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第10話 雪山離宮 襲撃
99、王の来訪
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予告なしの王と王騎士の訪問は、離宮に波紋をもたらしていた。
見習い騎士のほとんどがその幼少期に、レグラン王とその若き王騎士たちの、威風堂々たる姿にあこがれたことがあり、レグラン王といえばその10人の騎士ちの顔が浮かぶほどのベルゼラの顔である。
王とジプサム王子よりも前に離宮に戻っていたリリーシャは、なんてこった!今夜は宴会だ!とジャンが叫びながら食材を抱えて食堂に走っていく姿をみて王の来訪を知る。
出迎える前に、部屋に駆け戻り化粧を直した。
いかなる時も美しくあらねばならなかった。
離宮に戻ってから湯に入って十分寛いだ。
肌はつやつやで、ローズの香りの化粧水を全身にふんだんに肌に髪に乗せている。
リーシャには確信があった。
レグラン王は、自分の様子を見に来たのだ。
なんといっても息子の嫁にリリーシャを選んだのは、商団長のふりをしてトルメキアの奥深くに忍び込んだあの男。
小姓にうつつを抜かすジプサム王子をみて、王子妃になるべき姫にしかるべき応対をせよと、王子の背中を押してくれるだろう。
「やあ、五の姫。俺の離宮を養生の場にご利用いただいて、光栄だ。雪山の時期ゆえに不自由はあるとは思うが、ゆったりしていただいているといいのだが?」
「はい。ご招待くださいましてありがとうございます。空気も澄みわたり、温泉も心地よく、とてもよくなりました。そしてジルコンさまをはじめ皆さまにはよくしていただいております。お久しぶりでございます。レグラルドさま、いえ、レグラン王」
ハンサムな王は喉の奥で笑った。
「そうか。それを聞いて安心した」
「レグラン王、長旅のお疲れがありましょう。王騎士のみなさまもゆったりと温泉につかって温まれたらいかがでしょうか」
「まるで女主人のようだな」
「もう数週間ここにとどまっております。隅々まで離宮を堪能させていただきました。そして、王のおっしゃる通り、わたくしがここにいるのはそのつもりでありますから」
「あはは。そうだな」
ベルゼラの王は疲れが見えなかった。
雪をかぶる帽子やコートを脱ぐ。
受け取ろうとすると丁重に断られた。
この離宮では自分のことは自分でするということが徹底しているのだ。
レグラン王は若い。
コートを脱ぎ、略式とはいえ王騎士の制服の壮年の男たちの中に立てば、ゆるぎない王の風格を漂わせる。
レグラン王の笑顔に気持ちが浮き上がった。
トルメキアの離宮に来る男たちは、彼等と比べるとぶくぶくに太ったトカゲたちのように思えてしまう。
彼らに王子妃として大事にされる未来は、リリーシャを舞い上がらせた。
「ジプサム、空いている部屋があるならそちらに我らは泊まらせてもらう。上の階を使っているのだろう?」
「わたしの使っている部屋をすぐに空けますので。もともと父王の部屋ですから」
ジプサム王子の口調が堅苦しい。
「連絡もなく訪れた俺が悪い。それに滞在も数日の予定だから、気にするな。そうだな、それとも庭に幕舎を張りそこで夜を過ごすのもいいな?」
なぜかレグラン王のそばには小姓がいた。
身を乗り出し顔をのぞき込むようにして話しかけた。
小姓の横にはジプサム王子が立つ。
険しい顔をしている。
「幕舎もあるのですか?雪が積もった今からだと張るには遅すぎます。まず、本格的な冬が来る前に馬糞を敷きあたたかな土台をつくってからじゃないと駄目ですから」
「そうだったか?実際に幕舎で寝なくなって久しいから忘れていた。事前準備が必要なら、雪が降る前に連絡を入れていた方がよかったな」
「いつもそんな思いつきで行動されているのですか?」
「そうだ。あっちへ行ったりこっちへ行ったり。気の向くままに足を延ばす。だから、俺の騎士はおいて行かれないように貼りつく。今回は半分は残してきた。振り切るのが大変なんだ」
リリーシャは会話の流れについていけない。
レグラン王と小姓の会話に口をはさむ隙間がない。
あの奴隷の小姓は王子だけでなくベルゼラの王とも親しいようであった。
リリーシャは、妾腹とはいえ一国の姫。
小姓は蛮族の、奴隷ではないか。
それなのに自分はないがしろにされている。
浮きたった気持ちは急激に冷えた。
関心を自分の方に引き寄せねばならなかった。
「今回は、トルメキアの離宮にいらっしゃった護衛の方はいらっしゃらないのですね」
「あ?ああ。あの時はトニーに来てもらった。今回はベッカムが押し切ったんだ」
「俺だと旅の商人には見えないからといって、前回は同行を許されなかったからな」
隻眼の男が言う。
彼は、血の匂いがする。
「ベッカム。一つ目の狂鬼……」
その場にいる全員が固まった。
レグラン王も改めてリリーシャを見て、快活に笑った。
「ベッカム、とんでもないあだ名がついているんだな。他にどんな?」
「オレンジの閃光、トニー」
その場がどっと沸く。
「食事の時にその話色々聞かせてくれ。ユーディア、温まってこい」
「ではお先に失礼させていただきます」
王の配慮に小姓は男たちの集団から離れていく。
「なら、俺が浴室の扉を守ろうか?」
「ユーディアは奥の小さな浴室を使います。俺が行きますので、ベッカムさまはお疲れでしょうし、大浴場をお使いください」
隻眼の男を遮ったのはルーリク。
ベッカムとルーリクの間で火花が散っている。
結局ベッカムがルーリクに小姓の浴室の扉を護衛する役を譲る。
それから部屋割りが始まり、王騎士たちは同室はいやだとかいいながら決まっていく。
見習い騎士のほとんどがその幼少期に、レグラン王とその若き王騎士たちの、威風堂々たる姿にあこがれたことがあり、レグラン王といえばその10人の騎士ちの顔が浮かぶほどのベルゼラの顔である。
王とジプサム王子よりも前に離宮に戻っていたリリーシャは、なんてこった!今夜は宴会だ!とジャンが叫びながら食材を抱えて食堂に走っていく姿をみて王の来訪を知る。
出迎える前に、部屋に駆け戻り化粧を直した。
いかなる時も美しくあらねばならなかった。
離宮に戻ってから湯に入って十分寛いだ。
肌はつやつやで、ローズの香りの化粧水を全身にふんだんに肌に髪に乗せている。
リーシャには確信があった。
レグラン王は、自分の様子を見に来たのだ。
なんといっても息子の嫁にリリーシャを選んだのは、商団長のふりをしてトルメキアの奥深くに忍び込んだあの男。
小姓にうつつを抜かすジプサム王子をみて、王子妃になるべき姫にしかるべき応対をせよと、王子の背中を押してくれるだろう。
「やあ、五の姫。俺の離宮を養生の場にご利用いただいて、光栄だ。雪山の時期ゆえに不自由はあるとは思うが、ゆったりしていただいているといいのだが?」
「はい。ご招待くださいましてありがとうございます。空気も澄みわたり、温泉も心地よく、とてもよくなりました。そしてジルコンさまをはじめ皆さまにはよくしていただいております。お久しぶりでございます。レグラルドさま、いえ、レグラン王」
ハンサムな王は喉の奥で笑った。
「そうか。それを聞いて安心した」
「レグラン王、長旅のお疲れがありましょう。王騎士のみなさまもゆったりと温泉につかって温まれたらいかがでしょうか」
「まるで女主人のようだな」
「もう数週間ここにとどまっております。隅々まで離宮を堪能させていただきました。そして、王のおっしゃる通り、わたくしがここにいるのはそのつもりでありますから」
「あはは。そうだな」
ベルゼラの王は疲れが見えなかった。
雪をかぶる帽子やコートを脱ぐ。
受け取ろうとすると丁重に断られた。
この離宮では自分のことは自分でするということが徹底しているのだ。
レグラン王は若い。
コートを脱ぎ、略式とはいえ王騎士の制服の壮年の男たちの中に立てば、ゆるぎない王の風格を漂わせる。
レグラン王の笑顔に気持ちが浮き上がった。
トルメキアの離宮に来る男たちは、彼等と比べるとぶくぶくに太ったトカゲたちのように思えてしまう。
彼らに王子妃として大事にされる未来は、リリーシャを舞い上がらせた。
「ジプサム、空いている部屋があるならそちらに我らは泊まらせてもらう。上の階を使っているのだろう?」
「わたしの使っている部屋をすぐに空けますので。もともと父王の部屋ですから」
ジプサム王子の口調が堅苦しい。
「連絡もなく訪れた俺が悪い。それに滞在も数日の予定だから、気にするな。そうだな、それとも庭に幕舎を張りそこで夜を過ごすのもいいな?」
なぜかレグラン王のそばには小姓がいた。
身を乗り出し顔をのぞき込むようにして話しかけた。
小姓の横にはジプサム王子が立つ。
険しい顔をしている。
「幕舎もあるのですか?雪が積もった今からだと張るには遅すぎます。まず、本格的な冬が来る前に馬糞を敷きあたたかな土台をつくってからじゃないと駄目ですから」
「そうだったか?実際に幕舎で寝なくなって久しいから忘れていた。事前準備が必要なら、雪が降る前に連絡を入れていた方がよかったな」
「いつもそんな思いつきで行動されているのですか?」
「そうだ。あっちへ行ったりこっちへ行ったり。気の向くままに足を延ばす。だから、俺の騎士はおいて行かれないように貼りつく。今回は半分は残してきた。振り切るのが大変なんだ」
リリーシャは会話の流れについていけない。
レグラン王と小姓の会話に口をはさむ隙間がない。
あの奴隷の小姓は王子だけでなくベルゼラの王とも親しいようであった。
リリーシャは、妾腹とはいえ一国の姫。
小姓は蛮族の、奴隷ではないか。
それなのに自分はないがしろにされている。
浮きたった気持ちは急激に冷えた。
関心を自分の方に引き寄せねばならなかった。
「今回は、トルメキアの離宮にいらっしゃった護衛の方はいらっしゃらないのですね」
「あ?ああ。あの時はトニーに来てもらった。今回はベッカムが押し切ったんだ」
「俺だと旅の商人には見えないからといって、前回は同行を許されなかったからな」
隻眼の男が言う。
彼は、血の匂いがする。
「ベッカム。一つ目の狂鬼……」
その場にいる全員が固まった。
レグラン王も改めてリリーシャを見て、快活に笑った。
「ベッカム、とんでもないあだ名がついているんだな。他にどんな?」
「オレンジの閃光、トニー」
その場がどっと沸く。
「食事の時にその話色々聞かせてくれ。ユーディア、温まってこい」
「ではお先に失礼させていただきます」
王の配慮に小姓は男たちの集団から離れていく。
「なら、俺が浴室の扉を守ろうか?」
「ユーディアは奥の小さな浴室を使います。俺が行きますので、ベッカムさまはお疲れでしょうし、大浴場をお使いください」
隻眼の男を遮ったのはルーリク。
ベッカムとルーリクの間で火花が散っている。
結局ベッカムがルーリクに小姓の浴室の扉を護衛する役を譲る。
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