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第8話 勝負
78、勝負 棒
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体術でのルーリクの敗北は本意ではない。
抑え込まれたが、逆転できないものでもなかったと思う。
小姓がひた隠しにしていた秘密に触れ、動揺しているうちに10秒が過ぎてしまっただけなのだ。
そのユーディアは、肉にかぶりつきながら、ジャンと軽口をたたいている。
昼食の間に、何人もの庶民の見習い騎士がユーディアを激励していく。
クロードたちと座るルーリクに聞こえるように、「お貴族さまも大したことがないな」そう口にするものもいる。
「お前たちはもっと大したことがないだろ?」
クロードが立ち上がりにらみつけた。
「なら、俺と勝負して大した奴だと証明したらいんじゃないか?」
クロードはラルフたちの挑発に乗ってしまった。
俺も俺もと名乗りがあがる。
体術では自主的なものだったが、次の槍の勝負では、ルーリクと小姓の勝負と並行して貴族対庶民のチーム戦が非公式に行われることになったのである。
とはいえ、槍を使うのは相手を傷つける恐れがあるために、刃の代わりに布を厚く巻き付けた練習用の棒を使うことが決まる。
ルーリクは、身長に合わせ短めの棒を手にしたユーディアを眺めた。
女だと思えば、もう小姓が男装の麗人にしか見えない。
今まで、男だと思い込んでいたのが不思議なぐらいだった。
空は相変わらず重いが、朝からちらりと舞っていた雪は止んでいる。
寒さには強そうだった。
ユーディアが馬を走らせていた草原では雪が降るのだろうかと頭によぎる。
「なんか、気の抜けた顔をしているぞ?お前は2敗しているんだ。今度勝たないと完敗になる。庶民に勢いづかせるな」
「あいつは庶民じゃない。奴隷だろ」
ルーリクの言葉にクロードは肩をすくめた。
「庶民のやつらにとっては、貴族と比べたら庶民も奴隷も同じようなもんなんだろ。小姓の頑張りを自分たちに重ねね、打ち破るべき貴族の代表がここでは美男子のお前なんだ。それで、下っ端が貴族を打ちのめしてもお咎めがないことに味を占めて、あいつら暴走をし始めている。体術だって、ひどいもんだったんだぜ。今までの、上品げにすました顔の下に隠していた庶民の顔丸出しの雑な戦い方をする奴らと、俺たちは勝負したんだ。ひどい有様だった」
「暴走じゃないよ。本気で勝ちたいからがむしゃらに向かっていっただけじゃないの?それでたじろぐぐらいなら、 貴族たちからなる王子騎士は、あんたたちが馬鹿にしている者たちに本気で挑まれたら勝てないということになる」
「ユーディア殿は秩序の混乱、俺たちの分断を望んでいるのか?」
ルーリクは言う。
ユーディアはまっすぐルーリクを見た。
「ルーリクさんいう秩序は、人に階層を作って押し付けるところから成り立っている。モルガン族が蛮族と呼ばれ、ベルゼラの王子騎士のにさげすんでいいものがいること自体、おかしいんじゃないの?」
「生意気だな」
「よく言われる」
手にした棒をルーリクが振れば。ぶうんと風がうなった。
ユーディアは棒についた雫を払うように振る。
サニジンの合図で最後の勝負が始まる。
同時に、野外の広場は棒を手に闘志むき出しの顔で庶民と貴族が向かいあっていた。
その中にも、このバカげた勝負を始めるきっかけになったサンもいる。
サンは、いままで一度も勝てたことのないクロードを相手に選んでいた。
クロードも見たこともないほど真剣な顔をしている。
ルーリクは今度こそ負けるわけにはいかない。
ユーディアは、棒の真ん中を両手で持つと、くるくると回転させぐるりとからだの後ろへ、そして前へ回す。
腰を落とし胸の前に脇をしめて、横一文字に構えた。
棒の扱いは一日二日のものじゃなかった。
「なんだ、その構えは?」
見たことのない構えである。
重い一撃をルーリクは繰り出す。
ユーディアは両手でしっかり握った棒ではじく。衝撃は手ではなく体で受け止めていた。
女ならば、力では男にかなわないからだ。
ガンガンガンと強烈な音が響いた。
ユーディアは顔を歪めながらも、器用に棒を動かし、受け続けた。
防戦一方なのに、勝負を狙う目をしている。
ユーディアは何かを狙っていた。
ルーリクは勝負を急ぐ。
いい勝負をしたなんて言われたくなかった。
体術で負けたことに言い訳はできないが、もう同じ衝撃を受けることはない。
狙うところは、急所を外した肩。
クッションが付いているとはいえ、肩が外れるかもしれないが、胸がえぐれたり骨折したりすることはないだろう。
狙い済ました突きの一撃。
ユーディアの口元が笑ったような気がした。
待っていたのは、体への突きなのだ。
そう悟った瞬間、ユーディアの胸の前の一文字の棒を掴む狙った側と逆側の手が離れ、持ち直された。
かつてないほど大きく棒は孤を描き、回転力のついた棒に肩に届く前にルーリクの棒ははたき落とされていた。
「勝負あった!三勝したユーディアの勝ち」
抑え込まれたが、逆転できないものでもなかったと思う。
小姓がひた隠しにしていた秘密に触れ、動揺しているうちに10秒が過ぎてしまっただけなのだ。
そのユーディアは、肉にかぶりつきながら、ジャンと軽口をたたいている。
昼食の間に、何人もの庶民の見習い騎士がユーディアを激励していく。
クロードたちと座るルーリクに聞こえるように、「お貴族さまも大したことがないな」そう口にするものもいる。
「お前たちはもっと大したことがないだろ?」
クロードが立ち上がりにらみつけた。
「なら、俺と勝負して大した奴だと証明したらいんじゃないか?」
クロードはラルフたちの挑発に乗ってしまった。
俺も俺もと名乗りがあがる。
体術では自主的なものだったが、次の槍の勝負では、ルーリクと小姓の勝負と並行して貴族対庶民のチーム戦が非公式に行われることになったのである。
とはいえ、槍を使うのは相手を傷つける恐れがあるために、刃の代わりに布を厚く巻き付けた練習用の棒を使うことが決まる。
ルーリクは、身長に合わせ短めの棒を手にしたユーディアを眺めた。
女だと思えば、もう小姓が男装の麗人にしか見えない。
今まで、男だと思い込んでいたのが不思議なぐらいだった。
空は相変わらず重いが、朝からちらりと舞っていた雪は止んでいる。
寒さには強そうだった。
ユーディアが馬を走らせていた草原では雪が降るのだろうかと頭によぎる。
「なんか、気の抜けた顔をしているぞ?お前は2敗しているんだ。今度勝たないと完敗になる。庶民に勢いづかせるな」
「あいつは庶民じゃない。奴隷だろ」
ルーリクの言葉にクロードは肩をすくめた。
「庶民のやつらにとっては、貴族と比べたら庶民も奴隷も同じようなもんなんだろ。小姓の頑張りを自分たちに重ねね、打ち破るべき貴族の代表がここでは美男子のお前なんだ。それで、下っ端が貴族を打ちのめしてもお咎めがないことに味を占めて、あいつら暴走をし始めている。体術だって、ひどいもんだったんだぜ。今までの、上品げにすました顔の下に隠していた庶民の顔丸出しの雑な戦い方をする奴らと、俺たちは勝負したんだ。ひどい有様だった」
「暴走じゃないよ。本気で勝ちたいからがむしゃらに向かっていっただけじゃないの?それでたじろぐぐらいなら、 貴族たちからなる王子騎士は、あんたたちが馬鹿にしている者たちに本気で挑まれたら勝てないということになる」
「ユーディア殿は秩序の混乱、俺たちの分断を望んでいるのか?」
ルーリクは言う。
ユーディアはまっすぐルーリクを見た。
「ルーリクさんいう秩序は、人に階層を作って押し付けるところから成り立っている。モルガン族が蛮族と呼ばれ、ベルゼラの王子騎士のにさげすんでいいものがいること自体、おかしいんじゃないの?」
「生意気だな」
「よく言われる」
手にした棒をルーリクが振れば。ぶうんと風がうなった。
ユーディアは棒についた雫を払うように振る。
サニジンの合図で最後の勝負が始まる。
同時に、野外の広場は棒を手に闘志むき出しの顔で庶民と貴族が向かいあっていた。
その中にも、このバカげた勝負を始めるきっかけになったサンもいる。
サンは、いままで一度も勝てたことのないクロードを相手に選んでいた。
クロードも見たこともないほど真剣な顔をしている。
ルーリクは今度こそ負けるわけにはいかない。
ユーディアは、棒の真ん中を両手で持つと、くるくると回転させぐるりとからだの後ろへ、そして前へ回す。
腰を落とし胸の前に脇をしめて、横一文字に構えた。
棒の扱いは一日二日のものじゃなかった。
「なんだ、その構えは?」
見たことのない構えである。
重い一撃をルーリクは繰り出す。
ユーディアは両手でしっかり握った棒ではじく。衝撃は手ではなく体で受け止めていた。
女ならば、力では男にかなわないからだ。
ガンガンガンと強烈な音が響いた。
ユーディアは顔を歪めながらも、器用に棒を動かし、受け続けた。
防戦一方なのに、勝負を狙う目をしている。
ユーディアは何かを狙っていた。
ルーリクは勝負を急ぐ。
いい勝負をしたなんて言われたくなかった。
体術で負けたことに言い訳はできないが、もう同じ衝撃を受けることはない。
狙うところは、急所を外した肩。
クッションが付いているとはいえ、肩が外れるかもしれないが、胸がえぐれたり骨折したりすることはないだろう。
狙い済ました突きの一撃。
ユーディアの口元が笑ったような気がした。
待っていたのは、体への突きなのだ。
そう悟った瞬間、ユーディアの胸の前の一文字の棒を掴む狙った側と逆側の手が離れ、持ち直された。
かつてないほど大きく棒は孤を描き、回転力のついた棒に肩に届く前にルーリクの棒ははたき落とされていた。
「勝負あった!三勝したユーディアの勝ち」
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