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第二話 ミドルノート
6、アポのためには同僚だって売ります。
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「はわわ~!これが先輩の休日ですか!
なるほど、フレグランスの企画書が通るわけです!脱帽です!
休みにしたいことがにおい袋作りだなんて~!!」
紗良とさやかは松香堂の売り場の奥にある体験ブースに来ていた。
松香堂は江戸の初期から続く、老舗のお香専門店である。
お寺が集まる静かな通りに面したところにあった。
中に入ると、お土産にできるような小物から、普段使いの線香や、松香堂ブランドのお香類、紙類。奥には色とりどりの香炉が置かれてある。
お店のさらに奥には8人ほどが座れるどっしりとしたテーブルがあって、体験スペースとなっている。
ここでは、お香の材料となる香料を実際に手にとることができて、自分好みの匂袋などを作ることができる。
月替わりの体験メニューもあるようだった。
「昔、落ち込んで泣いて帰ったときに、たまたま匂袋をもらって、それから興味を持って、ちょくちょく遊びに来ているの。
におい袋は買ったりもよくするんだけど、最近、体験って人気でしょう?
今月はその体験だったから作ってみたくって」
「先輩、外国人観光客みたいです」
といいながらもさやかはノリノリで、におい袋の布を選んでいる。
チクチク縫うところから始める本格的な体験コースである。
今日は、既に何組かは終わっているようで、この時間帯は紗良とさやかだけであった。
講師は松香堂の亭主のおじさまである。
60代ぐらいだろうか。ふっくらとして気のやさしそうな雰囲気を醸し出している。
ちょくちょく来ては長居をする紗良とは、長い付き合いである。
「これが、沈香、白檀、桂皮、丁子、大茴香、、。配合によって、出来上がる香りはひとつとして同じにはなりません」
おじさまはひとつひとつ嗅がせてくれる。
馴染みのものもあれば、知らないものもある。
アロマテラピーで使う乳香なども、樹脂の形状のままでつかう。
「麝香って、鹿の生殖器の分泌物!!発情期に狩猟されるなんて、かわいそ~!」
いちいち、さやかは反応している。
調子に乗っていくつか作ってしまった。
紗良は実はもう一度嗅ぎたい匂いがある。
あのとき、あの男はなんていったか。
「おじさん、アンバーなんとかっていうのを見てみたいんだけど、どういうものなの?」
紗良がそういうと、亭主はびっくりする。
「アンバーグリス!竜涎香のことだね!
紗良ちゃん、よく知っているね。高価なものなので、いつもは店頭に出していないんだけど、嗅ぐぐらいなら。
ちょっとまって」
おじさんはグレー色のほんの小さな塊が入ったガラスの瓶を出してくれる。
「鯨の排せつ物で、海に浮いて海岸に流れ着いたもので、貴重なものなんだ。
1g20ドル。20gはあるから、4万円。
クレオパトラや楊貴妃もまとった香りという」
瓶の蓋を空けると、ふわっと馥郁たる甘い香りが漂った。いい香りである。
気持ちの良いセックスが香りとともに連想される。
紗良は24の誕生日や25の誕生日の夜にも、あのバーに引き寄せられるように行っていた。
だが、あの男とはあれっきり出会わない。
気持ちの良いセックスがしたいと思うときに、思い出す記憶のカケラだった。
あれから、何人かの男と肌を重ねたが、付き合うまでいかず、紗良の方から別れている。
男と過ごす時間より、打ち込めばそれだけ認められていく仕事の方がよっぽど面白かった。
「先輩、これ嗅いでください。いい匂いです!」
さやかはパウダー状の粉を、手の甲に塗りつけていた。
「これは塗香といって、こうして肌に直接つけて、邪気払いをするときに使います。洋装にも合うように、ポップでモダンに調合しています」
と亭主がいう。
ポップでモダンという表現にクスリと笑える。
「この調合は亭主がされているのですか?調香師、、じゃなかった。香司っていうんでしたっけ?」
紗良は聞く。
「これは息子が調合しています。息子はここ数年、フランスで著名な調香師の元で修行していて、ようやく来週帰ってくるんですよ?
既に仕事のオファーをもらっているようですが」
それをきき、紗良の心臓がドキドキ主張し出した。
これは、スルーしたらいけない、食らいつけ!と直感が告げる。
「へー?外国で修行ってスゴいですね!香りもボーダレスな時代ですねー」
とさやかは能天気に言っている。
「松香堂さん、わたしこういうものです」
紗良は名刺を取り出した。
名刺を亭主に渡す手が震える。
「息子さんをご紹介いただけないでしょうか。いま会社でフレグランスブランドを立ち上げようとしているのですが、ピンとくるものに出会えないのです。
息子さんのこの塗香、気に入りました。
一度直接会ってお話を伺いたいのですが」
松香堂の亭主は紗良の勢いに驚くが、紗良の名刺を見て快諾してくれる。
「うちの息子は変わり者で、35にもなるのに彼女を紹介してくれたことがないんだ。
紗良ちゃんが、化粧品会社勤務なら同僚には沢山女の子がいるのだろうし、知り合う機会も増えるんだろうなあ。
息子には願ったり叶ったりの良い申し出だと思う。会うように言うよ」
ぱあっと紗良の顔が明るくなった。
「ありがとうございます!
早速ご連絡先を教えていただけますか?」
松香堂をでるとさやかは心配げに紗良に言う。
「、、、亭主さん、なんだか期待しているような気がしますよ?」
今時は、子より親同士がお見合いをして、結婚を決めるような時代である。
松香堂の亭主も、例にもれず、息子の嫁候補アンテナを立てているようだった。
「わたしは彼に会うためには何だってするわよ!女の子を紹介して欲しいなら、合コンだって設定する!」
彼氏を探す独身女子は溢れている。
老舗のお香屋の息子で、実力調香師であれば、合コンに参加したい女子は多いであろう。
紗良は、ポップでモダンな調合をする香司は、行き詰まり感のあったフレグランスプロジェクトの一筋の光明のように思えたのだった。
松香堂の息子は35才。
二階堂清隆である。
他からもオファーがあるという彼に、誰よりも早く会いたくて、紗良は空港まで迎えに行ったのだった。
なるほど、フレグランスの企画書が通るわけです!脱帽です!
休みにしたいことがにおい袋作りだなんて~!!」
紗良とさやかは松香堂の売り場の奥にある体験ブースに来ていた。
松香堂は江戸の初期から続く、老舗のお香専門店である。
お寺が集まる静かな通りに面したところにあった。
中に入ると、お土産にできるような小物から、普段使いの線香や、松香堂ブランドのお香類、紙類。奥には色とりどりの香炉が置かれてある。
お店のさらに奥には8人ほどが座れるどっしりとしたテーブルがあって、体験スペースとなっている。
ここでは、お香の材料となる香料を実際に手にとることができて、自分好みの匂袋などを作ることができる。
月替わりの体験メニューもあるようだった。
「昔、落ち込んで泣いて帰ったときに、たまたま匂袋をもらって、それから興味を持って、ちょくちょく遊びに来ているの。
におい袋は買ったりもよくするんだけど、最近、体験って人気でしょう?
今月はその体験だったから作ってみたくって」
「先輩、外国人観光客みたいです」
といいながらもさやかはノリノリで、におい袋の布を選んでいる。
チクチク縫うところから始める本格的な体験コースである。
今日は、既に何組かは終わっているようで、この時間帯は紗良とさやかだけであった。
講師は松香堂の亭主のおじさまである。
60代ぐらいだろうか。ふっくらとして気のやさしそうな雰囲気を醸し出している。
ちょくちょく来ては長居をする紗良とは、長い付き合いである。
「これが、沈香、白檀、桂皮、丁子、大茴香、、。配合によって、出来上がる香りはひとつとして同じにはなりません」
おじさまはひとつひとつ嗅がせてくれる。
馴染みのものもあれば、知らないものもある。
アロマテラピーで使う乳香なども、樹脂の形状のままでつかう。
「麝香って、鹿の生殖器の分泌物!!発情期に狩猟されるなんて、かわいそ~!」
いちいち、さやかは反応している。
調子に乗っていくつか作ってしまった。
紗良は実はもう一度嗅ぎたい匂いがある。
あのとき、あの男はなんていったか。
「おじさん、アンバーなんとかっていうのを見てみたいんだけど、どういうものなの?」
紗良がそういうと、亭主はびっくりする。
「アンバーグリス!竜涎香のことだね!
紗良ちゃん、よく知っているね。高価なものなので、いつもは店頭に出していないんだけど、嗅ぐぐらいなら。
ちょっとまって」
おじさんはグレー色のほんの小さな塊が入ったガラスの瓶を出してくれる。
「鯨の排せつ物で、海に浮いて海岸に流れ着いたもので、貴重なものなんだ。
1g20ドル。20gはあるから、4万円。
クレオパトラや楊貴妃もまとった香りという」
瓶の蓋を空けると、ふわっと馥郁たる甘い香りが漂った。いい香りである。
気持ちの良いセックスが香りとともに連想される。
紗良は24の誕生日や25の誕生日の夜にも、あのバーに引き寄せられるように行っていた。
だが、あの男とはあれっきり出会わない。
気持ちの良いセックスがしたいと思うときに、思い出す記憶のカケラだった。
あれから、何人かの男と肌を重ねたが、付き合うまでいかず、紗良の方から別れている。
男と過ごす時間より、打ち込めばそれだけ認められていく仕事の方がよっぽど面白かった。
「先輩、これ嗅いでください。いい匂いです!」
さやかはパウダー状の粉を、手の甲に塗りつけていた。
「これは塗香といって、こうして肌に直接つけて、邪気払いをするときに使います。洋装にも合うように、ポップでモダンに調合しています」
と亭主がいう。
ポップでモダンという表現にクスリと笑える。
「この調合は亭主がされているのですか?調香師、、じゃなかった。香司っていうんでしたっけ?」
紗良は聞く。
「これは息子が調合しています。息子はここ数年、フランスで著名な調香師の元で修行していて、ようやく来週帰ってくるんですよ?
既に仕事のオファーをもらっているようですが」
それをきき、紗良の心臓がドキドキ主張し出した。
これは、スルーしたらいけない、食らいつけ!と直感が告げる。
「へー?外国で修行ってスゴいですね!香りもボーダレスな時代ですねー」
とさやかは能天気に言っている。
「松香堂さん、わたしこういうものです」
紗良は名刺を取り出した。
名刺を亭主に渡す手が震える。
「息子さんをご紹介いただけないでしょうか。いま会社でフレグランスブランドを立ち上げようとしているのですが、ピンとくるものに出会えないのです。
息子さんのこの塗香、気に入りました。
一度直接会ってお話を伺いたいのですが」
松香堂の亭主は紗良の勢いに驚くが、紗良の名刺を見て快諾してくれる。
「うちの息子は変わり者で、35にもなるのに彼女を紹介してくれたことがないんだ。
紗良ちゃんが、化粧品会社勤務なら同僚には沢山女の子がいるのだろうし、知り合う機会も増えるんだろうなあ。
息子には願ったり叶ったりの良い申し出だと思う。会うように言うよ」
ぱあっと紗良の顔が明るくなった。
「ありがとうございます!
早速ご連絡先を教えていただけますか?」
松香堂をでるとさやかは心配げに紗良に言う。
「、、、亭主さん、なんだか期待しているような気がしますよ?」
今時は、子より親同士がお見合いをして、結婚を決めるような時代である。
松香堂の亭主も、例にもれず、息子の嫁候補アンテナを立てているようだった。
「わたしは彼に会うためには何だってするわよ!女の子を紹介して欲しいなら、合コンだって設定する!」
彼氏を探す独身女子は溢れている。
老舗のお香屋の息子で、実力調香師であれば、合コンに参加したい女子は多いであろう。
紗良は、ポップでモダンな調合をする香司は、行き詰まり感のあったフレグランスプロジェクトの一筋の光明のように思えたのだった。
松香堂の息子は35才。
二階堂清隆である。
他からもオファーがあるという彼に、誰よりも早く会いたくて、紗良は空港まで迎えに行ったのだった。
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