舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第9話 トルメキアの姫

82-2、王子妃の資質

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「えっと、赤の盗賊の隠里にいたセシル?金髪で奴隷として売られてきて……」

「そうだな。彼は珍しい髪だから、慰み者にされ、それが嫌だった。熱湯をかぶり、自ら美貌を壊した。つまり、金髪、緑眼や青眼は、珍しい西方の異国人奴隷の象徴。ひとめでみてわかる印だ。その印を持っているリリーシャ姫は、トルメキアの王の娘である。つまり、異国から連れてこられたか売られたかした美貌の女、おそらく奴隷、から生まれた、妾腹であることは間違いないだろう。トルメキアの王妃が金髪なんて聞いたことがないからな。そんな、卑賎の生まれを示す外見をしたものを、ベルゼラの王子が正妃にすることはありえないだろう。それが、彼女がジプサム王子と結婚することがないだろうとクロードが思う理由であり、ほぼ、ここにいる騎士の全員がそう思っている」

「卑賎の生まれである異国人を思わせる外見では、ベルゼラの最高位の王子と結婚できない」
 ユーディアは意味を理解しようと反芻する。
「でも、彼女は、レグラン王が招いた姫でしょう。その、有力候補として。それなのに、結婚することはないだろうって意味がわからない」
 ルーリクは思案気に頷いた。

「俺もクロードたちが思ったように、はじめは結婚はあり得ないと思ったが、そうも言いきれないんじゃないかと思うようになった」
「どういう理由で?」
「それは、彼女がまさしく王子妃としてふさわしくないと思われる理由が役に立つということ。ジプサムさまの身分制度の枠を打ち壊そうとする考え方を象徴する旗印になるかもしれないということだ。ジプサムさまは、奴隷として虐げられた者たちや怪我で働けなくなった者たちを救う場を、まず一つ、美都郊外に作った。それが成功すれば、いずれ近いうちにベルゼラ中に作られることになるだろう。それに俺たち自身をみまわしても、貴族庶民の混合部隊だ。通常は、庶民が王侯貴族の騎士に取り立てられることはまずないのに、王子はあえて騎士に選んだ。まだ、見習いだけどな。そして、ほかにも、王子は身分の枠を越えて、ひとりの人を、ちゃんと個人として尊重しているという姿勢が見えるから」
「身分の枠を越えて個人として尊重する姿勢……」


 その場にいたものは、モルガン族の男の髪型を今も貫くブルースを、続いて奴隷という身分で小姓に引き上げ、色小姓として傍らから片時も放そうとしないユーディアを見た。

 ルーリクは聞いている者たちの反応を見る。
 反論する者は誰もいなかった。
 王子の目指そうとする方向は、共に行動するうちに理解できるようになっている。理解できなければ、王子の騎士にふさわしくなかった。

「人を個人として評価し尊重する目を持ったジプサム王子は、いずれベルゼラ国内で大きな改革を行うだろう。その象徴としてリリーシャ姫を利用することもあり得る。いま言ったように、わかりやすい印を持っているから。彼女の欠点は、同時に利点にもなりうる。つまり、リリーシャ姫は、ジプサム王子が側室でもない、正妃にする可能性が極めて高いということ」
「なるほどな。ただの暇人で女好きだと思っていたお前が、そこまで冷静で思慮深いとは思わなかった」

 クロードが妙に感心する。
 微妙なほめ方をされたのにも関わらず、ルーリクは照れた。
 暇人で女好きは正しいからだ。

「実は、リリーシャ姫をなんとかしてほしいとサニジンさまに訴えたら、そういわれたんだ。納得いくだろ?それよりも、護衛騎士の男が気になるんだが、彼の実力は……」

 ユーディアはその後の会話が耳に入らなかったのである。


 

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