で衰弱した彼女は、アリーシャの後を追うように翌年の冬に死去した。
腕の脇から抜き取った花束のひとつをそっと添え、優しく嫋やかな母に想いを馳せる。静かに頭に手を添え、そのまま下、左右の肩へと動かして十字を切った俺は、寄り添う天使へとゆっくり足を運ぶ。
『アリーシャ・グレイ 没年9歳』
しっかりとプレートに刻まれた弟の名前を俺の悴んだ指先がなぞり、その字が事実であることを今年も確かめる。花束を手向けながら認めたくない現実に瞼を閉じた俺は、囁くように「おめでとう」と笑い掛けた。
「ごめんな……」
笑ったはずなのに瞳から溢れるのは悲しみを削ぎ取った潮水で、一度流れて仕舞えば堪えかねたように次から次へと頰を伝う。年甲斐もなく目を赤く腫らした俺の視界はすでにぐちゃぐちゃで、静まり返った世界は無情な鐘を響かせる。
「なんで泣いてるの……お兄ちゃん?」
穏やかな声が、撫でるように鼓膜を揺らす。
唯一俺を『お兄ちゃん』と呼べる彼は目の前で眠るはずなのに、誰がそんな戯言を口にするのだろう──?
疑念と瞋恚と少しの期待に目を開いた俺の前には、大人びた菫色の瞳がこちらを見つめる。俺の記憶に残る天使はまだ幼かった筈なのに、俺は一目でその人物が何者であるのかを悟った。
「……アリーシャ」
今年の積雪は多くも少なくもなく、とっくの昔に誰かが踏み分けた路地は薄汚い雪がお気持ち程度に転がる。人々に虐げられたのか、堪えきれなかった雪達が溶けてできた水溜りに映る俺の姿はもう立派な大人で、灰色のショートウルフに父の面影を残す。
彼の棺に入れたものと同じ大輪の百合を2束抱えた俺は、どこかの教会から聞こえる賛美歌をなぞるように口遊む。
あれから10年。
時の流れは驚くほど早く、当時16だった俺も父、いや、ボスから次席の指名を受けて右腕として動けるくらいには成長していた。淡々と過ぎた歳月の中で、俺は習得出来そうな体術の大体を周りから習い、武器と人の扱いを心得え、マフィアの一員としての残忍さを父から吸い上げる──。
その全ての作業に、『復讐』という目標をぶら下げながら。
「……メリークリスマス」
祝う気もない聖日を皮肉のように讃えた俺は、血の繋がりに関わらず『グレイファミリー』が眠る墓地を静かに進む。立ち並ぶ十字架を通り抜けて訪れたのは、二基の墓を立派な楠が子守でもするような場所だった。
『メアリー・グレイ 没年42歳』
天使が無残に殺されてから、母は日に見えて痩せ細っていった。食事もまともに摂らず、悪夢に魘されて寝ることもできず、意識がある時の大概は涙を零す。生きにもならず、死ににもならずの状態で衰弱した彼女は、アリーシャの後を追うように翌年の冬に死去した。
腕の脇から抜き取った花束のひとつをそっと添え、優しく嫋やかな母に想いを馳せる。静かに頭に手を添え、そのまま下、左右の肩へと動かして十字を切った俺は、寄り添う天使へとゆっくり足を運ぶ。
『アリーシャ・グレイ 没年9歳』
しっかりとプレートに刻まれた弟の名前を俺の悴んだ指先がなぞり、その字が事実であることを今年も確かめる。花束を手向けながら認めたくない現実に瞼を閉じた俺は、囁くように「おめでとう」と笑い掛けた。
「ごめんな……」
笑ったはずなのに瞳から溢れるのは悲しみを削ぎ取った潮水で、一度流れて仕舞えば堪えかねたように次から次へと頰を伝う。年甲斐もなく目を赤く腫らした俺の視界はすでにぐちゃぐちゃで、静まり返った世界は無情な鐘を響かせる。
「なんで泣いてるの……お兄ちゃん?」
穏やかな声が、撫でるように鼓膜を揺らす。
唯一俺を『お兄ちゃん』と呼べる彼は目の前で眠るはずなのに、誰がそんな戯言を口にするのだろう──?
疑念と瞋恚と少しの期待に目を開いた俺の前には、大人びた菫色の瞳がこちらを見つめる。俺の記憶に残る天使はまだ幼かった筈なのに、俺は一目でその人物が何者であるのかを悟った。
「……アリーシャ」
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