舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
上 下
232 / 238
第11話 それぞれの道

109、プロポーズ④

しおりを挟む
 フェルトの幕をくぐって部屋を出た時、そこにいるのはルーリク。
 ブルースを険しい顔でにらみつけ、ブルースに続いて現れたユーディアを見てわずかに和らげたが、仏頂面を保持しながらいう。
 ルーリクにはしかめ面は似合わない。

「急にどこかに行かれると困ります。ここには今、一時より少なくなったとはいえ他国者たちやリャオ族たちが入り乱れておりますので、御身になにかありましたら大変なことになります」
「あ、すみません……」

 ユーディアはルーリクに謝るが、叱られたことになんだか納得がいかない。
 ユーディアを叱るのはサニジンであり、どうしてジプサムの騎士に説教をされないといけないのか。筋が違うのではないか。

「これからどこにいかれますか?」
「ええ?……と、ジプサムさまはどこに?もしかして、探して待っていてくれたの?」
「臨時ではありますが護衛をするようにと正式に命じられましたから。少なくとも離宮にいる間は」
「ユーディアの護衛は俺がする」
ルーリクはブルースに正対する。
「あなたからも、誰からもユーディアさまは守られなければなりません」
「おい、喧嘩をうっているのか?俺がユーディアを傷つけるわけがないだろ」
 ユーディアはいきなり剣が抜かれそうな気配に間に入る。
「一体、どういうことのなの?護衛って、今までも扉を守ってくれていたようだけど、正式にというのは。男小姓から女小姓になったからにしては、物騒な気がする」
「はあ?何を言うのですか!これからますます周囲に目を配らないといけなくなるのに、ユーディアが今までのように動き回ったら、護衛する側も追いかけていくことになりますから」
「だから、一体何が……」
「あ、すみません。ユーディアさまが、です。失礼いたしました」

 ルーリクの言葉に要領を得ないところがある。なぜに自分の名前がさま付けなのか、ユーディアは理解できない。
 二人を引き連れる形で庭に出る。
 ルーリクは羽織ものを持っていてさりげなくユーディアの肩にかけてくれた。

 先ほどは庭全体で取り組みがなされていたが、取り組みの数が減っている。
 体術の勝ち抜き戦をしていたのか。
 既に雪が溶けた上に、ぐちゃぐちゃに踏みつけられた悪場の中に転がったと思われる泥だらけの男たちが、彼らの輪の中で勝負をする、同じく泥だらけの者たちに声援を送っている。

 ジプサムの姿を探した。
 ジプサムは簡易な折りたたみイスに腰を掛け腕を組んで試合を見ていた。
 ユーディアに気が付くとわずかに顔を緊張させ、立ち上がり、試合の歓声を送る者たちの背後を回ってユーディアのところへ行こうとする。
 輪の中で上半身半裸となり筋肉を波打たせて戦う男の一人がジプサムの反応から視線の先を追い、振り返る。
 そして、ユーディアを見た。
 男はその隙を突かれて対戦相手に脚をすくわれ、あたりに雪と泥のまざったしぶきをまき散らし押し倒された。
 手合わせを見守る男たちから大歓声が上がると同時に落胆の声もあがる。
 勝負に負けたのはレグラン王だった。

 すかさず丁重に手を差し出しレグラン王を起こすのは、顎髭の対戦相手の男。トルメキアのダラス隊長。
 二人は固く握手を交わす。
 レグラン王は王騎士が差し出したタオルで顔と体をさっとぬぐうと、大股でユーディアのところへ突っ切った。

「ユーディア!もう大丈夫なのか?」
「大丈夫です。十分休ませていただきました」
「リーンの服がよく似合っている!まるであなたのために用意していたかのようだ!」
「ありがとうございます」

 満面の笑顔のレグラン王はユーディアの背後に視線をやる。
 ルーリクとブルースは軽く頭を下げた。

「若手で一番の兵と、一番見どころのある騎士を二人も連れているとは、我が不肖の息子もようやく心を決めたのだな。おめでとうのキスをしていいか?」

 レグラン王の手がユーディアの腰に伸びて引きよせようとした。
 そこへすかさず止めに入ったのはジプサム。
 横から先にユーディアの腰をつかんで己に引き寄せた。
 

「まだですから。レグラン王」
「まだ、おめでとうではないのか?」

 信じられないものをきいたかのように、くっきりとした眉がよる。

「申し訳ありませんが、この者に気安く触れてもらっては困ります。ユーディアの服が泥と汗で汚れてしまいますので、もう少し離れていただけますか。背中からボタボタと泥が落ちていますよ」

 そういうジプサムも既に泥だらけなのだが自分のことは完全に棚にあげている。

「それは、申し訳なかった。この衣装を着ているとつい我が妻の一人のように愛情を覚えてしまってな」

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...