舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
上 下
213 / 238
第10話 雪山離宮 襲撃

100、開かずの間①

しおりを挟む
 ユーディアは足先からするりと湯に入り、肩までつかった。
 天然の温泉を引く石の洞窟のような温泉風呂は、いつもより熱く感じられた。
 急激に温められて、指先や足先はびりびりとしびれてくる。

 ルーリクに言われるまで気が付かなかったが、腕にも頬にも切り傷ができていた。
 腕には赤くムチで打擲されたような筋が幾筋も走っていた。
 体が重いのは、初めてのスキーでバランスを取ろうと踏ん張り、何度もお尻をぶつけて転び、そのたびに起き上がり、無茶な体の使い方をしたからか。

 レグラン王に言われたように、あの時レグラン王がユーディアに気が付かなければ、そして危険を冒して体で止めてくれなければユーディアは死んでいたのだ。
 心臓がいまさらながら恐怖に早鐘を打ち始めた。
 意識的に長く息を吐き、恐怖を体から出そうとする。

 リャオ族が、ベルゼラの一行を試した理由はユーディアにはよくわかる。
 信用に足る者たちなのか、自分たちを尊重してくれる者たちなのか、彼等は知りたかったのだ。
 そしてジプサムが銀狼に互いに言葉を尽くして、互いの掟を理解するべきだという意見はその通りだと思う。
 共通の前提がなければ、誤解が飛んでもない事態を引き起こすこともある。
 モルガン族の正しい掟が、ベルゼラではとうてい理解されなかったように。

 ジプサムは文化風習宗教を異にするものは、立つ土台が違うことを知っている。
 ジプサムがベルゼラで力をつければ、国内外の少数民族との対話が進み、軋轢は減るだろう。

 ジプサムがより力を得るために、レグラン王はトルメキアの五の姫をジプサムの妻にと呼び寄せた。
 国内で影響力の強いアムリア妃からいったん独立し、トルメキアの後ろ盾を得て、またトルメキアから譲歩か利益を引き出すこともできるように。
 リリーシャ姫は芯が強く、美しい娘だった。
 彼女なら、どんな困難が待ち受けようとも、はねのけていくだけの強さを持っているだろうとユーディアは思う。

 何より、彼女は愛玩奴隷の象徴のような金髪と緑眼を前面に押し出して、ジプサムの横に立つことにより、ジプサムの目指す民族や外見により差別されることのない社会を作ることを後押しするだろう。

 ユーディアは黒金に赤に金の刺繍のマントをなびかせ王城のバルコニーで手を振るジプサム王とその妻を思い描いたが、胸が苦しくなり息ができなくなって慌ててかき消した。

 胸のつまりを吐き出そうとユーディアはせき込んだ。
 体の周りで湯が波打った。
 
 リリーシャ姫は訓練中に勝手な行動をとり、狩りをしようとした。
 間違って射かけたリャオ族の少年を積極的に助けようともしなかった。
 外見で苦労したというのに、リリーシャ姫自身は人に違いがあって当然だと思っている。

 彼女は、ジプサムの妻として、ベルゼラの将来を背負うのにふさわしい女ではないと思い、そう思ったことに愕然とする。

 人のあらさがしなど、今のいままでユーディアはしたことがなかった。
 だけど、彼女はふさわしくない女だという言葉がとぐろを巻き、どこまでも続いていく。
 いずれブルースと共に草原にもどるユーディアには関係のない話なのに。

 モルガン族の世継ぎとして民を率いる。
 それが、ユーディアのあるべき姿なのだから。
 
 しびれは治まっていた。
 その代りなのか、体は重い。
 血の通わない石像のようだ。

 酸素を求めてため息をついた。
 けぶる蒸気を吸い込んで余計に苦しくなる。

 ジプサムと愛し合ったのは昨夜。
 ひとりになり昨夜のことを思うと、体の芯が燃え上がるかのように熱くなる。
 覚えたての感覚を、もう自分の体は恋しがっているのか。
 再び彼に愛されたいと、うずきだす。

 ジプサムと一度関係しても、このまま小姓として何事もなかったように過ごすつもりだったのに。
 ルーリクの他に誰もユーディアを女だと気が付いていないはずなのに。

 それをぶち壊したのはレギーだ。
 レギーはユーディアの秘密をばらした。
 ジプサムの反応を確かめるために。
 サニジンは驚き、ジプサムは驚かなかった。
 レギーはジプサムがユーディアの秘密を知ったことを見抜いただろう。
 そして、体を重ねたことも?

 レギーは、レグラン王は、ユーディアを女扱いするつもりなのだ。
 レグラン王は気まぐれで人を振り回す。
 助けるのも見殺しにするのも、いともたやすく。
 それを楽しむ男だった。

 ジプサムをモルガン粛清の総司令官に命じたのも、気まぐれなのだ。
 世話になったモルガン族を息子がどのように助けることができるのか、やらせてみた。
 そして、ジプサムは未熟な故にベルゼラ国軍の暴走を止められなかった。
 

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います <子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。> 両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。 ※ 本編完結済。他視点での話、継続中。 ※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています ※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...