昆虫恐怖症(フォビア)~開けてはいけない玉手箱

藤雪花(ふじゆきはな)

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開けてはいけない玉手箱

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 尖った頭をした米粒ほどの真っ白なものが、百ほどはあろうか。
 鉢の下に敷いたウッドデッキに密集する。
 あれやこれやと想像をめぐらす前に、反射的に寸分たがわず鉢を戻した。予期せぬ遭遇に、心拍数が上がっている。
 以前、掘り返した土中から、妙になまめかしくぬらぬらした白い幼虫たちが、それもうじゃうじゃと頭か尻かをぶるんぶるんと振っているのをみて、怖気だったことがある。毒を吐くわけでも噛みつくわけでもない。無害で矮小な存在に、わたしは無条件に降伏する。

 わたしは昆虫恐怖症(フォビア)だ。

 彼らよりも食物連鎖の上位にたつものたちが現れ、知らぬところで彼らの血肉になることを心待ちにしている。
 部屋から名前を呼ばれていた。大きく息を吐いた。
 ゴーヤのカーテンをくぐり、飴色の長椅子に腰をおろす。縁側代わりのこれは、ダイニングテーブルセットのひとつだった。リビングに戻ると乱れた藍の浴衣の裾をさっと整えた。
 黒縁眼鏡の晴海はテーブルの向こうから両腕を開きわたしを迎え入れた。
 わたしの顔はだらしなくゆるんでいるに違いない。
 晴海の目当ては朝の収穫物だけど、これから先、昆虫に脅かされる土曜日が繰り返されるとしても、晴海の存在はわたしを笑顔にするだろう。

「最近、だけだけって、鼻につくんだよな」
「何の話?」
「今のCMなんだけど、お電話するだけって。保険の宣伝がね」
「一食これに置き換えるだけダイエット、とかそういうやつ?」
「そうそう、そういうやつ。花ちゃんは気にならない?それだけなはずないだろ、と僕は突っ込みをいれたくなるんだ。今朝も花ちゃん菜園、豊作だね」


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