昆虫恐怖症(フォビア)~開けてはいけない玉手箱

藤雪花(ふじゆきはな)

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開けてはいけない玉手箱

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 突然のわたしの変貌に、晴海は混乱しつつも唇を引き結んだ。
 わたし以上に乱暴に晴海も立ち上がった。

「花は今から乱闘しにいくつもりなのか! なら俺も加勢してやる。俺の花の手柄を公共の電波を使って横取りするな、紛らわしい言い方をするなって怒鳴ってやる」
「文系の晴海に怒鳴り込みなんて似合わないよ? 一刀両断に叩き斬られるよ? 放送に乱入しリリアンに難くせつけたクレーマーとかレッテルを貼られ、このマンションにいられなくなり、日本中で後ろ指さされるかもしれないよ?」
「それでもだ」
「それに今からいっても間に合わない」
「ああ、間に合わないけれども、だ」

 晴海はわたしの味方だった。
 晴海が自分のことを俺というのを初めて聞いた。熱いものが腹の底から駆け上がる。
 涙の代わりに何かがほとばしりそうだ。


 ……リリアンは一息に、封印された玉手箱を開いた。
 わずかの空白の後、煤煙のような、ドライアイスのような何かが大きく開いた闇からふわっと立ち上がり、落ちた。

 さわさわさわ
 かさかさかさ
 わさわさわさ

 千のささやきのようなかすかな気配を高性能の音響マイクは拾う。
 白い手がみつばちごと黒い煙のようなものにみるみると飲み込まれていく。わずかに遅れ、ぶうううんという重低音がふくれあがったかと思うと、一斉にバチバチと礫がぶつけられるような音たち。
 カメラの不調か、音響マイクの不調か。
 共演者はそれぞれ目を見開き口を半開きにし、言葉を失う。
 それから、おおよそ人間の口が発することができるとは思えないほどの怒号と罵声と悲鳴がスピーカーから爆発した。
 襲い掛かる黒い突風のようなものから頭を抱えて逃げ惑う三人の姿を写し、画面はぐるりと回転する。底が抜けたような青空で止まった。
 そして真っ黒な虫の腹の影が二つ、四つ、八つと指数倍数的に増えながらスクリーンを黒く塗りつぶしていく。
 蠢くその細かなすきまから、光がきらめき揺れうごく。
 同時にテロップが猛烈に流れはじめた。


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