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番外編
2-2、マッサージ
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不当に扱われるという感覚はジプサムも覚えがあった。
モルガン族のところで居候になっているときにしばしば感じたものである。
単純にみんなができることができないから、ものがわかっていないから、彼等の常識が理解できていないから、軽んじられたのだ。
むしろ、生まれ育った地を離れて、新たに剣術やベルゼラ流の体術、馬術に加えて、マッサージの技を身に着けているブルースを尊敬すべきなのだ。
痛みで意識が冴え冴えのジプサムと対照的に、隣でルーリクは寝息を立て始めた。
ジプサムはブルースをはねのけるべきか、ルーリクを殴るかどちらにしようかと悩んだのだった。
一時間ほどすると、離宮の見回りの当番であったブルースはルーリクと共に部屋をでた。
ユーディアも出ていくと思ったが、ぐずぐずとベッドの上にとどまっている。
「……ジプサム、もう少し練習してもいい?」
「いいよ」
仰向けになると、ユーディアはジプサムの横に来て手を取った。
「手は、起きているときによくやってもらっていたから、できる」
指と指の間に指を差し入れられ、手のひらを親指の腹でマッサージされる。
とても気持ちがいい。
拷問の時間は終わったのだった。
ブルースとの落差にふううっとため息が出る。
求めていたのはこういう時間だった。
「……確かに固いね。筋肉が固まっている。筋肉の滑りが悪いから痛みを感じる。……指の関節も、固くなってる。……手首も、もっと大きく動くはずだけど?」
しっかりとつかまれてぐるんぐるんと回される。
手首の関節が普段使っていないところまで動かされ、きしんだ。
「俺はベルゼラ人だから、モルガン族の弾むような筋肉や柔らかな関節は持ってないよ。長年の生活環境の違いが世代で積み重なって、体の違いになったんだ。きっとここの固さも違うんじゃないかなあ。ベルゼラ人は大きくて固い。モルガン族は柔らかくて弾力がある、そうなんじゃないか?細部は全体を表す、というじゃないか。てのひらの固さは、体の固さであり、あそこの固さにつながる」
思いつきで口にしてしまった。
「大きくて固い……」
ユーディアなら乗ってくるか、笑い飛ばすかすると思ったのだが、マッサージする手がぴたりと止まっている。
じんわりと汗をかいているのは自分なのかユーディアの手なのか。
さきほどまでさらっとしていて、指を深く絡めないとほどけそうだったのに。
真っ赤な顔がすぐ近くにあり、視線が局部に向けられていた。
そんな初心な反応があるとは思わなかった。
「俺の小姓が下ネタでそんな反応をしていてどうする?俺は、ここでもあなたを色小姓を通すつもりなんだが」
「反応するつもりはなかったんだけど……」
視線を引き離しジプサムに向く。
真っ赤な頬をしている。
ユーディアは手を引き抜こうとしたが貼りついて動かない。
少し、ジプサムは逃さぬように気が付かれない程度に指に力を入れてしまったのだが。
「あ、汗で、ごめんっ」
ユーディアが焦り耳まで赤くした。
全部の指をぴんと立て、逆の手で手首を押さえ、今度こそ引き抜こうとした。
初心で焦るユーディアはかわいい。
かわいくて、愛しい。
自分のユーディアへの想いに、ジプサムは衝撃を受けた。
すぐさまいつものように打ち消そうとする。
モルガン族とベルゼラのこれからの関係を学びながら模索している、部族の次期リーダーになるユーディアを、ベルゼラの巨大な男たちと比べて少しばかり体が小柄だからといって、肌がきれいだからといって、女のように愛しいからといって愛でることなどできないではないか。
ユーディアは、知的好奇心にいつも目を輝かせて、挑戦されれば受けて立たずにはいられない負けずで、弱そうだからと油断すれば勝負ではるかに強いはずのルーリクを負かすこともできる、男なのだ。
その強さは、ブルースのように相手を威圧するような強さではない。
心の芯の強さからくるような、凛とした潔さを感じさせる強さ。
ぴんと張った自分と他者を隔てる境界線を突き破れば、もしかして、桃の果実のような、とろけるような甘さがあるのではないかと夢想してしまう。
いっそのこと、噂を本当にしたい。
名実ともに、ユーディアはジプサムのものとする。
ジプサムは手を抜かれる代わりに手を握りこみ引き寄せた。
バランスを崩したユーディアがジプサムの体の上にかぶさった。
驚いて見開いた瞳は、ジプサムを見た。
幾万の星々を抱く真冬の夜空のように美しい。
「やけどの跡を見たい。ひきつり、肉が見えたり、盛り上がったりして、あなたが自分で醜い跡だ思っているのは知っているけれど、俺は気にしないから。気にするのなら、全ての明かりを消してもいい。この離宮は、父王が愛人のために作った離宮で、この大きなベッドも愛人と睦合うためのもので……」
「愛人のための?リーンの?」
背中に手を差し入れようとしたが、両肩に手を置いたユーディアが急に腕を突っ張ったので、素肌に届かない。
きらきらと瞳がきらめいていた。
ジプサムは悪態をつきたくなる。
己の失敗を悟る。
ユーディアの意識が、ジプサムが不用意に口にしたものへと向かっていく。
「モルガン族の娘、リーン。レグラン王の最初の恋人の離宮がここだったんだ!」
モルガン族のところで居候になっているときにしばしば感じたものである。
単純にみんなができることができないから、ものがわかっていないから、彼等の常識が理解できていないから、軽んじられたのだ。
むしろ、生まれ育った地を離れて、新たに剣術やベルゼラ流の体術、馬術に加えて、マッサージの技を身に着けているブルースを尊敬すべきなのだ。
痛みで意識が冴え冴えのジプサムと対照的に、隣でルーリクは寝息を立て始めた。
ジプサムはブルースをはねのけるべきか、ルーリクを殴るかどちらにしようかと悩んだのだった。
一時間ほどすると、離宮の見回りの当番であったブルースはルーリクと共に部屋をでた。
ユーディアも出ていくと思ったが、ぐずぐずとベッドの上にとどまっている。
「……ジプサム、もう少し練習してもいい?」
「いいよ」
仰向けになると、ユーディアはジプサムの横に来て手を取った。
「手は、起きているときによくやってもらっていたから、できる」
指と指の間に指を差し入れられ、手のひらを親指の腹でマッサージされる。
とても気持ちがいい。
拷問の時間は終わったのだった。
ブルースとの落差にふううっとため息が出る。
求めていたのはこういう時間だった。
「……確かに固いね。筋肉が固まっている。筋肉の滑りが悪いから痛みを感じる。……指の関節も、固くなってる。……手首も、もっと大きく動くはずだけど?」
しっかりとつかまれてぐるんぐるんと回される。
手首の関節が普段使っていないところまで動かされ、きしんだ。
「俺はベルゼラ人だから、モルガン族の弾むような筋肉や柔らかな関節は持ってないよ。長年の生活環境の違いが世代で積み重なって、体の違いになったんだ。きっとここの固さも違うんじゃないかなあ。ベルゼラ人は大きくて固い。モルガン族は柔らかくて弾力がある、そうなんじゃないか?細部は全体を表す、というじゃないか。てのひらの固さは、体の固さであり、あそこの固さにつながる」
思いつきで口にしてしまった。
「大きくて固い……」
ユーディアなら乗ってくるか、笑い飛ばすかすると思ったのだが、マッサージする手がぴたりと止まっている。
じんわりと汗をかいているのは自分なのかユーディアの手なのか。
さきほどまでさらっとしていて、指を深く絡めないとほどけそうだったのに。
真っ赤な顔がすぐ近くにあり、視線が局部に向けられていた。
そんな初心な反応があるとは思わなかった。
「俺の小姓が下ネタでそんな反応をしていてどうする?俺は、ここでもあなたを色小姓を通すつもりなんだが」
「反応するつもりはなかったんだけど……」
視線を引き離しジプサムに向く。
真っ赤な頬をしている。
ユーディアは手を引き抜こうとしたが貼りついて動かない。
少し、ジプサムは逃さぬように気が付かれない程度に指に力を入れてしまったのだが。
「あ、汗で、ごめんっ」
ユーディアが焦り耳まで赤くした。
全部の指をぴんと立て、逆の手で手首を押さえ、今度こそ引き抜こうとした。
初心で焦るユーディアはかわいい。
かわいくて、愛しい。
自分のユーディアへの想いに、ジプサムは衝撃を受けた。
すぐさまいつものように打ち消そうとする。
モルガン族とベルゼラのこれからの関係を学びながら模索している、部族の次期リーダーになるユーディアを、ベルゼラの巨大な男たちと比べて少しばかり体が小柄だからといって、肌がきれいだからといって、女のように愛しいからといって愛でることなどできないではないか。
ユーディアは、知的好奇心にいつも目を輝かせて、挑戦されれば受けて立たずにはいられない負けずで、弱そうだからと油断すれば勝負ではるかに強いはずのルーリクを負かすこともできる、男なのだ。
その強さは、ブルースのように相手を威圧するような強さではない。
心の芯の強さからくるような、凛とした潔さを感じさせる強さ。
ぴんと張った自分と他者を隔てる境界線を突き破れば、もしかして、桃の果実のような、とろけるような甘さがあるのではないかと夢想してしまう。
いっそのこと、噂を本当にしたい。
名実ともに、ユーディアはジプサムのものとする。
ジプサムは手を抜かれる代わりに手を握りこみ引き寄せた。
バランスを崩したユーディアがジプサムの体の上にかぶさった。
驚いて見開いた瞳は、ジプサムを見た。
幾万の星々を抱く真冬の夜空のように美しい。
「やけどの跡を見たい。ひきつり、肉が見えたり、盛り上がったりして、あなたが自分で醜い跡だ思っているのは知っているけれど、俺は気にしないから。気にするのなら、全ての明かりを消してもいい。この離宮は、父王が愛人のために作った離宮で、この大きなベッドも愛人と睦合うためのもので……」
「愛人のための?リーンの?」
背中に手を差し入れようとしたが、両肩に手を置いたユーディアが急に腕を突っ張ったので、素肌に届かない。
きらきらと瞳がきらめいていた。
ジプサムは悪態をつきたくなる。
己の失敗を悟る。
ユーディアの意識が、ジプサムが不用意に口にしたものへと向かっていく。
「モルガン族の娘、リーン。レグラン王の最初の恋人の離宮がここだったんだ!」
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