舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第9話 トルメキアの姫

92、暴露

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 ユーディアは、ジプサムが追いかけてくるとは思わなかった。
 扉外で許しを請うとは思わなかった。
 そして告白までしていたのではないか。
 ユーディアは慌てた。

「何を一体言っているの!入って」

 ユーディアは腕をつかんだジプサムが、切羽詰まった真剣な目をしているのをにじんだ視界の向こうに見た。
 もう、止めようもないと思った涙は衝撃で引っ込んでしまった。
 包帯の包まれた左手が肩を引き寄せ、かろうじて包帯を免れていた右手がユーディアの顔に触れた。

「好きなんだ、ユーディア」

 ジプサムの顔が近づき、食いつくようなキスをする。
 強引で、乱暴で、切羽詰まったキスは血の味した。
 キスに応えたい自分がいた。

「あなたの好きなのはディアでしょう」
「ディアはあなただ。よく似ているのも当然だった。こんなにずっと近くにいたのに、あながいるところにしか現れなかったのに。俺は探しもしなかったのは、ディアは、大丈夫だと思っていたから。あなたの、子供のころからのやんちゃで男髪の印象が強くて、あり得ないことだと否定してしまったけれど、俺は、どこかでわかっていたのかもしない。俺の好きな女は、俺のそばにいる」

 なおもキスをしようとするジプサムの唇を、掌を押し付けて何とかしのぐ。
 このまま雪の塊が転がるようにジプサムの方へ落ちそうになる。
 唇を守るための砦はキスされ、舐められ、かじられた。
 体の芯が、溶けてなくなりそうになる。

「もう、隠す必要はない。わかってしまったんだから。男の格好をしているからといって、あなたの心は男ではないんだろ?ディアの時の目は、男を誘い、愛を求める女の目だ。愛らしくて美しい、俺のディア。いつだって、この腕でとらえようとしても、残り香だけ残して消えてしまう。もう、どこにもいかせない。だから、男のふりは終わりだ。もう無理をしなくてもいいんだ」

 語尾が強い。
 まるで、ブルースと共に行かせないと宣言するように。

 なら、自分はいったいどうしたい?
 ブルースと共に部族を盛り立てて歩む未来は、この足先が向かう方向だった。
 だが、ユーディアのあなうらは弾力のある沃野を踏んではいない。
 髪をほどき、ジプサムの奴隷となって波に揺れられてベルゼラのに向かった時から、草原の風は届かない。ユーディアの行き先を示してくれない。
 今でも船上で波間に揺られているようだ。

 掌を舐めるときには閉じられていた眼差しが、飛翔しそうになるユーディアの心に、楔のように打ち込まれた。

 怪我をしていることも感じさせず、ジプサムは既に防御の意味を失ったユーディアの手とり自分の首に回した。ジプサムの手が腰に回される。
 羽織っただけのジプサムの夜着が肩から落ちそうになるので、ユーディアは押さえようとするが、くるりと視界が回り、夜着を見失う。
 抱きしめられ抱き上げられていた。
 気が付けば、背中はベッドの上にあった。

「見せてほしい」
 ベランダから差し込む膨らみ始めた月の光が、ジプサムの横顔を浮かび上がらせた。
 子供の頃の甘さを削ぎ落とした男の顔だった。彼は戦える男だった。長年の友人だったものとも容赦なく殴り合った。
 ユーディアにはできない。
 そのような暴力的な衝動はなかった。
 戦うことこそ男の本能なのか。
 女はぶつかり合う男たちの緩衝材となることしかできないのか。
 男のふりはもう限界だった。
 

 ユーディアは前開きの制服の合わせをほどかれ、両腕を抜かれた。
 ユーディアは体を起こした。
 胸に巻いた晒の布をジプサムにほどかれるのを待つ間、どんな表情をしていたらいいのかわからない。
 ジプサムが男なら、ユーディアは女の顔をしているのか。

 ユーディアにとってはまぶしいぐらいの月明かりだが、ジプサムにはユーディアの表情などわからないだろう。
 不意に息を止めていたことに気が付いた。
 膨らんだ胸ごと肺を固い甲冑に押し込まれられるようなつらさに新鮮な酸素を求めてあえいだ。
 ユーディアは解放されたかった。

 結び目を探そうと探る手よりも早く、固く縛った結び目を胸の谷間から引き出しほどいた。
 背中に回して脇を通して再び前から後ろへと、何度も繰り返す。
 ぱさりぱさりと一周しては横に落とされていく音と、自分の心臓の音。
 甲冑だったものは、今は胴体をのばしていく蛇のようにうねり落ちていく。

 次第に心臓の音が大きくなって、頭蓋骨の内側に一拍毎にぐわんぐわんと響く。
 だが、身体は楽になった。
 胸が大きく膨らみ、肺いっぱいに空気を満たすことができた。
 閉じ込めていたディアが、体の内側で歓喜を歌い踊る。
 ディアはたちまち等身大以上大きく膨らんでいく。
 ディアはユーディア自身だった。

 ジプサムのことが好きだ。
 自分の弱さや足りなさを思い知り、力のなさを悔しがり、ユーディアたちの苦しみに涙し、ベルゼラの王子として強くありたいと歩み始めたジプサムは、未来のベルゼラを描き始めていた。

 未来のベルゼラはユーディアのような蛮族と言われる者たちも、下層に貶められた者たちも生きやすい社会になるのだろう。そして、民から慕われるジプサムが王になったその横には、強国ベルゼラにふさわしい娘が妻になる。
 レグラン王が他国と戦い吸収し版図を広げ強引に一つにまとめた強国ベルゼラは、次の世代で成熟する。
 
 次期王の横にいるのはユーディアではない。
 ユーディアでは、足りない。
 ふさわしいものなら別にいる。
 隣の隣の、すぐそこに。
 ジプサムがユーディアのことを好きだと言っても結婚は別だろう。
 だけど、そんなことはわかっている。



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