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第10話 雪山離宮 襲撃
101-2、開かずの間②
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「あんたも鍵を預かったのですって?何をしたって開かないわよ。あんたこの部屋を使わせてもらう意味って分かってる?わたくしはジプサムさまの妻になるためにはるばる極寒の時期に山越えをしてここにたどり着いたの。あんたはジプサムさまに買われた捕虜奴隷から小姓に引き立てられたのですって?そして、先日ジプサムさまを自室に引き入れて体を重ねたのでしょう。わたくしは、あなたのことを尊重するわ。王子があなたを気に入っているのなら、邪魔をしないわ。好きになさいよ。だけど、正妻の位置は譲れない。王子の隣の位置は、わたくしのもの。わたくしの方が価値があるわ!」
そんなこと言われなくてもわかっている。
ユーディアは扉の前に立った。
手に持った鍵と同じアスターの花模様が精緻に彫りこまれている。
花と龍の格調高い飾り扉の間には、口ひげを生やした王騎士が背中を壁に預け、二人の娘が入れ替わるのを見るともなしに見ていた。
王騎士たちは顎髭、口ひげを生やしたものが多い。
彼らはレグラン王よりも年上の男たち。
ジプサムの騎士たちが、ジプサムよりも少し年上の者たちばかりで構成されているのと同じだった。
レグラン王の王騎士ははじめは20人いたという。
今は10人。
王の治世の戦乱と混乱で、一人、ふたりとこの世を去った。
レグラン王は、新たな騎士を加えない。
王騎士たちは、レグラン王のすべてを傍らで見てきた証人たち。
彼も、この花の扉の主が、楠の木と馬の毛と飾り結びでできた鍵で開けるのを、かつてその目で見ていたのだろうか。
手が勝手に動く。
紐を鍵の根本からぐるぐると巻き付けていく。
きっちりと巻き付ければ楠の木に彫った斜めの線の間にぴたりと収まる。
花模様のところで、結びを入れる。
花飾り結び。
紐を結び留めている結び方と同じ結び方である。
モルガン族なら誰でも結べる結び方だった。
一つの花は、一つ結ぶ。
二つの花は、重ねて二つ。
三つは、三つ。
ぴたりと鍵の棒の長さで紐は終わる。
ユーディアは巻き終わりを持ち、鍵穴に差し込んだ。
奥まで入る。ぴたりとはまる。
手ごたえがあった。
ひねるとかちりと音がした。
背後でリリーシャが息を飲んだ。
「棒に紐を巻き付けて結んで鍵にするのね。その結び方、わたくしに教えなさい。わたくしが扉の謎を解いたことにしなさい。譲ってくれないというのなら……」
「物騒な物言いをなさいますね。譲ってくれなければ、どうするというのですか?五の姫」
口ひげの王騎士の白い手袋の手には剣が握られていた。
ユーディアの背後からつかみかかろうとしたリリーシャの目の前に剣を突き出した。
鞘から抜かれていない剣ではあるが、これ以上の干渉は許さないという脅しがリリーシャに伝わるには十分であった。
ユーディアは扉を押し開く。
羊の匂い。
草原の匂い。
馬の匂い。
懐かしい匂いがユーディアを包む。
ベランダが大きい。床には羊毛を押し固め、扉と同じアスターの花の模様のフェルトの絨毯が敷かれている。
ベッドはベルゼラの基準ではずいぶん低い。
壁には羊毛をつむぎ草木で色鮮やかに染めたタペストリーがかかる。
草原の民の模様、デフォルメされた馬の模様、アスターの模様、龍の鱗模様。
モルガンの馬、リーンのアスター、龍はレグランなのか。
緻密に色鮮やかに織り上げたタペストリーは一朝一夕でできるものではない。
モルガン族の自分とベルゼラのレグランが一緒に幸せになれるようにと想いが込められていた。
「素晴らしいだろう。リーンは踊りの名手であり、機織りも上手だった。頭の中に絵柄が入っているの、といって何もなしに模様を生み出していく様は、魔法を見ているようだったよ。君ならすぐにわかると思った」
背後からユーディアに声をかけたのはレグラン王。
衣装戸棚を開いた。
中には、ベルゼラ風のドレスもあるが、ほとんどがすその広がり足首を縛るモルガンの衣装。
衣装の一つを手に取ったレグラン王はまぶし気に目を細めた。
衣装をすかして別の誰かを見ていた。
「愛しておられたのですね」
「愛していた。彼女を血なまぐさい後宮の権力争いに巻き込みたくなかった。だから閉じ込めた。草原に吹く風を捕まえてくことなどできないのに。王位も、諸国を力で制圧したのも、全てリーンのため。全身に血潮を浴び、屍を踏み、俺の道をふさぐ者たちをなぎ倒し、血塗られた階の頂きを目指したのは、ただ一人、リーンを守る力が欲しかったからだ」
「リーンさまは……」
「リーンは殺された。食事に毒を忍ばされた。犯人はわからない。アムリアかもしれない。彼女はリーンの存在を疎ましがっていたから。だが、それも違うかもしれない。閉じ込められることに倦んだリーン自身が毒を飲んだのかもしれない。俺のリーンは逝ってしまった。俺を残して」
そんなこと言われなくてもわかっている。
ユーディアは扉の前に立った。
手に持った鍵と同じアスターの花模様が精緻に彫りこまれている。
花と龍の格調高い飾り扉の間には、口ひげを生やした王騎士が背中を壁に預け、二人の娘が入れ替わるのを見るともなしに見ていた。
王騎士たちは顎髭、口ひげを生やしたものが多い。
彼らはレグラン王よりも年上の男たち。
ジプサムの騎士たちが、ジプサムよりも少し年上の者たちばかりで構成されているのと同じだった。
レグラン王の王騎士ははじめは20人いたという。
今は10人。
王の治世の戦乱と混乱で、一人、ふたりとこの世を去った。
レグラン王は、新たな騎士を加えない。
王騎士たちは、レグラン王のすべてを傍らで見てきた証人たち。
彼も、この花の扉の主が、楠の木と馬の毛と飾り結びでできた鍵で開けるのを、かつてその目で見ていたのだろうか。
手が勝手に動く。
紐を鍵の根本からぐるぐると巻き付けていく。
きっちりと巻き付ければ楠の木に彫った斜めの線の間にぴたりと収まる。
花模様のところで、結びを入れる。
花飾り結び。
紐を結び留めている結び方と同じ結び方である。
モルガン族なら誰でも結べる結び方だった。
一つの花は、一つ結ぶ。
二つの花は、重ねて二つ。
三つは、三つ。
ぴたりと鍵の棒の長さで紐は終わる。
ユーディアは巻き終わりを持ち、鍵穴に差し込んだ。
奥まで入る。ぴたりとはまる。
手ごたえがあった。
ひねるとかちりと音がした。
背後でリリーシャが息を飲んだ。
「棒に紐を巻き付けて結んで鍵にするのね。その結び方、わたくしに教えなさい。わたくしが扉の謎を解いたことにしなさい。譲ってくれないというのなら……」
「物騒な物言いをなさいますね。譲ってくれなければ、どうするというのですか?五の姫」
口ひげの王騎士の白い手袋の手には剣が握られていた。
ユーディアの背後からつかみかかろうとしたリリーシャの目の前に剣を突き出した。
鞘から抜かれていない剣ではあるが、これ以上の干渉は許さないという脅しがリリーシャに伝わるには十分であった。
ユーディアは扉を押し開く。
羊の匂い。
草原の匂い。
馬の匂い。
懐かしい匂いがユーディアを包む。
ベランダが大きい。床には羊毛を押し固め、扉と同じアスターの花の模様のフェルトの絨毯が敷かれている。
ベッドはベルゼラの基準ではずいぶん低い。
壁には羊毛をつむぎ草木で色鮮やかに染めたタペストリーがかかる。
草原の民の模様、デフォルメされた馬の模様、アスターの模様、龍の鱗模様。
モルガンの馬、リーンのアスター、龍はレグランなのか。
緻密に色鮮やかに織り上げたタペストリーは一朝一夕でできるものではない。
モルガン族の自分とベルゼラのレグランが一緒に幸せになれるようにと想いが込められていた。
「素晴らしいだろう。リーンは踊りの名手であり、機織りも上手だった。頭の中に絵柄が入っているの、といって何もなしに模様を生み出していく様は、魔法を見ているようだったよ。君ならすぐにわかると思った」
背後からユーディアに声をかけたのはレグラン王。
衣装戸棚を開いた。
中には、ベルゼラ風のドレスもあるが、ほとんどがすその広がり足首を縛るモルガンの衣装。
衣装の一つを手に取ったレグラン王はまぶし気に目を細めた。
衣装をすかして別の誰かを見ていた。
「愛しておられたのですね」
「愛していた。彼女を血なまぐさい後宮の権力争いに巻き込みたくなかった。だから閉じ込めた。草原に吹く風を捕まえてくことなどできないのに。王位も、諸国を力で制圧したのも、全てリーンのため。全身に血潮を浴び、屍を踏み、俺の道をふさぐ者たちをなぎ倒し、血塗られた階の頂きを目指したのは、ただ一人、リーンを守る力が欲しかったからだ」
「リーンさまは……」
「リーンは殺された。食事に毒を忍ばされた。犯人はわからない。アムリアかもしれない。彼女はリーンの存在を疎ましがっていたから。だが、それも違うかもしれない。閉じ込められることに倦んだリーン自身が毒を飲んだのかもしれない。俺のリーンは逝ってしまった。俺を残して」
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