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第11話 それぞれの道
111-3、それぞれの道
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鷹を繁殖させ、ブルースの鷹のように半野生ではなく、完全飼育で人に慣れさせたいという。
鷹のことを進めながら、王子の騎士になれるかどうか、その可能性はどれぐらいか考えつつ、ブルースは油断なく視線を群衆に走らせる。
その時、後方からひゅんと風が鳴いた。
大歓声の中でも、くっきりと聞こえる懐かしい風切音だった。
だが懐かしんだのは一瞬。
音の方角から放たれた鏃の軌道を瞬時に読んだ。
背後から正確にジプサムの心臓を狙う矢だった。
気が付いたのはブルースだけ。
即座に反応できるのもブルースだけ。
ブルースは、目にも止まらぬ早さで直剣を抜き、大きく振り切った。
空中で真っ二にされ、鏃は落ち、矢羽根がふわりと舞い落ちる。
それはモルガン族の矢。
矢羽根の結び方。ブルースには誰の矢であるかわかってしまう。
「ザラード!気を付けろ!」
ブルースは叫んだ。
騎士隊長のザラードはブルースの警告に即反応する。
短く掛け声を掛け、騎士たちの隊列を変化させた。
一列目は剣を抜き、王子の前にでた。
二列目、三列目は剣を抜き王子の横と背後を守る。
四列目、五列目はクロスボウを構え、群衆に矢の切っ先を向ける。
隊列の変化に沿道の者たちは、それを王子と騎士の演出と見た。
騎士たちの毅然とした表情にほころびはなかった。
騎士たちの一糸乱れぬ、ため息がでるほど美しい戦闘態勢だった。
何も知らない群衆からどおっと歓声があがる。
ブルースは見た。
王子の帰還に沸く人々の中や、その列の背後に、周囲から浮き上がって見える、異質な存在があった。
ベルゼラの服を着て、ベルゼラの男や女のような恰好をしても、殺気だった目は紛らかせることはできない。
そこだけスポットライトがあたっているかのように、視線が吸い寄せられた。
モルガン族だった。
群衆の背後から矢を射かけたのは、サラサ。
サラサ以外にも、胸に抱えた荷物のように見せかけながら、ナイフや弓を持つ者たちがいる。
眼鏡のシャビは、ベルゼラの学校に通っていたのではないか。
大きな体のトーラスは、商家で働いていたのではないか。
カカは、馬の世話で重宝されていたのではないか。
その他に、粛清された西の部族の生き残りの若者たちが混ざっていた。
最初の矢をはたき落としたのがブルースだと知ると、サラサは舌打ちをする。
手を挙げて仲間に合図を送った。
モルガン族は一斉に身をひるがえした。
別の襲撃地点を目指して移動するつもりなのだ。
彼らのリーダーは一目でわかった。
その目に殺気を宿らせたサラサだった。
ユーディアの髪をほどき洗い、三つ編みに編んでいた娘。
彼女は一年待ったのだ。
いつまでたってもユーディアから連絡がなかった。
ユーディアは自分たちを見捨てたのではないか、そんな彼女の不安な胸の内が手に取るようにしてわかる。
だがもし、ユーディアが意志に反して帰れない状態であるならば。
過酷な状況に陥っているのであるならば。
約束の一年は長すぎた。
モルガン族の若き世継ぎであり、サラサのたった一人の大事なユーディアを、仲間を引き連れベルゼラから命を懸けて力づくで取り戻しに来た。
だが、20人にも満たないモルガン族のしかけたユーディア奪還作戦が成功するはずがない。
そこにダルカンの姿があったとしても、無理だろう。
彼女たちは、矢を射かけたことで戦の口火を切ることになり粛清された西の部族と同じ道をたどってしまうだろう。
相手の力を過小評価し、己の力を過信する。
無謀なことを無謀だとわからないところが、無知の罪なのだ。
ブルースはジプサムの背中に叫んだ。
「ジプサム!モルガンはユーディアを取り戻そうとしている!俺は彼らを、サラサを、説得しに行かねばならない!だから、ひとまずユーディアをお前に預ける!ユーディアを死んでも泣かせるな!」
ジプサムも、振り返らず言い返す。
「おまえのユーディアではない。俺のユーディアだ!あい、わかった!ブルース、お前を兵役および奴隷の身分から解放してやる!後の始末はつけてやる!どこにでも行ってしまへ!」
ブルースは隊列を離れた。
大きな旗が振られている影にはいり、馬から降りた。
騎士たちと共に、騎士に似せて作られた今日のためだけに新調された煌びやかな衣装とマントを脱ぎ捨てた。
固くて窮屈で重い衣装だった。
乗っていた軍馬は、体が軽くなっても頭をぐっと上げ、並足で兵士たちの軍馬に合わせて進んでいく。
ブルースは群衆の中に入り、サラサを追った。
彼女は慎重に群衆に紛れたつもりでも、あたりに懐かしい、草原の匂いを残している。たどるのはたやすい。
サラサが弓を射るとは思わなかった。
この一年の間、ユーディアを奪還するために訓練したのだろう。
女というのは、体は繊細で弱く危ういのに、気は強く向こう見ずで、そして愛おしいな、とブルースは思う。
強国とうまくやっていくには、誰かがベルゼラで学んだことを持ち帰らなければならなかった。
それがはじめの予定と違うのは、草原に戻るのは自分だけだということだった。
鷹のことを進めながら、王子の騎士になれるかどうか、その可能性はどれぐらいか考えつつ、ブルースは油断なく視線を群衆に走らせる。
その時、後方からひゅんと風が鳴いた。
大歓声の中でも、くっきりと聞こえる懐かしい風切音だった。
だが懐かしんだのは一瞬。
音の方角から放たれた鏃の軌道を瞬時に読んだ。
背後から正確にジプサムの心臓を狙う矢だった。
気が付いたのはブルースだけ。
即座に反応できるのもブルースだけ。
ブルースは、目にも止まらぬ早さで直剣を抜き、大きく振り切った。
空中で真っ二にされ、鏃は落ち、矢羽根がふわりと舞い落ちる。
それはモルガン族の矢。
矢羽根の結び方。ブルースには誰の矢であるかわかってしまう。
「ザラード!気を付けろ!」
ブルースは叫んだ。
騎士隊長のザラードはブルースの警告に即反応する。
短く掛け声を掛け、騎士たちの隊列を変化させた。
一列目は剣を抜き、王子の前にでた。
二列目、三列目は剣を抜き王子の横と背後を守る。
四列目、五列目はクロスボウを構え、群衆に矢の切っ先を向ける。
隊列の変化に沿道の者たちは、それを王子と騎士の演出と見た。
騎士たちの毅然とした表情にほころびはなかった。
騎士たちの一糸乱れぬ、ため息がでるほど美しい戦闘態勢だった。
何も知らない群衆からどおっと歓声があがる。
ブルースは見た。
王子の帰還に沸く人々の中や、その列の背後に、周囲から浮き上がって見える、異質な存在があった。
ベルゼラの服を着て、ベルゼラの男や女のような恰好をしても、殺気だった目は紛らかせることはできない。
そこだけスポットライトがあたっているかのように、視線が吸い寄せられた。
モルガン族だった。
群衆の背後から矢を射かけたのは、サラサ。
サラサ以外にも、胸に抱えた荷物のように見せかけながら、ナイフや弓を持つ者たちがいる。
眼鏡のシャビは、ベルゼラの学校に通っていたのではないか。
大きな体のトーラスは、商家で働いていたのではないか。
カカは、馬の世話で重宝されていたのではないか。
その他に、粛清された西の部族の生き残りの若者たちが混ざっていた。
最初の矢をはたき落としたのがブルースだと知ると、サラサは舌打ちをする。
手を挙げて仲間に合図を送った。
モルガン族は一斉に身をひるがえした。
別の襲撃地点を目指して移動するつもりなのだ。
彼らのリーダーは一目でわかった。
その目に殺気を宿らせたサラサだった。
ユーディアの髪をほどき洗い、三つ編みに編んでいた娘。
彼女は一年待ったのだ。
いつまでたってもユーディアから連絡がなかった。
ユーディアは自分たちを見捨てたのではないか、そんな彼女の不安な胸の内が手に取るようにしてわかる。
だがもし、ユーディアが意志に反して帰れない状態であるならば。
過酷な状況に陥っているのであるならば。
約束の一年は長すぎた。
モルガン族の若き世継ぎであり、サラサのたった一人の大事なユーディアを、仲間を引き連れベルゼラから命を懸けて力づくで取り戻しに来た。
だが、20人にも満たないモルガン族のしかけたユーディア奪還作戦が成功するはずがない。
そこにダルカンの姿があったとしても、無理だろう。
彼女たちは、矢を射かけたことで戦の口火を切ることになり粛清された西の部族と同じ道をたどってしまうだろう。
相手の力を過小評価し、己の力を過信する。
無謀なことを無謀だとわからないところが、無知の罪なのだ。
ブルースはジプサムの背中に叫んだ。
「ジプサム!モルガンはユーディアを取り戻そうとしている!俺は彼らを、サラサを、説得しに行かねばならない!だから、ひとまずユーディアをお前に預ける!ユーディアを死んでも泣かせるな!」
ジプサムも、振り返らず言い返す。
「おまえのユーディアではない。俺のユーディアだ!あい、わかった!ブルース、お前を兵役および奴隷の身分から解放してやる!後の始末はつけてやる!どこにでも行ってしまへ!」
ブルースは隊列を離れた。
大きな旗が振られている影にはいり、馬から降りた。
騎士たちと共に、騎士に似せて作られた今日のためだけに新調された煌びやかな衣装とマントを脱ぎ捨てた。
固くて窮屈で重い衣装だった。
乗っていた軍馬は、体が軽くなっても頭をぐっと上げ、並足で兵士たちの軍馬に合わせて進んでいく。
ブルースは群衆の中に入り、サラサを追った。
彼女は慎重に群衆に紛れたつもりでも、あたりに懐かしい、草原の匂いを残している。たどるのはたやすい。
サラサが弓を射るとは思わなかった。
この一年の間、ユーディアを奪還するために訓練したのだろう。
女というのは、体は繊細で弱く危ういのに、気は強く向こう見ずで、そして愛おしいな、とブルースは思う。
強国とうまくやっていくには、誰かがベルゼラで学んだことを持ち帰らなければならなかった。
それがはじめの予定と違うのは、草原に戻るのは自分だけだということだった。
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