舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
上 下
211 / 238
第10話 雪山離宮 襲撃

99、王の来訪

しおりを挟む
 予告なしの王と王騎士の訪問は、離宮に波紋をもたらしていた。
 見習い騎士のほとんどがその幼少期に、レグラン王とその若き王騎士たちの、威風堂々たる姿にあこがれたことがあり、レグラン王といえばその10人の騎士ちの顔が浮かぶほどのベルゼラの顔である。

 王とジプサム王子よりも前に離宮に戻っていたリリーシャは、なんてこった!今夜は宴会だ!とジャンが叫びながら食材を抱えて食堂に走っていく姿をみて王の来訪を知る。

 出迎える前に、部屋に駆け戻り化粧を直した。
 いかなる時も美しくあらねばならなかった。
 離宮に戻ってから湯に入って十分寛いだ。
 肌はつやつやで、ローズの香りの化粧水を全身にふんだんに肌に髪に乗せている。

 リーシャには確信があった。
 レグラン王は、自分の様子を見に来たのだ。
 なんといっても息子の嫁にリリーシャを選んだのは、商団長のふりをしてトルメキアの奥深くに忍び込んだあの男。
 小姓にうつつを抜かすジプサム王子をみて、王子妃になるべき姫にしかるべき応対をせよと、王子の背中を押してくれるだろう。
  
「やあ、五の姫。俺の離宮を養生の場にご利用いただいて、光栄だ。雪山の時期ゆえに不自由はあるとは思うが、ゆったりしていただいているといいのだが?」
「はい。ご招待くださいましてありがとうございます。空気も澄みわたり、温泉も心地よく、とてもよくなりました。そしてジルコンさまをはじめ皆さまにはよくしていただいております。お久しぶりでございます。レグラルドさま、いえ、レグラン王」

 ハンサムな王は喉の奥で笑った。

「そうか。それを聞いて安心した」
「レグラン王、長旅のお疲れがありましょう。王騎士のみなさまもゆったりと温泉につかって温まれたらいかがでしょうか」
「まるで女主人のようだな」
「もう数週間ここにとどまっております。隅々まで離宮を堪能させていただきました。そして、王のおっしゃる通り、わたくしがここにいるのはそのつもりでありますから」
「あはは。そうだな」

 ベルゼラの王は疲れが見えなかった。
 雪をかぶる帽子やコートを脱ぐ。
 受け取ろうとすると丁重に断られた。
 この離宮では自分のことは自分でするということが徹底しているのだ。
 レグラン王は若い。
 コートを脱ぎ、略式とはいえ王騎士の制服の壮年の男たちの中に立てば、ゆるぎない王の風格を漂わせる。
 レグラン王の笑顔に気持ちが浮き上がった。
 トルメキアの離宮に来る男たちは、彼等と比べるとぶくぶくに太ったトカゲたちのように思えてしまう。
 彼らに王子妃として大事にされる未来は、リリーシャを舞い上がらせた。

「ジプサム、空いている部屋があるならそちらに我らは泊まらせてもらう。上の階を使っているのだろう?」
「わたしの使っている部屋をすぐに空けますので。もともと父王の部屋ですから」
 ジプサム王子の口調が堅苦しい。
「連絡もなく訪れた俺が悪い。それに滞在も数日の予定だから、気にするな。そうだな、それとも庭に幕舎を張りそこで夜を過ごすのもいいな?」

 なぜかレグラン王のそばには小姓がいた。
 身を乗り出し顔をのぞき込むようにして話しかけた。
 小姓の横にはジプサム王子が立つ。
 険しい顔をしている。 
 
「幕舎もあるのですか?雪が積もった今からだと張るには遅すぎます。まず、本格的な冬が来る前に馬糞を敷きあたたかな土台をつくってからじゃないと駄目ですから」
「そうだったか?実際に幕舎で寝なくなって久しいから忘れていた。事前準備が必要なら、雪が降る前に連絡を入れていた方がよかったな」
「いつもそんな思いつきで行動されているのですか?」
「そうだ。あっちへ行ったりこっちへ行ったり。気の向くままに足を延ばす。だから、俺の騎士はおいて行かれないように貼りつく。今回は半分は残してきた。振り切るのが大変なんだ」

 リリーシャは会話の流れについていけない。
 レグラン王と小姓の会話に口をはさむ隙間がない。
 あの奴隷の小姓は王子だけでなくベルゼラの王とも親しいようであった。

 リリーシャは、妾腹とはいえ一国の姫。
 小姓は蛮族の、奴隷ではないか。
 それなのに自分はないがしろにされている。
 浮きたった気持ちは急激に冷えた。
 関心を自分の方に引き寄せねばならなかった。
 
「今回は、トルメキアの離宮にいらっしゃった護衛の方はいらっしゃらないのですね」
「あ?ああ。あの時はトニーに来てもらった。今回はベッカムが押し切ったんだ」
「俺だと旅の商人には見えないからといって、前回は同行を許されなかったからな」
 隻眼の男が言う。
 彼は、血の匂いがする。
 
「ベッカム。一つ目の狂鬼……」
 その場にいる全員が固まった。
 レグラン王も改めてリリーシャを見て、快活に笑った。

「ベッカム、とんでもないあだ名がついているんだな。他にどんな?」
「オレンジの閃光、トニー」
 その場がどっと沸く。
「食事の時にその話色々聞かせてくれ。ユーディア、温まってこい」
「ではお先に失礼させていただきます」

 王の配慮に小姓は男たちの集団から離れていく。


「なら、俺が浴室の扉を守ろうか?」
「ユーディアは奥の小さな浴室を使います。俺が行きますので、ベッカムさまはお疲れでしょうし、大浴場をお使いください」

 隻眼の男を遮ったのはルーリク。
 ベッカムとルーリクの間で火花が散っている。

 結局ベッカムがルーリクに小姓の浴室の扉を護衛する役を譲る。
 それから部屋割りが始まり、王騎士たちは同室はいやだとかいいながら決まっていく。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

処理中です...