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第9話 トルメキアの姫
88、リリーシャの夜這い
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扉を開けていたのは、小姓より早く王子の部屋に行くためで。
ショウは今度は止めない。
リリーシャの行く手を阻むのは、大きな体のサン。
「お話をするぐらいかまわないでしょう?」
「ですが、この時間は、ご歓談をなさるにしては遅い時間ですし、それにジプサムさまには今夜ご予定がございますから」
サンの戸惑いを無視した。
扉をたたくと、もう横になっているのかくぐもったいらえが返る。
部屋にはベッド横のオイルランプしかともっていない。
王子はこの時間に小姓が来ることを承知していて、まさか別の女が入ってきているとは思っていない。
近寄る気配にも、ベッドに伏せたまま目も開きもしなかった。
リリーシャはできるだけ低い声でいう。
「オイルでいいですか」
「オイル?ああ、それで……」
完全に寝ぼけている。
ごろりと大の字であおむけになった。
ベッドの足元に上がる女が、自分の小姓だと疑っていない。
完全に無防備である。
明かりをもう一段階ほど暗くする。
浮かび上がるシルエットなら、すぐにはわからないはずであった。
オイルを手にした。
足先から足の付け根の方へ流していく。
途中で何か要求されるかと思ったが、ううんと気持ちよさげに呻いたのが、それもただ一度だけ。
反応は、悪くなかった。
ジプサム王子は性的に興奮を始めている。
リリーシャは思い切って足の間に触れた。
途端に王子ははっきりと目をさました。
体をずり上がらせ、膝を曲げてリリーシャの手を払う。
薄明かりの中、ジプサムは目をすがめた。
「ユーディアはこんなことしない。……リリーシャ姫、俺はあなたにこのようなことをしてほしいと要求した覚えはないのだが」
体の芯を凍らせるような冷えた声。
先ほどまでこの手の中でたぎらせていた王子の体の熱は、まだ鎮まっていないのに。
払われた衝撃から立ち直ると、夜着の合わせをほどき、肩から落とした。
多くの美女たちを侍らすレグラン王だから、自分の裸体を無視することもできたのだろうが、そう多くの女を経験していない噂のその息子ならば、この磨かれた体で既成事実をつくるのはたやすいはずだと思った。
後ろで固くまとめた小姓風の三つ編みをほどき、黄金の絹糸のような豊かな髪だけで胸を隠した。
膝をすすめ、王子の手をとり胸に触れさせた。
押さえた明かりが、幻想的に自分を美しく、妖しく見せてくれるはずだった。
「わたくしは、あなたの妻になるために極寒の山を越えてまいりました。レグラン王の意向がなかったとしても、わたくしはいずれあなたとお会いしてこうして愛をささやく関係になっていたことでしょう」
胸に触れる手が湿り、胸を鷲づかむように握りこもうとしてこわばった。
ジプサム王子は葛藤していた。
もう一押しだと思った。
「お慕いしております」
「いや、俺には……」
「小姓のことは気にしませんわ。今まで通りになさりませ。わたくしは、小姓のできないことをいたしましょう。王族でありながら黄金緑眼に生まれついたわたくしを妻にすれば、虐げられたものに心を砕く王子のその主張をわかりやすく体現することになるのはもうお分かりでしょう。眠れる龍子さま、わたくしはあなたとの距離が歯がゆいのです。こうして恥を忍んでまいりました。体を重ねて、わたしのことを知っていただきたいし、ジプサムさまのことを愛したいのです。小姓にはできない子供も産んでさしあげます」
王子の詰めた気が、ため息とともに吐き出された。
王子は葛藤することをやめた。
男の体の熱が近づく。
目を閉じた。
キスされると思った。
だが、実際は、リリーシャを残してベッドをきしませ離れただけ。
「せっかくのところ申し訳ないのだが、俺にはこころに決めた娘がおります。あなたのおっしゃる通り、王子に生まれついただけの未熟者ですから、いまはその娘を迎えにいくこともままなりません」
リリーシャは、ジプサムが自分の羽織ものを手にしてベッドに戻り、肩にかけるに任せた。
ジプサム王子の雄は今だに肌着の下から突き上げているというのに、夜這いが失敗したことを悟る。
ありがたく頂くものなのではないのか。
レグラン王に続いて、その息子にも、抱かれないのか。
小姓のことを出したのが悪かったのか。
それとも眠れる龍子と呼んだことが、正気づかせたのか。
このまましおしおと部屋を出るのは口惜しくてたまらない。
「ジプサムさまの心をとらえる者の名前を聞いてもよろしですか」
「ディアだ」
「ディア?ユーディアではなくて?」
リリーシャは聞き直した。
「ディアはモルガン族の娘。名前も似ているが、その上、顔立ちもよく似ている」
その名を口にするその声には、甘い芳香を嗅いだような優しさがある。
リリーシャと口にしても、氷のように冷ややかなだけなのに。
名前を呼ぶだけでわかってしまう。
これからどんなに努力しても、ジプサム王子はリリーシャを抱くことはない。
今日も、きっとこれからも。
「似ているから、ユーディアをそばに置いているのですか?体を一度もつなげもせず?」
ドアに手を伸ばした王子はそのまま硬直する。
図星なのだ。
「どうしてわかる?ユーディアは俺の色小姓なのだから、当然毎回しつこいぐらい夜伽をさせている」
笑えるほどの嘘だ。
男の見栄なのかもしれない。
ショウは今度は止めない。
リリーシャの行く手を阻むのは、大きな体のサン。
「お話をするぐらいかまわないでしょう?」
「ですが、この時間は、ご歓談をなさるにしては遅い時間ですし、それにジプサムさまには今夜ご予定がございますから」
サンの戸惑いを無視した。
扉をたたくと、もう横になっているのかくぐもったいらえが返る。
部屋にはベッド横のオイルランプしかともっていない。
王子はこの時間に小姓が来ることを承知していて、まさか別の女が入ってきているとは思っていない。
近寄る気配にも、ベッドに伏せたまま目も開きもしなかった。
リリーシャはできるだけ低い声でいう。
「オイルでいいですか」
「オイル?ああ、それで……」
完全に寝ぼけている。
ごろりと大の字であおむけになった。
ベッドの足元に上がる女が、自分の小姓だと疑っていない。
完全に無防備である。
明かりをもう一段階ほど暗くする。
浮かび上がるシルエットなら、すぐにはわからないはずであった。
オイルを手にした。
足先から足の付け根の方へ流していく。
途中で何か要求されるかと思ったが、ううんと気持ちよさげに呻いたのが、それもただ一度だけ。
反応は、悪くなかった。
ジプサム王子は性的に興奮を始めている。
リリーシャは思い切って足の間に触れた。
途端に王子ははっきりと目をさました。
体をずり上がらせ、膝を曲げてリリーシャの手を払う。
薄明かりの中、ジプサムは目をすがめた。
「ユーディアはこんなことしない。……リリーシャ姫、俺はあなたにこのようなことをしてほしいと要求した覚えはないのだが」
体の芯を凍らせるような冷えた声。
先ほどまでこの手の中でたぎらせていた王子の体の熱は、まだ鎮まっていないのに。
払われた衝撃から立ち直ると、夜着の合わせをほどき、肩から落とした。
多くの美女たちを侍らすレグラン王だから、自分の裸体を無視することもできたのだろうが、そう多くの女を経験していない噂のその息子ならば、この磨かれた体で既成事実をつくるのはたやすいはずだと思った。
後ろで固くまとめた小姓風の三つ編みをほどき、黄金の絹糸のような豊かな髪だけで胸を隠した。
膝をすすめ、王子の手をとり胸に触れさせた。
押さえた明かりが、幻想的に自分を美しく、妖しく見せてくれるはずだった。
「わたくしは、あなたの妻になるために極寒の山を越えてまいりました。レグラン王の意向がなかったとしても、わたくしはいずれあなたとお会いしてこうして愛をささやく関係になっていたことでしょう」
胸に触れる手が湿り、胸を鷲づかむように握りこもうとしてこわばった。
ジプサム王子は葛藤していた。
もう一押しだと思った。
「お慕いしております」
「いや、俺には……」
「小姓のことは気にしませんわ。今まで通りになさりませ。わたくしは、小姓のできないことをいたしましょう。王族でありながら黄金緑眼に生まれついたわたくしを妻にすれば、虐げられたものに心を砕く王子のその主張をわかりやすく体現することになるのはもうお分かりでしょう。眠れる龍子さま、わたくしはあなたとの距離が歯がゆいのです。こうして恥を忍んでまいりました。体を重ねて、わたしのことを知っていただきたいし、ジプサムさまのことを愛したいのです。小姓にはできない子供も産んでさしあげます」
王子の詰めた気が、ため息とともに吐き出された。
王子は葛藤することをやめた。
男の体の熱が近づく。
目を閉じた。
キスされると思った。
だが、実際は、リリーシャを残してベッドをきしませ離れただけ。
「せっかくのところ申し訳ないのだが、俺にはこころに決めた娘がおります。あなたのおっしゃる通り、王子に生まれついただけの未熟者ですから、いまはその娘を迎えにいくこともままなりません」
リリーシャは、ジプサムが自分の羽織ものを手にしてベッドに戻り、肩にかけるに任せた。
ジプサム王子の雄は今だに肌着の下から突き上げているというのに、夜這いが失敗したことを悟る。
ありがたく頂くものなのではないのか。
レグラン王に続いて、その息子にも、抱かれないのか。
小姓のことを出したのが悪かったのか。
それとも眠れる龍子と呼んだことが、正気づかせたのか。
このまましおしおと部屋を出るのは口惜しくてたまらない。
「ジプサムさまの心をとらえる者の名前を聞いてもよろしですか」
「ディアだ」
「ディア?ユーディアではなくて?」
リリーシャは聞き直した。
「ディアはモルガン族の娘。名前も似ているが、その上、顔立ちもよく似ている」
その名を口にするその声には、甘い芳香を嗅いだような優しさがある。
リリーシャと口にしても、氷のように冷ややかなだけなのに。
名前を呼ぶだけでわかってしまう。
これからどんなに努力しても、ジプサム王子はリリーシャを抱くことはない。
今日も、きっとこれからも。
「似ているから、ユーディアをそばに置いているのですか?体を一度もつなげもせず?」
ドアに手を伸ばした王子はそのまま硬直する。
図星なのだ。
「どうしてわかる?ユーディアは俺の色小姓なのだから、当然毎回しつこいぐらい夜伽をさせている」
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男の見栄なのかもしれない。
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