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第8話 勝負
73、退屈
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見習い騎士ちは早朝から訓練を始めている。
離宮の周りの地形を覚えるべく、塀を越えて離宮の周りを走り山の中の小道を駆け上がる。
もどってくると、離宮の広場で体術の取り組みをおこなう。
一息ついてからは武器を扱う。
剣術、クロスボウ、槍。
朝食を終えて、休憩があった後、馬に乗っての訓練が行われる。
午前中の訓練が終われば、食堂で食事をとり、自由時間の後、夕刻の合同訓練、夕食、登山訓練、野外キャンプ訓練など続く。
騎士たちと訓練を共にするジプサムやブルースであったが、ユーディアは訓練に強制されることはない。
サニジンは、体がなまるのを防ぐために騎士たちの横で体を動かしている。
ユーディアは、一日中ジプサムのそばにいる必要もない。朝食時に昼食と夕食の準備を仕込んむジャンを手伝ってからは、サニジンを手伝うことにしている。
サニジンは、在庫の管理に、当然のようにユーディアに数えさせ、筆記させる。
在庫管理の表を作らせ、ジャンとゴメスにこれを使うように説明させる。
見習い騎士たちは基本自分のことは自分ですることになっている。
自分で部屋を掃除し、服を洗い、破れた服を繕い、剣を磨き、馬を手入れする。
順番で、見張りの当番をおこなう。
ジャンはハルビンがいなくなったこの離宮で、食事の準備と片付けが終わった後の時間はすべて、ゴメスの後をついて回っているようである。
冬の間に利用する柴を集めるのを手伝い、実際に薪を割るのは見習い騎士たちが行うことになるのだが、薪を準備する。
「ゴメスは仕掛け罠を仕掛けているんだぜ。ウサギや時に猪、鹿も捕らえられる。ウサギを捌くのをおしえてもらったんだぜ。ゴメスはすごいな、この山のことを知り尽くしている」
肉を焼きながらジャンはユーディアにいう。
すっかり、ジャンはゴメスを師匠と定めたようである。
20年以上もこの山の中で生活しているゴメスからこの冬の間にジャンは学ぶことも多いだろう。
日に日に頬に触れる風は冷たさを増していき、ベランダから見る山肌の色、遠く眼下に広がる草原の色が茶色く枯れていく。深みを増す秋は、同時に冬が訪れる準備をせよと、動物たちを肥えさせる。
ユーディアは、食事の時には必ずとなりに座るブルースと言葉を交わした。
部族では、冬の宿営地に移動し、あたたかな幕舎を組み立てる頃か。
冬の間に自分たちが食する用の羊を屠る。
半分屋根をつけた厩舎を作り、羊を寒さから守る。
糞をひろい集めて、燃料用に積み上げておく。
寒さを防ぐために、幕舎の下に厚く敷くのにも使う。
糞は燃やしても、敷いてもほし草の匂いで、臭いことはない。
むしろ、ほっとする匂いなのだ。
遠くを見るユーディアと違い、ブルースはユーディアを見ていた。
視線を感じて顔を向けると、切れあがった目元が緩んでいる。
「ああ、そうだな。今年の冬は厳しそうだ。干し草をたくさん用意していた方がいいだろうな。遅れて生まれてきた羊の子もいるだろうから、それ用の小さな小屋も作っておく必要があるかもしれないな」
「ブルース、ここの羊をもう見た?真っ黒な毛の子がいて……」
そんなことを話しているユーディアとブルースとの会話に遠慮なく混ざるのはジプサム。
ジプサム王子とサニジンも近くにいることもあり、ジャンも失礼にならないように言葉遣いには気を付けながら、会話に混ざる。
ユーディアとブルースがいるときに、差し迫った必要がない限り見習い騎士たちは遠巻きにする。
よそよそしさにユーディアは気になるが、常にそうであるようにブルースは全く気にした様子はない。
離宮には、小さな図書館、様々な民族の武器も納めた武器庫、女たちも生活していたのではないかと思われる機織り部屋や、当面必要のないものを納めた倉庫、倉庫から出てきたボードゲームなど退屈しのぎになりそうなものはあった。見つけた端から、見習い騎士たちは持っていく。
共同生活を続けるうちに、互いの性格や生まれ育ち、趣味などを知っていく。
極度に緊張していたものは緊張がほどけだした。
終日、見張りをしても、目立た脅威があるわけでもなかった。
世間から隔離された状況で、ここに来るまでに打ち解けていたものたちは、さらに緩んだ。
日が昇る時間も次第に遅くなっていく。
湧水を引いた冷たい水で洗顔を終えたらいに水を汲む。
身支度を整えたユーディアは、ジプサムの部屋にたらいを運ぶ。
王子の部屋の前には騎士が交代で守ることになっている。
今朝はひときわ体の大きなサンが、扉を守っていた。
腕を組んで扉を背にしていたが、横によけて道を開けた。
挨拶をすると、ぼそぼそと返してくる。
髪が油で額に張り付き、目が赤かった。
他の者たちは適当に寝ていたり、体を流す間に誰かに代わりに立ってもらっているようだが、サンは一晩中、扉から離れず一睡もしていなかったようだった。
その割には、誰か持ち場を外れるとき、サンがそのすき間を埋めてやっていることが多いようである。
人がいいのに加えて馬鹿正直なのか。
見習い騎士たちの人間関係は、ユーディアには全く関係がなかった。
見習い騎士たちが春に全員が正式な王子の騎士になろうと、不適格で脱落しようとどうでもいい事柄だった。
ベランダへの窓を開き、空気を入れ替えた。
景色は刻々と変化していく。
蟄居生活は、なにはともあれ、退屈であった。
離宮の周りの地形を覚えるべく、塀を越えて離宮の周りを走り山の中の小道を駆け上がる。
もどってくると、離宮の広場で体術の取り組みをおこなう。
一息ついてからは武器を扱う。
剣術、クロスボウ、槍。
朝食を終えて、休憩があった後、馬に乗っての訓練が行われる。
午前中の訓練が終われば、食堂で食事をとり、自由時間の後、夕刻の合同訓練、夕食、登山訓練、野外キャンプ訓練など続く。
騎士たちと訓練を共にするジプサムやブルースであったが、ユーディアは訓練に強制されることはない。
サニジンは、体がなまるのを防ぐために騎士たちの横で体を動かしている。
ユーディアは、一日中ジプサムのそばにいる必要もない。朝食時に昼食と夕食の準備を仕込んむジャンを手伝ってからは、サニジンを手伝うことにしている。
サニジンは、在庫の管理に、当然のようにユーディアに数えさせ、筆記させる。
在庫管理の表を作らせ、ジャンとゴメスにこれを使うように説明させる。
見習い騎士たちは基本自分のことは自分ですることになっている。
自分で部屋を掃除し、服を洗い、破れた服を繕い、剣を磨き、馬を手入れする。
順番で、見張りの当番をおこなう。
ジャンはハルビンがいなくなったこの離宮で、食事の準備と片付けが終わった後の時間はすべて、ゴメスの後をついて回っているようである。
冬の間に利用する柴を集めるのを手伝い、実際に薪を割るのは見習い騎士たちが行うことになるのだが、薪を準備する。
「ゴメスは仕掛け罠を仕掛けているんだぜ。ウサギや時に猪、鹿も捕らえられる。ウサギを捌くのをおしえてもらったんだぜ。ゴメスはすごいな、この山のことを知り尽くしている」
肉を焼きながらジャンはユーディアにいう。
すっかり、ジャンはゴメスを師匠と定めたようである。
20年以上もこの山の中で生活しているゴメスからこの冬の間にジャンは学ぶことも多いだろう。
日に日に頬に触れる風は冷たさを増していき、ベランダから見る山肌の色、遠く眼下に広がる草原の色が茶色く枯れていく。深みを増す秋は、同時に冬が訪れる準備をせよと、動物たちを肥えさせる。
ユーディアは、食事の時には必ずとなりに座るブルースと言葉を交わした。
部族では、冬の宿営地に移動し、あたたかな幕舎を組み立てる頃か。
冬の間に自分たちが食する用の羊を屠る。
半分屋根をつけた厩舎を作り、羊を寒さから守る。
糞をひろい集めて、燃料用に積み上げておく。
寒さを防ぐために、幕舎の下に厚く敷くのにも使う。
糞は燃やしても、敷いてもほし草の匂いで、臭いことはない。
むしろ、ほっとする匂いなのだ。
遠くを見るユーディアと違い、ブルースはユーディアを見ていた。
視線を感じて顔を向けると、切れあがった目元が緩んでいる。
「ああ、そうだな。今年の冬は厳しそうだ。干し草をたくさん用意していた方がいいだろうな。遅れて生まれてきた羊の子もいるだろうから、それ用の小さな小屋も作っておく必要があるかもしれないな」
「ブルース、ここの羊をもう見た?真っ黒な毛の子がいて……」
そんなことを話しているユーディアとブルースとの会話に遠慮なく混ざるのはジプサム。
ジプサム王子とサニジンも近くにいることもあり、ジャンも失礼にならないように言葉遣いには気を付けながら、会話に混ざる。
ユーディアとブルースがいるときに、差し迫った必要がない限り見習い騎士たちは遠巻きにする。
よそよそしさにユーディアは気になるが、常にそうであるようにブルースは全く気にした様子はない。
離宮には、小さな図書館、様々な民族の武器も納めた武器庫、女たちも生活していたのではないかと思われる機織り部屋や、当面必要のないものを納めた倉庫、倉庫から出てきたボードゲームなど退屈しのぎになりそうなものはあった。見つけた端から、見習い騎士たちは持っていく。
共同生活を続けるうちに、互いの性格や生まれ育ち、趣味などを知っていく。
極度に緊張していたものは緊張がほどけだした。
終日、見張りをしても、目立た脅威があるわけでもなかった。
世間から隔離された状況で、ここに来るまでに打ち解けていたものたちは、さらに緩んだ。
日が昇る時間も次第に遅くなっていく。
湧水を引いた冷たい水で洗顔を終えたらいに水を汲む。
身支度を整えたユーディアは、ジプサムの部屋にたらいを運ぶ。
王子の部屋の前には騎士が交代で守ることになっている。
今朝はひときわ体の大きなサンが、扉を守っていた。
腕を組んで扉を背にしていたが、横によけて道を開けた。
挨拶をすると、ぼそぼそと返してくる。
髪が油で額に張り付き、目が赤かった。
他の者たちは適当に寝ていたり、体を流す間に誰かに代わりに立ってもらっているようだが、サンは一晩中、扉から離れず一睡もしていなかったようだった。
その割には、誰か持ち場を外れるとき、サンがそのすき間を埋めてやっていることが多いようである。
人がいいのに加えて馬鹿正直なのか。
見習い騎士たちの人間関係は、ユーディアには全く関係がなかった。
見習い騎士たちが春に全員が正式な王子の騎士になろうと、不適格で脱落しようとどうでもいい事柄だった。
ベランダへの窓を開き、空気を入れ替えた。
景色は刻々と変化していく。
蟄居生活は、なにはともあれ、退屈であった。
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