舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第9話 トルメキアの姫

82-1、王子妃の資質

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 外は時を経るごとに降り積もる雪の、静寂の世界。
 閉じ込められた王子一行は、屋内でできる日々の基本的な訓練を行う。
 サラードの元で、様々な状況をシュミレーションし、役割を変えて攻めと防御と攻略の訓練を行う。
 救出、防御、脱出、戦闘。
 ジプサムたちは王子の騎士として要求されるあらゆる資質を磨く特別訓練の場として、蟄居の時間を無駄に過ごすつもりはない。
 離宮につくまでにジプサムが諸国を立ち寄りながら行ったことに無駄はなかった。
 レグラン王が命じたこの何もない極寒の地でさえも、腐って過ごすのは簡単だが、有意義な時間にすることができるのだ。

 様々な出自の騎士たちに生まれ始めた調和に投じられた一石が、金髪玉眼のトルメキアの姫であった。
 レグラン王が、ジプサム王子の蟄居のタイミングに合わせて招いた、年頃の美しい姫。
 どんな鈍感なものでも、彼女が危険を冒して離宮を訪ねてきたわけは推測できる。
 アムリア妃が選んだ娘たちに興味を示さなかったジプサム王子に、今度はレグラン王が選んだ相手が、トルメキアの姫なのだ。
 彼女と婚姻を結べばジプサム王子はトルメキアの王家の力を背景に、お坊ちゃん王子と見くびるベルゼラ国内の諸貴族たちを牽制することができる。そして、ジプサム王子がアムリア妃の実家のゴールデン領をアムリア妃を通してでなく手中に収めれば、ジプサム王子は有無を言わさぬ国内第一勢力のトップとなり、レグラン王の後を継ぐ者として、その実権を得ることになるだろう。


 リリーシャ姫は、おとなしいだけの姫ではなかった。
 気に入らぬことがあれば、その場で何度でもやり直させる。
 礼儀がなっていなければ、謝罪させる。
 そして、訓練と、自室で休んでいるとき以外のジプサム王子のその隣の位置を、ジプサムにも有無を言わさず、自分の定位置と定めたのである。
 食事の時の席もジプサムの隣に当然のように座る。
 自分のことは自分でするはずの食事の用意と洗いは、全てユーディアにさせた。
 見かねたジプサムがやんわりとたしなめようとする。
 
「わたくしは、食事の準備や片付けがわたしのすべきことではないと知っております。下々のすべきことをすれば、姫としての権威と威光を自ら下げ、自分と同等、もしくは下にみてもよいと勘違いする者もでてくるでしょう。それはこの離宮であっても同様です」
 
「お言葉ですが、あなたはトルメキア国の姫かもしれませんが一人の人であり、下々とみなす者たちも同じ人です。権威を振りかざしてはこの厳しい極寒の地や戦場で助け合って生きることができないでしょう」
 ジプサムの返事に、リリーシャは反り上がるまつ毛をしばたいた。
「あら?立場の違いをわきまえているから、ショウはわたしを命をかけてまで助けてくれるわ。それが、護衛騎士としての職務のあるべき姿だからでしょう?」

 ショウは文句ひとつなく食事をする。
 油断なく、リリーシャに視線を向ける男たちに目を配る。
 無口なだけに、異様な存在だった。

 
 ユーディアの次に泣かされたのは、料理を作っていたジャンである。
 食事にフレッシュなフルーツがないことを責められたのだ。
 ドライフルーツなら様々な種類のフルーツを豊富に準備していたのだが、フレッシュなものはリンゴとオレンジしかなかった。
「栄養バランスの乱れた食事でわたしの肌が荒れればあなたのせいよ。一人前の料理人なら美容と栄養の両面を考えなさい」
 ジャンの料理人としての資質を疑うような言い方だった。



「何だよ、あの女。ジプサムさまの妃の有力候補だかなんだか知らないが、あの女が星の宮の女主人になるなんて絶対あり得ないからな!美容を気にするものなど男ばかりの俺たちの中にはいないんだ!」

 ジプサムとリリーシャが退席した食堂で、ユーディアにジャンは不満をぶつけた。
 思案顔なのはルーリク。
 他にも多くの見習い騎士が残っていた。

「王族の姫ならばあのような態度は普通だと思っておいた方がいいよ。あれが標準の範囲内」
「うへえ」
 ルーリクの指摘に、露骨にジャンは嫌悪感を丸出しにする。

「それに、元気がいいぐらいがジプサムさまのお好きなタイプかもしれないから案外いいところまでいくかもしれない」
「だけど、彼女は無理なんじゃないか?」

 ルーリクの親友のクロードが意味ありげに自分の髪の毛を指した。
 ルーリクもクロードも髪は黒い。
 その場にいた他の見習い騎士たちも顔を見合わせ、確かにな、と曖昧にうなずいた。
 食堂に残って聞くともなしに会話を聞いていたユーディアは顔を上げた。

「どういうこと?」
「どうって、リリーシャさまは金髪緑眼だろ」
 クロードが口をさしはさむ。
「だからそれが?」
「それがって、はっきり言わないとわからないのかよ、ッたく。ルーリクから説明してやってくれ」
 ルーリクは説明を振られ、ユーディアを見た。
「あんたは元々のベルゼラ人だからわからないのかもな。じゃあ、金髪緑眼で何を思い浮かべる?」


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