舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第9話 トルメキアの姫

85-2、リリーシャ姫とレグラン王①

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 リリーシャは、騎士候補たちが視線を合わせないようにしているなかで、まっすぐに自分を見つめる男に目をとめた。

 平凡な外見をした男。
 騎士には18からなれるのに、何度も騎士に選ばれる機会は与えられていただろうに、25歳という年齢から、7年以上も誰からも選ばれなかったことがわかる。

 なぜ、彼は選ばれなかったのか気になった。
 剣術も他の者たちと遜色ない。
 筆記試験もそのほかの知能テストも問題がない。

 だが、彼の身辺書に目を通せばすぐに理由がわかった。
 平凡な庶民の出だった。
 だから、資質があっても選ばれなかったのだ。

 そんな彼と、高貴な生まれなのに、見た目が派手で西方異国人の愛玩奴隷を思わせるという理由から選ばれない自分とが、真逆の意味でぴたりと重なった。

 彼は、自分と同じだった。
 誰からも、選ばれない存在。
 リリーシャは、自分の護衛にその男、ショウを選んだ。
 彼以外、考えられなかった。


 そんな頃、旅の商団が訪れる。
 派手な取引と商団長の羽振りの良さから、父王の目にとまったのだった。
 素性の怪しいものであっても、金があれば、それが身分証の代りとなるのだ。

 商団の一行は王宮に招かれ、離宮で宴会が開かれた。
 貴族でもない異国の金持ちに、娘を選ばせ恩でも売って甘い汁を吸おう、という父王の浅はかな思考が、だくだくと漏れ出し、臭った。
 
 リリーシャは久々に宴会に呼ばれた。
 今回は、誰も踊りたがるものがいないなか、リリーシャには踊る機会が与えられた。
 男は、酒を手にリリーシャが舞う姿を見つめる。
 父王と歓談し、目元を緩ませ、リリーシャの姿を追う。
 羽振りの良さを示す、どくどくしいほどの煌びやかな衣装は、成金そのままの、男の下品さを示しているようだった。


「お前をもらってもいいという男が現れたのだ。彼はほうぼうを旅をして商売のネタを探している。安く買い付け高く売る。あれだけ羽振りがいいのは、ハイエナのようなあくどい商売をしているのだろう。だからこそ、彼の元では王宮と変わらず、お前も贅沢な暮らしができるぞ。王宮でこのまま腐って枯れていくか、あの男に愛されて出ていくか。今夜あの男は離宮に泊まる。お前の部屋のすぐ近くに部屋を用意した。男のところへ行くんだ。お前のことを気に入っているのは確かだ。チャンスをつかむも殺すもお前次第だ」

 父王はベルゼラの金持ちの商団長に、自分を高く売り渡したのだと知る。
 彼は30を超えたぐらいか。
 リリーシャは17歳。
 一まわり以上年齢が離れていた。
 その年で、あの羽振りの良さで、独身ではないだろう。
 祖国に妻や子を残してきているのかもしれない。


 早めに宴を抜け出した。
 リリーシャは、花を浮かせた風呂で念入りに体を清めた。
 踊りの時よりも薄い衣を体に巻き付けた。
 薄く化粧もする。
 年老いた乳母が手伝ってくれる。
 流行に敏感で美容の技を身に着ける賑やかな女官たちは、男の部屋に忍ぶ姫をどんな風に飾り付けたのだろう。
 リリーシャの部屋には女官はいない。
 扉の外で控えていたショウが立ち上がった。
 

 
「……こんな夜更けに外出はなりません」

 無口なショウがリリーシャに意見をしたのは初めてだった。
 この時間に、こんな格好をして何をしに行くのかショウは理解している。
 先ほど父王と10年ぶりぐらいに会話をしたときも、ショウは影のようにかたわらに控えていたのだった。

「この、枯れていくのを待つだけの牢獄から出ていくために、わたしは行くの」

 ショウの目が曇る。
 だが、道を開けた。
 この手で、この足で、この体で。
 自分で自分の未来を切り開かねばならない。
 チャンスは与えられ、覚悟は決まった。

 それがどんな厳しい未来でも、掴むつもりだった。


  
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