上 下
5 / 12
第1部 第1話 大和薫英学院

5、一度目は偶然、二度三度は運命?

しおりを挟む
教室の廊下を四天王の北条和寿(かずとし)と北見、西条弓弦(ゆずる)が行く。
彼らの迫力と美貌と纏うオーラの強さに、派閥も関係なく、同級生たちはみいってしまう。
彼らの前に道ができる。
彼らの後ろには取り巻きたちもいる。


「四天王の北条と西条は同級生で総合クラス1。俺らは2。東郷は三年の総合クラス、南野は女子で二年。わかったか?」
と西野剛は基本情報を日々希にいれる。
「ただ、名字が東郷だったり、西条だったりしても、本家でない場合があるから気を付けて。
本家、分家で争う場合もあるし、本家であっても優秀な分家に取って変わられることもある。実力が全てだから」
「ふうん?」
日々希は興味がない。
自分とは縁のない別世界である。

だが、剛は興奮気味に続ける。
今年は、四天王全員が揃っているめったにない年で、かれらのリーダーになる王が決まるとかなんとか。
あまりに浮世離れした話だと思った。

「ひびき、ほら、廊下を歩いているよ?顔ぐらい知っとけよ!」
それは剛の親切心でもある。
全校生徒の誰もが知っている四天王を知らないで、このまま何事もなく卒業できるとは思えないのだ。
知ったときが、取り返しのつかない失礼なことをしてしまったときだとすると、悲しすぎないか。

日々希は席を立たずに顔を向ける。
廊下側の窓は大きく開かれ、通りすぎる彼らを見る。
窓側を大柄な男が歩いていた。
奥には彼と比べると随分小柄に思える男。
手前の男が大きすぎて見えない。

「背の高いのが西条。俺のボスだ」
西条は皆より大柄な体をしている。
日に焼けた肌が男らしい。
ただ物騒な目をしていないか?
日々希は感じたまま言う。
「そりゃそうだよ!西条組の組長の息子だぜ!堅気の基準で考えてもらっちゃあ困るよ」
「ふーん?そういうもんなの?剛のとこも堅気ではないんでしょう?おんなじ業界なのに随分雰囲気が違うな~」
崇敬の念がこもる目をして西条を追っていた剛は、日々希の何気ない言葉に傷ついた顔をする。
「そりゃ、迫力は違うよ。彼は頂点。うちは支流の傍流の、枝先の、指先。天と地ほども違う。だから俺はこの三年間に賭ける。お近づきになって、昇るんだ!」
日々希には暴力団の階層を昇り詰めたい剛の気持ちはわからない。
「がんばるよ!」
剛は席を立った。彼らを追いかけて、話しかけようとするらしい。
追っかけである。
西野剛以外にも追っかけの生徒は多いようだった。


次の授業は自習時間である。
先生方の緊急ミーティングが行われているらしい。
監督する先生方がいなくなって、クラスの半分以上が教室の外へ解放されていた。

日々希は独り、教科書を開く。
本来の今の授業は数学であった。
問題を解き始める。数学はそんなに得意ではない。


「藤くん、ここいい?」
難問に集中していた日々希は、はっと顔を上げた。
隣の席に、同期入学の川嶋が席を引く。
気の弱そうな雰囲気が漂う。
彼は、隣のクラスだった。

「みんな、この春の陽気につられて、外に花見。僕も行こうと思ったんだけど、教室の前にきたら、藤くんがいるから」
「いいよ、自由に座って」
川嶋は図書館で借りてきたらしい本を机に置いた。
彼は同期入学の中では一番大人しいタイプである。
「みんな教室から出ていったのに、自習って偉いよね」
何か愚痴でもこぼしたい気分なのかなと日々希は思う。
「僕は、将来も決まらないし、特待生だから成績ぐらいはまともな感じでいないとやばそうだし」
「どうして藤くんが特待生?っていう疑問はあるけど、成績はどこかの派閥にはいってもけっこう重要だから。
すごいなって思うのは、周りに流されないで自分を貫けるところ」

日々希は鉛筆を置いた。
とても数学の難問に取り組めない。

「川嶋、どうしたんだ?ホームシックかよ?」
うじうじ度が増している気がする。
促されて、川嶋は堰を切ったように話し出した。
「この数日間、みんなのように派閥にいれてもらおうと思って頑張ったんだけど、全然歯牙にもかけてもらえなくて、もうどうしたらいいかわからなくなって、せっかく頑張って入ったのに、こんなの意味ないような気がして、、、」
「それって、はじめから派活をしていない僕にいう?」
「だって、今野くんとかに言っても泣きごというなって逆に怒られそうだけど、藤くんなら聞いてくれそうだから」
「そりゃあ聞くけどサ。まだ学院に来て、一週間だろ?そんなに焦ってお近づきにならなくてもいいんじゃあない?
それより、今は試験に向けて頑張ってよい成績を取ってそっちで目立てば、逆に勧誘があるかもよ?
さっき、お前も言っていただろ?どこに所属しても成績は大事って」
川嶋は目をぱちぱちしばたいた。
ちゃんと届いたようだった。
「そうだね、今は焦らず勉強だね!ありがとう、きれいな藤くんにそういわれると頑張らねばって言う気持ちになった。また、愚痴聞いてもらってもいい?」
パタンと本を閉じる。
席を立ちかけた川嶋の腕をつかむ。
「ちょっと待て。僕のこと、今、きれいって言った?そういえば、そんな面して、とか言われるんだけど、僕の顔ってきれいなのか?」
川嶋はぱっちり目を開き、真正面から見下ろした。
「え?藤くんはとてもきれいだよ?今まで言われたことないの?」
「一回もいわれたことない」
「ええ?本当に?!藤くんは、北条くんや南野さんのように、きれいで目立っているよ?
一般のクラスでも、女子たちが藤くんのこと騒いでるし。え?知らないの、、、?」
はっと川嶋は顔を赤くした。
「そろそろアプローチがあるかもね。じゃあ、僕もちゃんと自分の席で勉強する」
川嶋は立ち上がった。
「まだ肌寒いから風邪を引かないようにね」
そういう顔が真っ赤だ。
呆然と、パタパタと教室を出ていく川嶋を見る。


きれいってなんだ。
いわれたことがぐるぐる回る。
日々希は一度もきれいなんていわれたことがない。
キレイなのは、朝日を照り返す海、朝露、そして、桜の花びらを頬にのせる、あの少年、、、。

「なんだ、勉強してるかと思ったらお昼ねかよ?」
聞き覚えのある声。今思ったまさにその少年だ。
一声でわかってしまう。

「寝てない。ちょっとショックを受けていただけだ」
突っ伏していた顔を横に向ける。
つい先ほどまで川嶋が座っていた席には、あの、和寿が座ろうとしていた。

「そこはあんたの席じゃないだろ?」
ムッと和寿は眉を寄せたが構わず座る。
「さっきのあいつの席でもないだろ?藤日々希も桜を見に行かないのかよ?教室で独りでふて寝ってダサいな」
「そういう和寿こそ、寝た方が良いんじゃないかよ?目の隈が、、、」
和寿は頬杖をついて、日々希を見下ろしていた。
「目の隈が薄くなったね」
「ああ、あんたのおまじないが効いた」
「おまじないって?」
「あんたが野良犬から助けてくれたときに、こうやって手を添えてくれただろ?」
そういいながら、和寿は日々希の手をとり、その手を正真正銘のキレイな顔に押し付けた。
「これが、おまじない」
「はあ?」
といいつつ、そのままその手を振りほどけないでいる。ヒヤッとした頬があたたまっていく。
ほわっと和寿はあくびをした。
「ほら、すぐ眠くなる。これがおまじないでなくてなんなんだ?」
日々希と同様に、ことんと机に頭を乗せた。
そのまま寝るらしい。
教室には誰もいない。他クラスのヤツがいても誰も気にしないか、と日々希は好きにさせる。
まだ、和寿には睡眠が足りていないようだった。

「和寿は何年でクラスはどこなの?」
「一年総合1。あんたの隣。まさか、一度も俺のこと見たことない?あんたは目立っているよ?あれからブレザーなしだし」
「ああ、ボロボロだったから処分した」
はっと和寿は顔を起こす。
手を伸ばして、日々希の左手に添えた。
半眠ではあるが必死で真剣な目をする。
そういうのを見るとなんか、かわいいと思ってしまう。
「、、、 あのときは本当にありがとう。傷の治りは順調?」
「大丈夫。抗生剤飲んだから膿んでもいない」
「そう、良かった」
再びことん。
自習時間が終わるまであと20分あった。
日々希は体を起こす。
残りの時間は難問に答えを出して終わりだ。

「それ、先にAの解を求めるといいんじゃあない?そして(省略)」
寝言のように、和寿はいう。
「え?この問題のこと?」
目を閉じたまま端麗な少年はいう。
「そう。数学は得意なんだ。あんたつまずいているようだから、、、」

日々希は言うと通りに式を作ると、答えは簡単に導ける。
和寿は大変頭が良いようだった。
「なあ、和寿。僕ってきれいなのか?あんたもそんな顔してとかなんとか、いっていただろ?」
「、、、ひびきはきれいだ、、、」
寝言のようにいう。
いつのまにか、下の名前で呼ばれていた。
「まあ、いっか」
もう少し進んでおこうと思う。
彼がいうので、自分も少しは整った顔をしているのだろうと思うことにした。


そして、自習時間が終わる。
教室がざわめいている。
クラスのみんなが遠巻きにしている。
顔をあげると、ビックリした剛の目とバッチリあった。
「おい、この人、なんでここに寝ている?」
「え?眠いからじゃないの?起こす?」
「ひびき、こいつは、この人は北条和寿だ!」
人混みを分けるように、背の高い男が割ってはいる。
「こんなところに、いましたか。起きますよ?ここは、あなた様の教室ではありません」
「北見?もう少し寝る、、、」
「授業ですから!」
引きずられるように出ていくのを見送る。

「なんで、四天王の北条和寿がひびきの横で寝てるんだ?」
「あいつ、四天王だったんだ、、」
「驚くのはそこ?違うだろ?問題はそこではなくて、、、 」
「?」
剛が何を言いたいのかひびきはピンとこない。
「四天王は下々となんて話をしない。ここにいる生徒にとっては、いわば神のごとき、孤高の存在なんだ。それがひびきになついている!」
「はあ、普通の人間が神のごときなんて大変だね?」
「違う!だから、大変なのはひびきだ!
北条和寿のお気にいりは嫉妬される。
いじめられるぞ?」
「まさか」
剛の言う内容は冗談のようだったが、目と声色は真剣だった。
「いや、別に、僕はお気にいりってわけじゃあないし?」
日々希はいう。
「一度目なら偶然と思ってもらえるけど、二度三度続けば、ほんまもんだ」
気を付けろと剛の目がいっていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

性的イジメ

ポコたん
BL
この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。 作品説明:いじめの性的部分を取り上げて現代風にアレンジして作成。 全二話 毎週日曜日正午にUPされます。

部室強制監獄

裕光
BL
 夜8時に毎日更新します!  高校2年生サッカー部所属の祐介。  先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。  ある日の夜。  剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう  気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた  現れたのは蓮ともう1人。  1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。  そして大野は裕介に向かって言った。  大野「お前も肉便器に改造してやる」  大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…  

孤独な戦い(4)

Phlogiston
BL
おしっこを我慢する遊びに耽る少年のお話。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

昭和から平成の性的イジメ

ポコたん
BL
バブル期に出てきたチーマーを舞台にしたイジメをテーマにした創作小説です。 内容は実際にあったとされる内容を小説にする為に色付けしています。私自身がチーマーだったり被害者だったわけではないので目撃者などに聞いた事を取り上げています。 実際に被害に遭われた方や目撃者の方がいましたら感想をお願いします。 全2話 チーマーとは 茶髪にしたりピアスをしたりしてゲームセンターやコンビニにグループ(チーム)でたむろしている不良少年。 [補説] 昭和末期から平成初期にかけて目立ち、通行人に因縁をつけて金銭を脅し取ることなどもあった。 東京渋谷センター街が発祥の地という。

処理中です...