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第2話 ご褒美

10、頭ひとつ分、飛び抜けるべし。

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生徒が去ったがらんどうの道場には、尻をついたまま、立ち上がれない東郷秀樹がいた。
彼の前には、すらりとした眼鏡の東郷進一郎が仁王立つ。
普段の穏やかさが削ぎ落とされ、怜悧な顔立ちが際立っている。

彼は口を挟むことなく、はじめから経緯を見ていた。
穏やかな寮長としてではない、東郷家の次代を背負う厳格な顔をしている。

「お前な、東郷の名前を辱しめることはするな、という意味がわかっていないようだな。図体ばかりでかくて、他の成長が追い付いていない。
お前のようなヤツを木偶の坊というんだ」
打ちひしがれる身内に対してかける言葉にしては、冷酷である。
「せっかくの北条のボンを正々堂々と負かせる機会だったのに、逆にやられていたらざまはないわ!」
「本当に、申し訳ありません、、、」
あの、傲岸不遜な東郷秀樹とは思えない、情けなさである。
進一郎はそれを眺め、ふうっとため息をついた。
「お前は我が強すぎて、人の気持ちを慮ってやれないのが欠点だ。その体ばかり大きく育ったのも、力に物をいわせる暴挙に向かわせる。いっそのこと、この際弱いものの気持ちになってみるか?」

東郷進一郎の手には木刀が握られていた。
次に行われることを予測して、ひいっと秀樹の喉がなった。
ひゅんと風を切り、事も無げに狙いをすまして木刀は打ち下ろされる。
固いものが折れる音。
秀樹は悶絶した。

「腓骨骨折。しばらくあほうの顔を見たくない。このままではお前は東郷の名を背負えないぞ。技もこころもとないが、まずは心を養う期間としてくれ」


そんなことが行われているとも知らず、日々希と剛と川嶋は、今野修司を医務室に連れていっていた。
ひどい打ち身がいくつもあった。

「ありがとう、ごめんね、不甲斐なくて涙がでる」
今野は言い続ける。
「あいつは隙がいっぱいあったんだけど、投げ飛ばしたら、将来がなくなるかと思って、本気でできなくて、いつまでも終わらなくて、、、」
優しい川嶋は寄り添い、日々希はとんとんと肩を叩いた。
不甲斐ないのは自分のことのように思えた。

「おい、何をいってあの北条和寿を動かしたんだよ?」
剛には解せないところがいくつかあった。
四天王の一人である北条和寿が自ら進んで自分の実力をあえて晒すことをするのはよっぽどのことである。
四天王とはいえ、普通の人である。
彼らはできる、すごい、かなわない、といったイメージ戦略の部分で成り立つところもあるだろう。
それを、万が一和寿が分家の東郷秀樹に負かされたりすれば、北条のトップは分家の東郷にもかなわない、という評価をくだされて、後々のイメージダウンを避けられないではないか?
源氏一族は一枚岩ではない。
各派閥間で勢力を争っているところもある。
剛の想像以上に和寿は強くて、そのイメージダウンは杞憂ではあったが。

「それは、、、」
日々希はいいよどんだ。
和寿を動かしたのは、日々希からのご褒美だった。
まだ、和寿の手の感触と彼の匂いが残っている。

「それに、確実に、お前は和寿のお気にいりの位置を確定してきたぞ。一回目は偶然でも、二回目三回目になると必然とか運命とかいうやつだ。
だから、あの時背中を押されただろう?」

授業では日々希の隣を剛から要求し、後半は人目を気にせず午睡をむさぼっていた二人である。
「確かに押された、、、」
誰かが日々希の背中を強く押した。
「気を付けろといっただろう?これからも、あいつがお前を特別扱いするなら、なにかと巻き込まれるぞ?」
剛はいう。

「今夜、彼のところにいくことになった」
「、、、それが今野を助けることに対する取引か?」
日々希は肩をすくめる。
取引というより、ご褒美?
どう違うのかわからない。
「さあ?添い寝でもする?」
日々希は覚悟を決めなければならない。
「もし、夜の抜打ち検査があったら上手くしていて」
彼にどういう顔をして会いにいったらいいんだろうと日々希は思う。
桜の魔法はやり過ごせても、今回は日々希は和寿にがっつりととらえられてしまった。
北条和寿に強烈に惹かれる自分がいた。

医務室の扉が叩かれて、東郷寮長が顔をだした。
気がついた今野の背中がこれ以上ないというほどピンと張る。
眼鏡の奥には申し訳なさそうな目。

「今野君、うちのところの馬鹿がごめんね。怪我は大丈夫?しっかりと懲らしめておいたから、気にしないでね」
「はいっ!大丈夫です!」
「今度から上級生だからといって手加減したら駄目だよ?何事も頭ひとつ分、飛び抜けると、誰も喧嘩を売らなくなるから」 
「はいっ!精進しますっ」
ふふっと東郷進一郎は笑った。
「やっぱり、外部の新入生はかわいいね」
言われて、今野は真っ赤になっている。
今回のかわいいは今野である。
一年生は誰であれ、かわいいものなのだ。

そして、夕食も終わって8時。
覚悟を決めた日々希は一度も踏み入れたことのない寮の三階に上がり、指定された301号室の扉を叩いた。



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