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第8話 勝負
72、離宮
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渓谷沿いの街道から、石畳みで舗装されない山道へ入っていく。
荷馬車組と騎馬組に分かれ、騎馬組は道の安全を確認しがてらつづら折りの道を先にゆく。
ユーディアは、騎馬組ではなかったが、荷馬車に揺られるよりも外の景色を堪能したかった。
替えの馬に乗り、ジプサム達と並んで行く。
途中、ヤクで荷物を運ぶ山岳民族とすれ違った。
真っ黒にそめた衣装に赤いサンゴとトルコ石の装飾ベルトをしている。
彼らは頼めば、荷馬車が通れないところもヤクを使って運んでくれるという。
「怪しげな者に不用意に話しかけるな」
そう注意したのは、騎士見習いのルーリク。
彼は、20歳になったばかりだが、サラードの次と目されるリーダー格である。
ユーディアは、それ以上すれ違う者たちと話をすることができなくなった。
少数民族を蛮族とみなす、卑下した言い方にユーディアは何か言い返したいと思う。
だがすぐ後ろのブルースはなんの反応も示さない。
昼すぎに一行は離宮に到着した。
離宮は背の高い杉の原生林を背景にして、背ほどの高さの自然石を積み上げた石で囲われた奥にあった。
先頭を何度か来たことがあるというベッカムが行く。
石垣の途切れ目を行けば、すぐ前に別の石塀が現れる。
それをよけて進めば、また塀が前面を遮る。
迷路のように作られた石垣を越えると、ようやく広場を備えた二階建てのこじんまりとした城にたどり着く。
壁はすべて漆喰で白く塗られ、屋根を支えるすべての柱には、金と赤の花や青と黒で装飾がされた竜が描かれている。
山中に作られた山城とはいえ、王の離宮としてふさわしい美しさを備えていた。
屋根に泊まっていた鳩たちが、突然の訪問者たちに驚き、一斉に羽ばたき馬上の王子一行に影を落とす。
彼らを迎え入れたのは、白髪の老人ゴメス。
アルタイ山の中腹、原生林に囲まれていても20年もの長きにわたり森に侵食されていないのは、ゴメスが日々こつこつと、雑草を抜き、芝を刈り、草花を植え、池の落ち葉をさらい、小道を整え、野生動物を追い払っていたからだ。
予告なしに訪れる離宮の主を迎え入れる準備を、ゴメスは欠かしたことはない。
そのゴメスに訪問者があることを王宮からの伝書鳩が告げたのはずいぶん前のことである。
それから、今日か明日かと待ち続け、1か月もたっていたのだった。
その間に、追加の伝書鳩が、何羽届いたことだろう。
王子一行が到着したら連絡するように。
毎日、必ず報告するように。
ささいなことでも報告するように。
レグラン王は、この忘れられたような離宮の厳しい冬場に息子である王子の蟄居を命じたことが、とても気になるようであった。
出迎えにでたゴメスは、一行を観察する。
どこかちぐはぐな印象を受けた。
彼らが騎士見習いだと聞き、さもあらんと思う。
肩の力が入り、気合が入りすぎているものもいる。
騎士の制服も、よく見れば色と形をそろえただけのものだった。
彼らの主人である王子が、三大貴族のアムリア妃の息子であるために、衣装の不揃いは意外だった。
まだ見習い騎士であるとはいえ、蟄居に連れてきた己の騎士である。
1か月の間に様々な領主が治める土地をめぐってきているはずだった。
己の騎士たちをきらびやかに飾らせ、自分の権威を見せつけることもできたはずだった。
彼等はまるで、友人たちとキャンプにきたような、気の抜けた雰囲気さえも感じる。
ジプサム王子は19歳だったか。
レグラン王が19歳の時には彼の前には左右に跪く者たちで道ができた。
二人の妻を娶り、ゴールデン領の美しき領主の娘の腹にはジプサムがいたのだった。
ジプサム王子が馬を降りると、騎士たちも一斉に降りた。
その中に何人か、あきらかに毛色の違う異質なものが紛れている。
一人は、血の匂いがするような戦士。
何度もレグラン王とともにこの離宮に訪れたこともある男、隻眼のベッカム。
兵士はすぐにわかる。
彼らの目つきや視線の先が、普通の者たちと違うのだ。
彼らは殺すための訓練を受ける。
そこが、王子を守ることを第一にする騎士たちと違うところだった。
兵士の中に、モルガンの男髪の男が混ざっていた。
ベルゼラの王族の騎士や身辺を守らせる兵士に、蛮族が混ざるのが意外であった。
そして、もう一人、異質な存在があった。
馬からぽんと飛び降りた身軽な若者。
彼は、騎士ではない。
薄青の制服の小姓である。
「無事に到着されて何よりです。お待ちしておりました。ジプサム王子、レグラン王によく似ていらっしゃいますね」
「お前がゴメスか。世話になる。よろしく頼む。皆を後で紹介する。ひとまず中を案内してくれ」
ゴメスの挨拶に、王子の男前といえる顔が不快げに歪んだ。
さっそく失言してしまったようである。
ジプサム王子は偉大な父王と比較されるのが苦痛なのか。
王と王子は外見だけでなく、とても良く似ていそうだとゴメスは思う。
小姓の若者は、近くでみると艶のある黒髪に、好奇心できらめく美しい目をしている。
若者を小姓だと思わなければ、こんな籠城に連れてくるぐらいなのだ。
王子の寵愛する娘だと誤解してしまうところだった。
荷馬車組と騎馬組に分かれ、騎馬組は道の安全を確認しがてらつづら折りの道を先にゆく。
ユーディアは、騎馬組ではなかったが、荷馬車に揺られるよりも外の景色を堪能したかった。
替えの馬に乗り、ジプサム達と並んで行く。
途中、ヤクで荷物を運ぶ山岳民族とすれ違った。
真っ黒にそめた衣装に赤いサンゴとトルコ石の装飾ベルトをしている。
彼らは頼めば、荷馬車が通れないところもヤクを使って運んでくれるという。
「怪しげな者に不用意に話しかけるな」
そう注意したのは、騎士見習いのルーリク。
彼は、20歳になったばかりだが、サラードの次と目されるリーダー格である。
ユーディアは、それ以上すれ違う者たちと話をすることができなくなった。
少数民族を蛮族とみなす、卑下した言い方にユーディアは何か言い返したいと思う。
だがすぐ後ろのブルースはなんの反応も示さない。
昼すぎに一行は離宮に到着した。
離宮は背の高い杉の原生林を背景にして、背ほどの高さの自然石を積み上げた石で囲われた奥にあった。
先頭を何度か来たことがあるというベッカムが行く。
石垣の途切れ目を行けば、すぐ前に別の石塀が現れる。
それをよけて進めば、また塀が前面を遮る。
迷路のように作られた石垣を越えると、ようやく広場を備えた二階建てのこじんまりとした城にたどり着く。
壁はすべて漆喰で白く塗られ、屋根を支えるすべての柱には、金と赤の花や青と黒で装飾がされた竜が描かれている。
山中に作られた山城とはいえ、王の離宮としてふさわしい美しさを備えていた。
屋根に泊まっていた鳩たちが、突然の訪問者たちに驚き、一斉に羽ばたき馬上の王子一行に影を落とす。
彼らを迎え入れたのは、白髪の老人ゴメス。
アルタイ山の中腹、原生林に囲まれていても20年もの長きにわたり森に侵食されていないのは、ゴメスが日々こつこつと、雑草を抜き、芝を刈り、草花を植え、池の落ち葉をさらい、小道を整え、野生動物を追い払っていたからだ。
予告なしに訪れる離宮の主を迎え入れる準備を、ゴメスは欠かしたことはない。
そのゴメスに訪問者があることを王宮からの伝書鳩が告げたのはずいぶん前のことである。
それから、今日か明日かと待ち続け、1か月もたっていたのだった。
その間に、追加の伝書鳩が、何羽届いたことだろう。
王子一行が到着したら連絡するように。
毎日、必ず報告するように。
ささいなことでも報告するように。
レグラン王は、この忘れられたような離宮の厳しい冬場に息子である王子の蟄居を命じたことが、とても気になるようであった。
出迎えにでたゴメスは、一行を観察する。
どこかちぐはぐな印象を受けた。
彼らが騎士見習いだと聞き、さもあらんと思う。
肩の力が入り、気合が入りすぎているものもいる。
騎士の制服も、よく見れば色と形をそろえただけのものだった。
彼らの主人である王子が、三大貴族のアムリア妃の息子であるために、衣装の不揃いは意外だった。
まだ見習い騎士であるとはいえ、蟄居に連れてきた己の騎士である。
1か月の間に様々な領主が治める土地をめぐってきているはずだった。
己の騎士たちをきらびやかに飾らせ、自分の権威を見せつけることもできたはずだった。
彼等はまるで、友人たちとキャンプにきたような、気の抜けた雰囲気さえも感じる。
ジプサム王子は19歳だったか。
レグラン王が19歳の時には彼の前には左右に跪く者たちで道ができた。
二人の妻を娶り、ゴールデン領の美しき領主の娘の腹にはジプサムがいたのだった。
ジプサム王子が馬を降りると、騎士たちも一斉に降りた。
その中に何人か、あきらかに毛色の違う異質なものが紛れている。
一人は、血の匂いがするような戦士。
何度もレグラン王とともにこの離宮に訪れたこともある男、隻眼のベッカム。
兵士はすぐにわかる。
彼らの目つきや視線の先が、普通の者たちと違うのだ。
彼らは殺すための訓練を受ける。
そこが、王子を守ることを第一にする騎士たちと違うところだった。
兵士の中に、モルガンの男髪の男が混ざっていた。
ベルゼラの王族の騎士や身辺を守らせる兵士に、蛮族が混ざるのが意外であった。
そして、もう一人、異質な存在があった。
馬からぽんと飛び降りた身軽な若者。
彼は、騎士ではない。
薄青の制服の小姓である。
「無事に到着されて何よりです。お待ちしておりました。ジプサム王子、レグラン王によく似ていらっしゃいますね」
「お前がゴメスか。世話になる。よろしく頼む。皆を後で紹介する。ひとまず中を案内してくれ」
ゴメスの挨拶に、王子の男前といえる顔が不快げに歪んだ。
さっそく失言してしまったようである。
ジプサム王子は偉大な父王と比較されるのが苦痛なのか。
王と王子は外見だけでなく、とても良く似ていそうだとゴメスは思う。
小姓の若者は、近くでみると艶のある黒髪に、好奇心できらめく美しい目をしている。
若者を小姓だと思わなければ、こんな籠城に連れてくるぐらいなのだ。
王子の寵愛する娘だと誤解してしまうところだった。
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