178 / 238
第9話 トルメキアの姫
81-2、姫の部屋
しおりを挟む
部屋にはサニジンがいて、ユーディアに事務的に伝えた。
ユーディアの部屋をリリーシャが使う。
彼女の護衛のショウはサニジンの隣の部屋を使う。
ユーディアは一番端の部屋へ移動する……。
部屋の並びとしては、ジプサム、開かずの間、リリーシャ、サニジン、ショウ、ユーディアである。
トルメキアの姫の部屋問題は、ユーディアに飛び火していた。
一番割を食ったのは、自室を明け渡さなければならなくなったユーディアだった。
くやしさが口の中に苦く広がる。
「いやだ。僕は部屋を移動したくない。荷物も散らばっているし、どうしてそんな面倒なことをしなければならないのかわからない。空いている部屋があるんだから、そこに入ればいいだけでしょう」
「ごめん、ユーディア。彼女の機嫌をひどく損なえば、外交問題となりかねないからできるだけ避けたいんだ。トルメキアとベルゼラは国境では、いつはじまってもおかしくない問題を抱えている。つまり微妙な関係なんだ。彼女の扱いが不当だったとしてトルメキアの国内が騒ぎだせば、相手の思惑次第で戦になるかもしれない。だから、すまないがここは大人になってくれ」
ユーディアは唇をかんだ。
「滞在中は、リリーシャ姫の身の回りをユーディアが気を配ってほしい。侍女のように働いてほしいとまではいわないが、騎士たちは不向きだろう。その点、ユーディアは俺の世話をしてくれているわけだから、その程度でいい。ただ、機嫌をひどく損なわないように……」
ジプサム王子から困ったように言われれば、移動するしかなかったのである。
リリーシャは、ユーディアの部屋に足を踏み入れるなり、鼻の上に皺をつくった。
「まあ!小さな部屋ね!何?この匂い。獣くさいわ!あなたは何者なの?」
「僕は、ジプサムさまの小姓ですが」
リリーシャははじめてユーディアをまともに見た。
上から下までぶしつけといえる視線でユーディアを検分する。
「小姓ですって?子供がするものでしょう?その割には年はわたしと変わらないぐらいじゃないの」
「年齢と、仕事のできるできない、人間的な魅力があるなしは、関係ありません」
つい反発したくなった。
それはリリーシャも同様のようである。
鼻の上に皺を作った。
「生意気ね!これからあなたはわたしを主人と思い、立場をわきまえなさい。早く荷物をまとめて出ていきなさい!」
「はい……」
ユーディアが荷物を抱えて部屋を出ると、入れ替わりに姫の護衛のショウが、姫の荷物を持って入っていく。
扉外にはジプサムがユーディアが出てくるのを待っていた。
抱えた荷物を手伝おうとする。
「王子さまは、僕の獣くさい荷物を持たない方がいいよ。立場をわきまえて、持たせるなんてことはできない」
リリーシャの声は部屋の外にまで聞こえてきたのだろう、ジプサムは苦笑する。
「獣?羊毛の織物の匂いのことを言っているのだろうか?俺にはいい匂いなんだが」
「トルメキアには羊がいないの?」
「いる。だけど匂いがなくなるまで精製した毛織ものしか使っていないんだろうな」
ジプサムの部屋から一番遠い端の部屋は、廊下も薄暗い。
中はがらんどうで、ベッドと空の戸棚以外に何もなかった。
ユーディアは涙がもりあがりそうになり必死でこらえた。
部屋の中にまで入ってきたジプサムはユーディアの荷物をベッドに置く。
部屋の中を見回した。
「本当にすまない。雪が溶けて移動できるようになるまでの辛抱だ。できるだけ早く帰ってもらうようにするつもりだ。俺の部屋から必要なものを持っていくがいい。いっそのこと俺の部屋で寝てもいいから」
ジプサムはユーディアを慰めた。
ジプサムが部屋をでてひとりになると、わずかな服を空の戸棚に収めた。
がらんどうで、本当に何もない。
そのすき間は、自分の胸の中に大きく開いたむなしさのように思えた。
何で埋めていいのかわからない。
ユーディアは初めて思い知る。
自分の立場は、身分の高いお姫さまの一言で、ころっと変わる弱いのものなのだ。
※
毎朝、ゴメスは通信文を結び付けた鳩を飛ばす。
一方、レグラン王から戻ってくる鳩は、3日に一度。
レグラン王は、連絡事項がなくても鳩を戻してくれたのに不思議だった。
鳩小屋の鳩は、戻ってこない鳥がいるためにみるみる数を減らしていた。
異常に気が付いてから、レグラン王に、文書に番号を振ってほしいと伝える。
やはり、番号は飛び飛びとなり、どれだけ待っても戻ってこない鳩がいた。
もしかして、鳩が何者かに捕らえられているのか鷹に襲われているのではないか、そんな疑惑が起こる。
ブルースは渋い顔。
ブルースの鷹は餌の確保のために勝手に遠出をしているが、ブルースの位置を確認するために数日に一度は離宮の上を旋回している。
鷹がエサとして伝書鳩を狩っているのはあり得る状況だった。
トルメキアの姫が救助されたその夜、ハト小屋のすぐそばに無残にちらばった灰色と白の羽毛があった。
ゴメスが震える手で、その中からひも状によりあげられた和紙を拾い上げ広げる。
レグラン王の直筆の暗号通信であった。
トルメキアの姫が近日中に訪れることを記した内容であった。
この通信文をもって、正式にトルメキアの姫がレグラン王により離宮に招かれていたことが確定する。
ブルースはゴメスから当分の間口をきいてもらえなくなり、サニジンにこってりと叱られた。
冬の間、しっかり鷹の食事を管理するように命じられたのである。
ユーディアの部屋をリリーシャが使う。
彼女の護衛のショウはサニジンの隣の部屋を使う。
ユーディアは一番端の部屋へ移動する……。
部屋の並びとしては、ジプサム、開かずの間、リリーシャ、サニジン、ショウ、ユーディアである。
トルメキアの姫の部屋問題は、ユーディアに飛び火していた。
一番割を食ったのは、自室を明け渡さなければならなくなったユーディアだった。
くやしさが口の中に苦く広がる。
「いやだ。僕は部屋を移動したくない。荷物も散らばっているし、どうしてそんな面倒なことをしなければならないのかわからない。空いている部屋があるんだから、そこに入ればいいだけでしょう」
「ごめん、ユーディア。彼女の機嫌をひどく損なえば、外交問題となりかねないからできるだけ避けたいんだ。トルメキアとベルゼラは国境では、いつはじまってもおかしくない問題を抱えている。つまり微妙な関係なんだ。彼女の扱いが不当だったとしてトルメキアの国内が騒ぎだせば、相手の思惑次第で戦になるかもしれない。だから、すまないがここは大人になってくれ」
ユーディアは唇をかんだ。
「滞在中は、リリーシャ姫の身の回りをユーディアが気を配ってほしい。侍女のように働いてほしいとまではいわないが、騎士たちは不向きだろう。その点、ユーディアは俺の世話をしてくれているわけだから、その程度でいい。ただ、機嫌をひどく損なわないように……」
ジプサム王子から困ったように言われれば、移動するしかなかったのである。
リリーシャは、ユーディアの部屋に足を踏み入れるなり、鼻の上に皺をつくった。
「まあ!小さな部屋ね!何?この匂い。獣くさいわ!あなたは何者なの?」
「僕は、ジプサムさまの小姓ですが」
リリーシャははじめてユーディアをまともに見た。
上から下までぶしつけといえる視線でユーディアを検分する。
「小姓ですって?子供がするものでしょう?その割には年はわたしと変わらないぐらいじゃないの」
「年齢と、仕事のできるできない、人間的な魅力があるなしは、関係ありません」
つい反発したくなった。
それはリリーシャも同様のようである。
鼻の上に皺を作った。
「生意気ね!これからあなたはわたしを主人と思い、立場をわきまえなさい。早く荷物をまとめて出ていきなさい!」
「はい……」
ユーディアが荷物を抱えて部屋を出ると、入れ替わりに姫の護衛のショウが、姫の荷物を持って入っていく。
扉外にはジプサムがユーディアが出てくるのを待っていた。
抱えた荷物を手伝おうとする。
「王子さまは、僕の獣くさい荷物を持たない方がいいよ。立場をわきまえて、持たせるなんてことはできない」
リリーシャの声は部屋の外にまで聞こえてきたのだろう、ジプサムは苦笑する。
「獣?羊毛の織物の匂いのことを言っているのだろうか?俺にはいい匂いなんだが」
「トルメキアには羊がいないの?」
「いる。だけど匂いがなくなるまで精製した毛織ものしか使っていないんだろうな」
ジプサムの部屋から一番遠い端の部屋は、廊下も薄暗い。
中はがらんどうで、ベッドと空の戸棚以外に何もなかった。
ユーディアは涙がもりあがりそうになり必死でこらえた。
部屋の中にまで入ってきたジプサムはユーディアの荷物をベッドに置く。
部屋の中を見回した。
「本当にすまない。雪が溶けて移動できるようになるまでの辛抱だ。できるだけ早く帰ってもらうようにするつもりだ。俺の部屋から必要なものを持っていくがいい。いっそのこと俺の部屋で寝てもいいから」
ジプサムはユーディアを慰めた。
ジプサムが部屋をでてひとりになると、わずかな服を空の戸棚に収めた。
がらんどうで、本当に何もない。
そのすき間は、自分の胸の中に大きく開いたむなしさのように思えた。
何で埋めていいのかわからない。
ユーディアは初めて思い知る。
自分の立場は、身分の高いお姫さまの一言で、ころっと変わる弱いのものなのだ。
※
毎朝、ゴメスは通信文を結び付けた鳩を飛ばす。
一方、レグラン王から戻ってくる鳩は、3日に一度。
レグラン王は、連絡事項がなくても鳩を戻してくれたのに不思議だった。
鳩小屋の鳩は、戻ってこない鳥がいるためにみるみる数を減らしていた。
異常に気が付いてから、レグラン王に、文書に番号を振ってほしいと伝える。
やはり、番号は飛び飛びとなり、どれだけ待っても戻ってこない鳩がいた。
もしかして、鳩が何者かに捕らえられているのか鷹に襲われているのではないか、そんな疑惑が起こる。
ブルースは渋い顔。
ブルースの鷹は餌の確保のために勝手に遠出をしているが、ブルースの位置を確認するために数日に一度は離宮の上を旋回している。
鷹がエサとして伝書鳩を狩っているのはあり得る状況だった。
トルメキアの姫が救助されたその夜、ハト小屋のすぐそばに無残にちらばった灰色と白の羽毛があった。
ゴメスが震える手で、その中からひも状によりあげられた和紙を拾い上げ広げる。
レグラン王の直筆の暗号通信であった。
トルメキアの姫が近日中に訪れることを記した内容であった。
この通信文をもって、正式にトルメキアの姫がレグラン王により離宮に招かれていたことが確定する。
ブルースはゴメスから当分の間口をきいてもらえなくなり、サニジンにこってりと叱られた。
冬の間、しっかり鷹の食事を管理するように命じられたのである。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる