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第9話 トルメキアの姫
89-2、喧嘩
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「お前たちが許嫁なんて、誰からも聞いたことがない!嘘をつくな!」
「お前が聞いたことがないからっていって、嘘だと決めつけるな!」
「男同士で結婚できる掟はモルガンにはないだろ!お前こそ俺をたばかるな!」
「ユーディアは女で結婚するには何の問題もない!」
低い体勢からジプサムはブルースにとびかかった。
ブルースはよけずに体で受けとめその横腹を膝で蹴り上げようとする。
身体能力がとびぬけて優れたブルースに、ジプサムは本気の勝負をしたことがない。
負けるのは確実だったからだ。
ブルースがベルゼラでトニー隊長の元に兵士の訓練を始めてからは、その強さは一層研ぎ澄まされ凄みを増していく。
兵士として鍛えられたブルースと、周囲に護衛兵士や騎士に守られるジプサムとでは、ジプサムが鍛えているといえども、誰が見ても勝負にならないだろう。
だが、挑みかからずにはいられない。
猛る血が、収まりどころを失っていた。
胸のつまりが正気を失わせる。
何発か腹に顔に、重いこぶしを食らう。
ブルースも本気だった。殺意さえ感じた。
ジプサムも顔を狙った。
殴りつけたこぶしを振り切った先へ、血が飛び散った。
ブルースの鼻から血が噴き出していた。
己の口元をぬぐえば、こぶしに血がべとりとついた。
不思議と痛さを感じない。
喧嘩の興奮など、この瞬間までジプサムは味わったことなどなかった。
「何をしているのです!喧嘩している馬鹿を今すぐ引き離しなさい!」
サニジンの悲鳴のような恫喝は声量が足りない。
だがしかし、二人の激しい喧嘩に呆然としていた周囲を正気づかせるのには十分であった。
「ブルース、やめろ、冷静になれ!」
「ジプサムさま!喧嘩はなりません!」
「喧嘩じゃない、本気の勝負だ!」
ジプサムは怒鳴った。
口からつばとともに赤い血しぶきが飛ぶ。
ブルースも怒鳴り返している。
自分の声がぐわんぐわんと頭に響く。
周囲の音が聞こえない。
ブルースは屈強な体のサンとドルシェに羽交い絞めにされ引き離された。
ジプサムとブルースの間に入ったのはサラード、腕にしがみつくのはルーリクとクロード。
引き離されてもなお、二人の男は、体の自由を奪う戒めが少しでもほころびれば隙をみてとびかかろうと、鼻息荒くにらみ合った。
突然頭に衝撃を受けて視界が白くなった。
しかも重く冷たい。
背中に滑り落ちた突然の冷たさに、声を上げた。
雪の塊を頭からかぶり、全身が雪の塊にまみれていた。
あわてて頭を振って雪を落とした。
ブルースも、頭から雪をかぶっている。
桶を持っているのはユーディアとトルメキアの姫。
ユーディアの顔は怒りで真っ赤になっていた。
「二人が殴り合いの喧嘩をするなんて、信じられない」
ようやく周囲の騎士たちの心配げな様子が目に入る。
いきなり始まった喧嘩に騒然としていた。
「何があったのかわかりませんが、とても鍛錬とはいえないただの喧嘩でした。喧嘩は両成敗が基本です。ブルース反省なさい。ジプサムさまもです!」
ため息をつくサニジンに、自室での謹慎が命じられた。
喧嘩を終えても、冷たい雪をかぶっても、心臓は鎮まりそうになかった。
体じゅうの60億個の細胞の一つ一つまで、ある事実に恐慌をきたしていた。
興奮しすぎて、おかしくなりそうだった。
ブルースは言ったのだ。
ユーディアはブルースの許嫁である。
ユーディアは、女だった。
「お前が聞いたことがないからっていって、嘘だと決めつけるな!」
「男同士で結婚できる掟はモルガンにはないだろ!お前こそ俺をたばかるな!」
「ユーディアは女で結婚するには何の問題もない!」
低い体勢からジプサムはブルースにとびかかった。
ブルースはよけずに体で受けとめその横腹を膝で蹴り上げようとする。
身体能力がとびぬけて優れたブルースに、ジプサムは本気の勝負をしたことがない。
負けるのは確実だったからだ。
ブルースがベルゼラでトニー隊長の元に兵士の訓練を始めてからは、その強さは一層研ぎ澄まされ凄みを増していく。
兵士として鍛えられたブルースと、周囲に護衛兵士や騎士に守られるジプサムとでは、ジプサムが鍛えているといえども、誰が見ても勝負にならないだろう。
だが、挑みかからずにはいられない。
猛る血が、収まりどころを失っていた。
胸のつまりが正気を失わせる。
何発か腹に顔に、重いこぶしを食らう。
ブルースも本気だった。殺意さえ感じた。
ジプサムも顔を狙った。
殴りつけたこぶしを振り切った先へ、血が飛び散った。
ブルースの鼻から血が噴き出していた。
己の口元をぬぐえば、こぶしに血がべとりとついた。
不思議と痛さを感じない。
喧嘩の興奮など、この瞬間までジプサムは味わったことなどなかった。
「何をしているのです!喧嘩している馬鹿を今すぐ引き離しなさい!」
サニジンの悲鳴のような恫喝は声量が足りない。
だがしかし、二人の激しい喧嘩に呆然としていた周囲を正気づかせるのには十分であった。
「ブルース、やめろ、冷静になれ!」
「ジプサムさま!喧嘩はなりません!」
「喧嘩じゃない、本気の勝負だ!」
ジプサムは怒鳴った。
口からつばとともに赤い血しぶきが飛ぶ。
ブルースも怒鳴り返している。
自分の声がぐわんぐわんと頭に響く。
周囲の音が聞こえない。
ブルースは屈強な体のサンとドルシェに羽交い絞めにされ引き離された。
ジプサムとブルースの間に入ったのはサラード、腕にしがみつくのはルーリクとクロード。
引き離されてもなお、二人の男は、体の自由を奪う戒めが少しでもほころびれば隙をみてとびかかろうと、鼻息荒くにらみ合った。
突然頭に衝撃を受けて視界が白くなった。
しかも重く冷たい。
背中に滑り落ちた突然の冷たさに、声を上げた。
雪の塊を頭からかぶり、全身が雪の塊にまみれていた。
あわてて頭を振って雪を落とした。
ブルースも、頭から雪をかぶっている。
桶を持っているのはユーディアとトルメキアの姫。
ユーディアの顔は怒りで真っ赤になっていた。
「二人が殴り合いの喧嘩をするなんて、信じられない」
ようやく周囲の騎士たちの心配げな様子が目に入る。
いきなり始まった喧嘩に騒然としていた。
「何があったのかわかりませんが、とても鍛錬とはいえないただの喧嘩でした。喧嘩は両成敗が基本です。ブルース反省なさい。ジプサムさまもです!」
ため息をつくサニジンに、自室での謹慎が命じられた。
喧嘩を終えても、冷たい雪をかぶっても、心臓は鎮まりそうになかった。
体じゅうの60億個の細胞の一つ一つまで、ある事実に恐慌をきたしていた。
興奮しすぎて、おかしくなりそうだった。
ブルースは言ったのだ。
ユーディアはブルースの許嫁である。
ユーディアは、女だった。
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