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第8話 勝負
75-2、勝負②
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サンは、この輪に入らず本を手に耳だけ傾けていたサニジンを最後の頼みとする。
「サニジン殿、これではあんまりではないですか。退屈だといって、小姓をいたぶるのはどうかと思います。何とかこの勝負をやめさせないと」
「暇つぶしと気合の入れ直しにちょうどいいでしょう」
たいして興味なさそうにサニジンはさらりと言う。
「ちょうどいいからって、か弱い彼をみんなでいたぶっていいわけがないじゃないですか」
「みんなじゃないでしょう?対戦相手はルーリク殿だけの一対一の勝負ですよ?物事を大げさにとらえたら本質を見誤りますよ」
サニジンは本からサンに目を移す。
といっても細い目はどこを見ているのかわからない。
「それにあなたは見た目や印象に引きずられすぎる。ユーディアは、見た目や印象ほど、か弱いわけじゃないと思いますよ。モルガン族なのですから。そもそもモルガン族って知っていますか?それに勝負をいたぶると表現するのは不適切でしょう。もっと、あなたはいろんなしがらみから自立なさい。そもそもここまできて、あなたは何に縛られているのかわかりますか?もしくは何が足りないのか」
「わかりません。教えてください」
「わたしはわかりましたよ。答えは自分で考えなさい」
これで話は終了というように、サニジンは本を閉じた。
見放されたような気がした。
サニジンが自分を騎士の資質を備えず不適格だとすれば、アルタイ山を一人で下山するのは小姓ではなくて自分かもしれなかった。
自分がとらわれているのは何か、サニジンに言われたことをサンは考えた。
力ある者が弱いものを守るべきだと思っているのに、守れないことなのか。
忍耐強さは美徳だと村では教えられてきたのだが、それが違っているのか。
この勝負はどうしてもルーリクが弱いものをいたぶる構図にしか思えないことなのか。
一晩中考えても答えはでなかった。
勝負の朝は、一睡もできないうちに迎えることになる。
サンは結局、勝負を止められなかったのである。
※
「……いいんですか?」
部屋に戻ろうとしたジプサムはサニジンに呼び止められた。
「いいって何が?」
「モルガン族の二人が急接近していますが」
「もともとああいう感じだった。普通だろう」
ジプサムの返事にサニジンはあきれたようにため息をついた。
「お二人と幼少のころからご友人だということはわかっていますが、今は状況も立場も違います。彼らがあなたの暗殺など共謀するようなことがあれば、懐に抱えてしまったものの裏切りを防ぐのは困難です」
「そんなことなど起こらない」
「最近、彼を夜に部屋に呼んでいないではないですか」
ジプサムは足を止めた。
「それが、関係あるのか?」
二つ向こうの部屋をユーディアは利用する。
それは隣の部屋の鍵が開かないからである。
ここに来てから同室でユーディアと夜を過ごすことはなかった。
星の宮の時は、部屋の中に扉があり、行き来は自由で、ジプサムはユーディアを夜の伽を命じていると思われていた。それをジプサムは積極的に否定したことはないし、美都の時は、ユーディアの色小姓という立場を利用した罠をしかけたのだった。
そもそも、色小姓は周りが騒いでいるだけで、事実ではないのだから。
サニジンは、自分とユーディアが親密な関係ではないことを知っていると思っていたのだが、サニジンも他の者たちが勘違いをしているように勘違いしているのか。
サニジンは大真面目だった。
「おおありです。困難な状況をルーツを同じくする二人が協力して乗り越えることになれば、絆はますます深まります。あなたのユーディアを、元彼に奪われてしまいますよ」
「元、彼……」
そういったとたんに、裸のユーディアがブルースに背後から抱かれている姿が浮かぶ。
ユーディアは喜んで体を開きブルースを受け入れていた。
ジプサムの顔に血が上る。
体中から汗が噴き出した。
動揺を隠すために慌てて口元をふさぐ。
「ブルースは彼ではないと思うが。どちらかというと兄弟だろう。競売の時もそう思われていた」
サニジンは鼻で笑った。
鼻で笑われる上司の立場ってなんなのだ。
サニジンはたまに容赦がないときがある。
「ブルースはそう思っていないかもしれませんよ。あなたの小姓は、あなたに愛されて、このむさくるしい男たちの中で一粒の真珠の宝石のように愛でられる存在になっているとお思いにならないのですか?見た目からいえば、ルーリクやクロードは容貌は整っていますが、ふたりとも支配的で男らしい。組み敷くには不適な感じがします。ジプサムさまも端正な顔立ちですが、同様に組み敷かれる側ではない」
「真珠、愛でられる!?く、組み敷く!?」
「ユーディアは、レグラン王も惑わしていたではないですか。それで王に止められないように早朝に龍都を出立されたのですよね。ファイザー殿は舌なめずりをしながら彼を見ておりましたし、ブルースだけではなく、もしかして見習い騎士の中にも組み敷こうとするものがいるかもしれません。だから、はっきりと小姓を自分の色小姓だと見せつけないといけませんよ。では、忠告しましたから。この話題はここでおわらせていだだきます」
「く、組み敷く……」
ジプサムの思考は追いつかない。
見せつけるってどういうことなのか。
単に、部屋に呼べばいいだけなのか。
ここに来てもう10日。
一度も呼んでいないのに、夜に来いと言ったらユーディアは変な顔をするのではないか。
部屋に呼んでもすることがないではないか。
正直に、ブルースからも、ほかの男たちからも、ユーディアの貞操を守るために呼ぶのだというべきか。
そもそもユーディアに守るべき貞操があるのだろうか。
ユーディアは男を愛せる男なのか。
それとも、女が好きなのか。
モルガン族では、サラサと仲が良かったではないか。
男が愛せる男かどうか、確かめた方がいいのではないか……。
一晩中ジプサムはもんもんと思い悩むうちに、勝負の朝を迎えたのである。
「サニジン殿、これではあんまりではないですか。退屈だといって、小姓をいたぶるのはどうかと思います。何とかこの勝負をやめさせないと」
「暇つぶしと気合の入れ直しにちょうどいいでしょう」
たいして興味なさそうにサニジンはさらりと言う。
「ちょうどいいからって、か弱い彼をみんなでいたぶっていいわけがないじゃないですか」
「みんなじゃないでしょう?対戦相手はルーリク殿だけの一対一の勝負ですよ?物事を大げさにとらえたら本質を見誤りますよ」
サニジンは本からサンに目を移す。
といっても細い目はどこを見ているのかわからない。
「それにあなたは見た目や印象に引きずられすぎる。ユーディアは、見た目や印象ほど、か弱いわけじゃないと思いますよ。モルガン族なのですから。そもそもモルガン族って知っていますか?それに勝負をいたぶると表現するのは不適切でしょう。もっと、あなたはいろんなしがらみから自立なさい。そもそもここまできて、あなたは何に縛られているのかわかりますか?もしくは何が足りないのか」
「わかりません。教えてください」
「わたしはわかりましたよ。答えは自分で考えなさい」
これで話は終了というように、サニジンは本を閉じた。
見放されたような気がした。
サニジンが自分を騎士の資質を備えず不適格だとすれば、アルタイ山を一人で下山するのは小姓ではなくて自分かもしれなかった。
自分がとらわれているのは何か、サニジンに言われたことをサンは考えた。
力ある者が弱いものを守るべきだと思っているのに、守れないことなのか。
忍耐強さは美徳だと村では教えられてきたのだが、それが違っているのか。
この勝負はどうしてもルーリクが弱いものをいたぶる構図にしか思えないことなのか。
一晩中考えても答えはでなかった。
勝負の朝は、一睡もできないうちに迎えることになる。
サンは結局、勝負を止められなかったのである。
※
「……いいんですか?」
部屋に戻ろうとしたジプサムはサニジンに呼び止められた。
「いいって何が?」
「モルガン族の二人が急接近していますが」
「もともとああいう感じだった。普通だろう」
ジプサムの返事にサニジンはあきれたようにため息をついた。
「お二人と幼少のころからご友人だということはわかっていますが、今は状況も立場も違います。彼らがあなたの暗殺など共謀するようなことがあれば、懐に抱えてしまったものの裏切りを防ぐのは困難です」
「そんなことなど起こらない」
「最近、彼を夜に部屋に呼んでいないではないですか」
ジプサムは足を止めた。
「それが、関係あるのか?」
二つ向こうの部屋をユーディアは利用する。
それは隣の部屋の鍵が開かないからである。
ここに来てから同室でユーディアと夜を過ごすことはなかった。
星の宮の時は、部屋の中に扉があり、行き来は自由で、ジプサムはユーディアを夜の伽を命じていると思われていた。それをジプサムは積極的に否定したことはないし、美都の時は、ユーディアの色小姓という立場を利用した罠をしかけたのだった。
そもそも、色小姓は周りが騒いでいるだけで、事実ではないのだから。
サニジンは、自分とユーディアが親密な関係ではないことを知っていると思っていたのだが、サニジンも他の者たちが勘違いをしているように勘違いしているのか。
サニジンは大真面目だった。
「おおありです。困難な状況をルーツを同じくする二人が協力して乗り越えることになれば、絆はますます深まります。あなたのユーディアを、元彼に奪われてしまいますよ」
「元、彼……」
そういったとたんに、裸のユーディアがブルースに背後から抱かれている姿が浮かぶ。
ユーディアは喜んで体を開きブルースを受け入れていた。
ジプサムの顔に血が上る。
体中から汗が噴き出した。
動揺を隠すために慌てて口元をふさぐ。
「ブルースは彼ではないと思うが。どちらかというと兄弟だろう。競売の時もそう思われていた」
サニジンは鼻で笑った。
鼻で笑われる上司の立場ってなんなのだ。
サニジンはたまに容赦がないときがある。
「ブルースはそう思っていないかもしれませんよ。あなたの小姓は、あなたに愛されて、このむさくるしい男たちの中で一粒の真珠の宝石のように愛でられる存在になっているとお思いにならないのですか?見た目からいえば、ルーリクやクロードは容貌は整っていますが、ふたりとも支配的で男らしい。組み敷くには不適な感じがします。ジプサムさまも端正な顔立ちですが、同様に組み敷かれる側ではない」
「真珠、愛でられる!?く、組み敷く!?」
「ユーディアは、レグラン王も惑わしていたではないですか。それで王に止められないように早朝に龍都を出立されたのですよね。ファイザー殿は舌なめずりをしながら彼を見ておりましたし、ブルースだけではなく、もしかして見習い騎士の中にも組み敷こうとするものがいるかもしれません。だから、はっきりと小姓を自分の色小姓だと見せつけないといけませんよ。では、忠告しましたから。この話題はここでおわらせていだだきます」
「く、組み敷く……」
ジプサムの思考は追いつかない。
見せつけるってどういうことなのか。
単に、部屋に呼べばいいだけなのか。
ここに来てもう10日。
一度も呼んでいないのに、夜に来いと言ったらユーディアは変な顔をするのではないか。
部屋に呼んでもすることがないではないか。
正直に、ブルースからも、ほかの男たちからも、ユーディアの貞操を守るために呼ぶのだというべきか。
そもそもユーディアに守るべき貞操があるのだろうか。
ユーディアは男を愛せる男なのか。
それとも、女が好きなのか。
モルガン族では、サラサと仲が良かったではないか。
男が愛せる男かどうか、確かめた方がいいのではないか……。
一晩中ジプサムはもんもんと思い悩むうちに、勝負の朝を迎えたのである。
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