舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第9話 トルメキアの姫

81-2、姫の部屋

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 部屋にはサニジンがいて、ユーディアに事務的に伝えた。

 ユーディアの部屋をリリーシャが使う。
 彼女の護衛のショウはサニジンの隣の部屋を使う。
 ユーディアは一番端の部屋へ移動する……。
 部屋の並びとしては、ジプサム、開かずの間、リリーシャ、サニジン、ショウ、ユーディアである。

 トルメキアの姫の部屋問題は、ユーディアに飛び火していた。
 一番割を食ったのは、自室を明け渡さなければならなくなったユーディアだった。
 くやしさが口の中に苦く広がる。

「いやだ。僕は部屋を移動したくない。荷物も散らばっているし、どうしてそんな面倒なことをしなければならないのかわからない。空いている部屋があるんだから、そこに入ればいいだけでしょう」

「ごめん、ユーディア。彼女の機嫌をひどく損なえば、外交問題となりかねないからできるだけ避けたいんだ。トルメキアとベルゼラは国境では、いつはじまってもおかしくない問題を抱えている。つまり微妙な関係なんだ。彼女の扱いが不当だったとしてトルメキアの国内が騒ぎだせば、相手の思惑次第で戦になるかもしれない。だから、すまないがここは大人になってくれ」

 ユーディアは唇をかんだ。

「滞在中は、リリーシャ姫の身の回りをユーディアが気を配ってほしい。侍女のように働いてほしいとまではいわないが、騎士たちは不向きだろう。その点、ユーディアは俺の世話をしてくれているわけだから、その程度でいい。ただ、機嫌をひどく損なわないように……」 
 ジプサム王子から困ったように言われれば、移動するしかなかったのである。



 リリーシャは、ユーディアの部屋に足を踏み入れるなり、鼻の上に皺をつくった。

「まあ!小さな部屋ね!何?この匂い。獣くさいわ!あなたは何者なの?」
「僕は、ジプサムさまの小姓ですが」

 リリーシャははじめてユーディアをまともに見た。
 上から下までぶしつけといえる視線でユーディアを検分する。

「小姓ですって?子供がするものでしょう?その割には年はわたしと変わらないぐらいじゃないの」
「年齢と、仕事のできるできない、人間的な魅力があるなしは、関係ありません」

 つい反発したくなった。
 それはリリーシャも同様のようである。
 鼻の上に皺を作った。
 
「生意気ね!これからあなたはわたしを主人と思い、立場をわきまえなさい。早く荷物をまとめて出ていきなさい!」
「はい……」
 
 ユーディアが荷物を抱えて部屋を出ると、入れ替わりに姫の護衛のショウが、姫の荷物を持って入っていく。
 扉外にはジプサムがユーディアが出てくるのを待っていた。
 抱えた荷物を手伝おうとする。

「王子さまは、僕の獣くさい荷物を持たない方がいいよ。立場をわきまえて、持たせるなんてことはできない」
 リリーシャの声は部屋の外にまで聞こえてきたのだろう、ジプサムは苦笑する。
「獣?羊毛の織物の匂いのことを言っているのだろうか?俺にはいい匂いなんだが」
「トルメキアには羊がいないの?」
「いる。だけど匂いがなくなるまで精製した毛織ものしか使っていないんだろうな」

 ジプサムの部屋から一番遠い端の部屋は、廊下も薄暗い。
 中はがらんどうで、ベッドと空の戸棚以外に何もなかった。
 ユーディアは涙がもりあがりそうになり必死でこらえた。
 部屋の中にまで入ってきたジプサムはユーディアの荷物をベッドに置く。
 部屋の中を見回した。

「本当にすまない。雪が溶けて移動できるようになるまでの辛抱だ。できるだけ早く帰ってもらうようにするつもりだ。俺の部屋から必要なものを持っていくがいい。いっそのこと俺の部屋で寝てもいいから」

 ジプサムはユーディアを慰めた。
 ジプサムが部屋をでてひとりになると、わずかな服を空の戸棚に収めた。
 がらんどうで、本当に何もない。
 そのすき間は、自分の胸の中に大きく開いたむなしさのように思えた。
 何で埋めていいのかわからない。

 ユーディアは初めて思い知る。
 自分の立場は、身分の高いお姫さまの一言で、ころっと変わる弱いのものなのだ。




 毎朝、ゴメスは通信文を結び付けた鳩を飛ばす。
 一方、レグラン王から戻ってくる鳩は、3日に一度。
 レグラン王は、連絡事項がなくても鳩を戻してくれたのに不思議だった。
 鳩小屋の鳩は、戻ってこない鳥がいるためにみるみる数を減らしていた。
 異常に気が付いてから、レグラン王に、文書に番号を振ってほしいと伝える。
 やはり、番号は飛び飛びとなり、どれだけ待っても戻ってこない鳩がいた。

 もしかして、鳩が何者かに捕らえられているのか鷹に襲われているのではないか、そんな疑惑が起こる。
 ブルースは渋い顔。
 ブルースの鷹は餌の確保のために勝手に遠出をしているが、ブルースの位置を確認するために数日に一度は離宮の上を旋回している。
 鷹がエサとして伝書鳩を狩っているのはあり得る状況だった。

 トルメキアの姫が救助されたその夜、ハト小屋のすぐそばに無残にちらばった灰色と白の羽毛があった。
 ゴメスが震える手で、その中からひも状によりあげられた和紙を拾い上げ広げる。
 レグラン王の直筆の暗号通信であった。
 トルメキアの姫が近日中に訪れることを記した内容であった。

 この通信文をもって、正式にトルメキアの姫がレグラン王により離宮に招かれていたことが確定する。
 ブルースはゴメスから当分の間口をきいてもらえなくなり、サニジンにこってりと叱られた。
 冬の間、しっかり鷹の食事を管理するように命じられたのである。
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