舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
上 下
210 / 238
第10話 雪山離宮 襲撃

98-2、仮面

しおりを挟む
「頭をひどく打ち付けて脳内出血でもしているのかと思いました。無事で何よりですが。我々が信用なりませんか?」
 ジプサムはしてやったり顔の子供を見て、銀狼を見据えた。

「申し訳なかった。子供たちのいたずらが過ぎたようだ」
「子供たちのいたずらで済ませる気か?俺たちを試したのか?そのために、ユーディアが遭難しかけたんだ」
「ユーディアは俺が助けなければ、崖から転落死していただろうな。もしくは大けがを負っていたか」
 さらりとレグラン王がいう。
「レグラン王のご子息がどのような人間性をもった者なのか、トルメキアとベルゼラに隣接するところで生活する俺たちは、見極めなければらならない。次のベルゼラの王になる者が、俺たちリャオ族を一人の人間として扱う者たちなのか、雪が降るときには狩りをすることは禁止するという掟を尊重してくれる者たちなのか、掟に対する態度や、倒れた子供に対する態度で、俺たちの今後の身の振り方が決まってくるだろう。だからあなたがたの人間性を知りたかったのは確かだが、子供たちがそこまでするとは思わなかった。許してほしい」
「あなたは、リャオ族の族長なのか」

 ジプサムの声の冷たさにユーディアは震えた。
 銀狼はブルースの帽子下にはみ出た男髪を横目で見る。

「族長の名代だ。俺は次期リャオ族の族長になる。父は脚を悪くして山にでることはめっきり少なくなった。あなたが連れている者に、草原の民出身がいるようだな。少数部族に偏見を持っていないあなたなら、安心して俺たちも友好関係を結べそう……」

 銀狼が普通に会話できたのはそこまで。
 ブルースが銀狼の胸ぐらをつかみかかり締め上げる。

「おい、人間性を試すため、雪の玉を落とし雪崩の前兆と俺たちに思わせ、ユーディアを殺しかけたのか?そうですかと許してほしいで許せるものじゃないだろう」
「やめろ、苦し……」

 みるみる銀狼の顔が青くなり赤くなった。
 ベッカムが大股で進み止めようとしたのをレグラン王は手で制した。
 レグラン王はジプサムに対応を任せるつもりなのだ。
 
「銀狼殿。アルタイ山に根を張るあなた方をわれわれは尊重する。積雪と狩りが禁止されるとの掟は知らなかった。われわれはリャオ族の掟をすき好んで侵すつもりはない。それを誠意をもってお伝えしたい。だが、掟を尊重してほしいのならばあなた方のことをまず教えていただきたい。そして、掟を侵した場合の報復はどのようなものなのか。伝えもしないあなた方の掟が尊重されているかどうかを確認するために、闇雲に俺たちの命を危険にさらしたことを、わらって許せるほど俺たちは馬鹿じゃない。ベルゼラとリャオ族と、生きている土台が違うんだ。だからこそ、我々はまず互いのことを知り、理解しあわねばならない。そのことはわかっていただけるだろうか。ブルース、放してやれ」

「ユーディアが大けがでもしていたら問答無用でお前も子供も殺していた」

 そう吐き捨て、ブルースが離れた。
 銀狼は喉をさすりあえぎなら息を吸う。
 安心させるように銀狼はのろのろと手を挙げると、一斉に子供たちは駆け寄りしがみついた。すすり泣く子供もいる。
 銀狼はジプサムとブルースとユーディアを順番に見た。

「わかった。まずは互いに知り合おう。ジプサム王子と草原の男はその女が大事なのか?大事な女を危険な状況に陥らせてしまい、改めて心より謝罪する。子供たちを責めないでほしい。俺たち大人の話を聞いていたから、勝手な行動をとってしまった」
「女ではありませんよ。ユーディアは小姓で……」
 サニジンが口を差しはさんだ。

「は?女だろ?レグラン王が男のために自らの危険を顧みず助けたり、落ち着かせるために休憩を取りテントをはり、自らココアを作ってやるなんてことは想像ができないが?」
「その通りだ」

 レグラン王がしれっと言った。
 ユーディアは、自分の秘密がリャオ族の男に暴露されたことを知る。
 突然のことで反応できなかったのはジプサムとブルース。
 サニジンは細い目をあり得ないほど見開いた。
 口笛を吹くふりをしたのはベッカムで。
 その場にいた王騎士たちの顔が一斉に王の隣に立つユーディアに向く。

「あ……」

 何かが崩れ落ちる音がする。
 ユーディアの内側で、男の仮面が砕けて落ちた音だった。
 揺れるユーディアをレグラン王は支えた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...