上 下
8 / 12
第2話 ご褒美

8、α波でてますか?

しおりを挟む
受け身が続く。
日々希はすぐにコツをつかんで、小気味よい畳を弾く音をさせながら受け身をとっていた。
体を使うと、体を隅々まで自在に動かそうとエネルギーが巡りだす。
とたんに汗が吹き出す。
痛みも疲労感も爽快である。

「上手いね!その似合わない道着はカモフラージュだった?」    
100回目を数えて休憩に入る。
立ち上がれずその場で粗く息を継ぐ。
日々希の横にはいつの間にか和寿がいた。
そう声をかけたのも和寿である。
頬が上気している。
「なんで隣にいるんだよ!」
びっくりしていうと、和寿はさらっと答えた。
「あんたのルームメイトに替わってもらった。夜に来てくれないから、こうでもしないと話しもできないだろう?
ひびきは柔道の経験はあるの?それか空手とかの格闘技とか?」

和寿は日々希の隣に腰を落ち着け、黒帯が集められて乱取りをし始めたのに目をやっている。

「んなもんないよ。田舎にはどんな道場もないよ。お前はいかなくていいのかよ?黒帯だろ?」
和寿は肩をすくめた。
「あんな汗臭い、むさ苦しい男とつかみ合うようなことはごめんだ」

先生は初心者組に混ざる和寿に気がついたが、そのままスルーした。
その代わり、別のさぼりを見逃さない。
「東郷秀樹!お前は黒だろ。乱取りに加われ!」
そう名指しされた図体の大きな二年生がちぇっといいながら、乱取りに加わる。
今野もいる。

「東郷、秀樹?」
日々希がいうと、和寿はああっという表情をした。
「東郷秀樹は、進一郎のところの分家、親は警視総監。彼ももう少し、素行がよければ、進一郎が東郷を背負わなくて済むのに」
その言葉のニュアンスに気がついた。
「東郷寮長はトップになりたくないの?もしかして」
「東郷進一郎以外には今のところ相応しい人はいない。わたしたちの場合は、トップになりたいかどうかではなく、相応しいかそうでないか、だ」
「ふうん?和寿もふさわしくあろうとしているんだ」
日々希はいう。
「あたりまえだろ?わたしにはふたつ違いの弟がいるけど、まだまだひよっこで海のものとも山のものともわからない。
北条の分家は分家でひとつ上にいるが、本家に二人もいるから彼が継ぐには、己が優れていることを示さなければならない」
日々希にはうかがい知れないお家の事情である。
自分に引き寄せて考えようにも、日々希は田舎を継ぐかどうかを考えたことがない。

「あなたは自由に生きなさい。生涯かけるだけの価値あることを、見つけなさい」
それが母の口癖なのだ。
日々希は自由に生きれない和寿を少し可愛そうに思う。
この学校にしても、自分は選んでやって来たが、彼らには別の選択肢がなかったのだ。

「、、、で、なんで来てくれない?何度も呼んでいるのに」
きた。と日々希は思う。
なんだか、背負うものの大きさに、うちひしがれている可愛そうな子供のように思える。

「あの時間はいつも課題の時間にしているからいけない。それに僕がいても寝られないかも知れないよ?」
「気のせいなんかじゃあない。隣にいるだけで、もう十分眠くなっている。
あんたは不思議だ。まとうオーラが穏やかで時間の流れが違うようだ。
ゆったりのんびり、、、。
競争もなにもないド田舎育ちだからか、、、」
そういいながら、和寿は肩に頭を寄せる。
目を閉じたまつげが長い。
顔が緩んでいる。

「え?嘘だろ?」
びっくりして押し退けようとすると、近くにいた北見が押し止めた。
「和寿さまの睡眠は邪魔してはなりません。このまま、見学していてください。先生にいっておきます」
バンバンと投げ飛ばされる音に交り、すーっと寝息をたてて和寿は眠る。

「交感神経を鎮めて、副交感神経を優位にするα波でも体から出しているのではないですか?」
北見がなんで?の日々希の顔をみて、適当なことを言った。


肩にもたせかけられた頭は押し返すが、目の隈を間近に見てしまった手前、近くにいて、少し寝かせてあげようと思ったのだった。

壁際で見学する日々希とその横で寝る和寿はちらちらと注目される。
結局、この日の柔道の授業は見学で終わったのだった。

先生が終わりを告げても、一部の生徒は自主練習に入る。
日々希は和寿を起こす。
「なんだよ、、」
と不機嫌に和寿は起きる。
日々希は道場の不穏な気配に気がついた。

黒帯の丸い陣営が組まれている。
なかで、手合わせがされているようだった。
日々希は何の気なしに覗きこんで、息を飲んだ。
東郷秀樹と、今野修司の手合わせだった。
すでに何回か、投げ飛ばされたのだろうか、今野は顔が腫れ、足を引きずっていた。
「これは何!?」
輪に加わる剛を見つけて聞くと、苦々しく剛はいう。
「目立った今野へのいじめのようなもんだ。東郷進一郎に、今野はアピールしただろう?
それを分家の秀樹が気に入らない」
バタンと足を引っかけられて、今野は横に大きく倒される。
「まだまだ!」
手合わせは続く。

「これ以上は危険だ。怪我する」
日々希は助けに入ろうとした。
「やめとけよ、ケガするのはひびきだぜ?
あんな乱暴な投げを受けたら、普通のヤツなら再起不能になってしまう」
「でも、このままじゃあ、今野がボロボロになる」
和寿は同じものを見るが、平然という。
「うまく立ち回れないヤツが悪い。
どんな逆境でも切り抜ける才覚を養うチャンスでもあると言える」

「このままでは、今野は、、」
剛は唇を引き結んだ。
彼が残るのは、手合わせが終わったときに医務室へつれていくつもりだからと日々希は気がついた。

「彼には勝てるよ。俺が勝負を替わってやったら、あんたご褒美くれる?」
和寿はすっきりした顔を日々希に向ける。
たったの30分で完全復活していた。
生き生きとその顔は輝いている。
「さっきまで寝てたんだろ?無理すんな」
日々希はいう。
「寝たから、大丈夫なんだよ。あんたの友人を助けるからご褒美な!」

そう言い、黒帯の閉じた輪のなかに北条和寿は入っていったのだった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

私の事を調べないで!

さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と 桜華の白龍としての姿をもつ 咲夜 バレないように過ごすが 転校生が来てから騒がしくなり みんなが私の事を調べだして… 表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓ https://picrew.me/image_maker/625951

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

処理中です...