プラの葬列

山田

文字の大きさ
上 下
6 / 51
Christmas・eve

#5

しおりを挟む
  冷え切った空気を吸い込み、高ぶる熱を逃がして走る俺は、門に近付くにつれて多くなってゆく人混みを掻き分ける。

  頑強な煉瓦を積み上げて精巧に組まれた左右対称の門扉には、空に吠えるような姿の狼が雄々しい石像となって鎮座し、俺の身長の倍近くある鋼鉄の格子が白雪を映してキラリと輝く。その幻想的な光景に呼ばれるように駆け寄った俺は、生クリームに木苺を転がしたみたく見事な赤色を目の当たりにする。

「これは……」

  ポタリ……ポタリ……ッと門の上から落ちるその雫は酷く綺麗な赤色で、金属にも似た独特の生臭さを含みつつ辺りを疎らに染めてゆく。鮮やかな雨垂れに呼ばれてゆっくりと空を見上げた俺は、夢にも思わなかった鮮烈な光景に目を丸くする。

「……アリー……シャ……?」

  まるでそこに居るのが当たり前かのように門のてっぺんから紐で首を括られた天使は、白銀の世界にお似合いの髪を揺らして佇み、力なくぶら下がった爪先からは鮮血を降らす。まるで昨日の悪夢の続きを見ているような錯覚に囚われた俺の思考が懸命に警鐘を鳴らしても、その神々しさすら感じさせる装飾品は俺が目を離す事を少しも許さなかった。

「嘘……嘘だろ、なぁ、アリーシャ……アリーシャ……ッ!!」

  胸の真ん中にポッカリと咲いた肉片の花弁は風が吹き抜けるたびに血潮を零し、半狂乱の俺は喉が潰れるほど彼の名前を連呼する。

  もしもこの世に神様とやらがあるのなら、何故この罪なき天使を俺から奪うのか──。嗚咽にも近い悲鳴を上げて俺が膝から崩れるように座り込むと、握りしめていた靴下が力なく雪に落ちて埋もれた。

「アラン……アラン、大丈夫か?!」

  遠のきつつある聴覚が微かに捉えたジャックの声がしゃがみ込んだ俺を呼び、体温で溶け出した雪が責め立てるような冷たさでズボンをじわじわと蝕む。

「……何がクリスマスだ……何がイエス様だ……守護も糞もなかったじゃないか……」

  魘されるように溢れた本心を垂れ流した俺を庇うように抱き上げたジャックは、苦々しい表情のまま深く溜息を吐く。

「そうかもしれない……だが、今は我慢しろ。大勢が君を見ている、迂闊な事を言ってはいけない」

  必死にそう言い聞かせる彼の顔を見ることもできないまま、俺はジャックの服に顔を押し付けて声が枯れるまで泣きじゃくった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

月夜のさや

蓮恭
ミステリー
 いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。  夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。  近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。  夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。  彼女の名前は「さや」。  夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。     さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。  その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。  さやと紗陽、二人の秘密とは……? ※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。 「小説家になろう」にも掲載中。  

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

王妃の手習い

桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。 真の婚約者は既に内定している。 近い将来、オフィーリアは候補から外される。 ❇妄想の産物につき史実と100%異なります。 ❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。 ❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

九竜家の秘密

しまおか
ミステリー
【第6回ホラー・ミステリー小説大賞・奨励賞受賞作品】資産家の九竜久宗六十歳が何者かに滅多刺しで殺された。現場はある会社の旧事務所。入室する為に必要なカードキーを持つ三人が容疑者として浮上。その内アリバイが曖昧な女性も三郷を、障害者で特殊能力を持つ強面な県警刑事課の松ヶ根とチャラキャラを演じる所轄刑事の吉良が事情聴取を行う。三郷は五十一歳だがアラサーに見紛う異形の主。さらに訳ありの才女で言葉巧みに何かを隠す彼女に吉良達は翻弄される。密室とも呼ぶべき場所で殺されたこと等から捜査は難航。多額の遺産を相続する人物達やカードキーを持つ人物による共犯が疑われる。やがて次期社長に就任した五十八歳の敏子夫人が海外から戻らないまま、久宗の葬儀が行われた。そうして徐々に九竜家における秘密が明らかになり、松ヶ根達は真実に辿り着く。だがその結末は意外なものだった。

処理中です...