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番外編
秘密2
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美都の町沿いには王都に続く運河が流れる。
いく筋かの渓谷が合流し大河となる。
山の滋養あふれたプランクトンを食す小魚が集まり、その小魚を食べる魚が集まり、よい漁場となる。
鵜飼が小舟に立って漁を行っている平和な景色を、ジプサムは馬を歩ませながら眺めていた。
現状に不満を持つ漁労の民がレグラン王の暗殺未遂を起こしたのはわずか1か月前。
小舟を川べりに上げ、鵜がとらえ吐き出した魚を選別していた女たちがジプサムに気が付いた。
娘の一人が駆け寄るとはにかんだ笑みを浮かべ、ウナギの入ったかごをジプサムに押し付けた。
娘の手には鱗の模様が入れ墨がある。
何か言う前に、娘は素足で駆け戻っていく。
「施すことはあっても、施されることなど今までになかったんだが」
ジプサムの戸惑いにサニジンは神妙にうなずく。
「ジプサムさまが民の心に変化をもたらしているということでしょう。ありがたく受け取るべきです」
サニジンは手を伸ばしてウナギのかごを受け取った。
「禁漁区で狩猟の許可が当日中に下りたのも、里山管理組合が組合に加入していないものが山の幸を収穫することを許したのも、異例のことだそうです。組織は画一的ですが、同時に相手を見ます。ジプサムさまはそれだけ、融通をきかせ恩を売っておいた方がいいと思われる存在になったということですよ」
美都の盗賊事件の解決がもたらしたものである。
こうしたあなたが実力をつけていけば、その変化はさざ波のようにベルゼラ中に広がっていくでしょう、とサニジンはいう。
正直、ジプサムには実感はない。
山道に入った。
進んですぐの、紅葉した落ち葉が厚く重なり緋色の絨毯が敷かれたような小道へと馬を進めた。
小川に出たが、仲間たちの姿はない。
せせらぎの音とともに上流から笑い声が流れてくる。
バーベキューはもう少し川上で場所を定めたようである。
このまま川沿いに遡上することにする。
「……ジプサムさま、朽ちた楠の木がありますね」
流れに横たわり、半ば朽ちて崩れかけている巨大な楠が川べりに横たわっていた。
大きく迂回しがてら幹を観察すると、朽ちた楠は、大小さまざまな昆虫や植物や小動物の住処になっている。
「オレンジ色の傘に黄色と緑の水玉模様、ずんぐりむっくりな姿。あれじゃないか?」
それは朽ちた幹にみっちりと群生していた。
ジプサムは持ち帰って成分を調べるために、収穫することにする。
鼻を寄せるときのこはわずかにえもいえぬ甘い香りがした。
その甘い匂いに蟻もたかり、きのこを崩しては背負って一列になってどこかへ運んでいるようである。
いかにも気持ち悪そうにサニジンがつまむので、「もしかしてキノコが苦手なのか?」と聞くと、「わたしは一見かわいいんだけどよく見れば毒々しいというものが苦手なんです。それと蠢く昆虫が」
サニジンが弱音を吐くのを聞くのははじめてであった。
そして、肉の焼けるおいしそうなにおいが漂ってくる。
煙が目に染みた。
開けた河原で、焚火が燃やされ白煙が上がっている。
小さな簡易なテントが3つほど張られ、くつろいだ騎士たちが火種に群がっていた。
「ジプサムさま、こちらです!」
若い騎士見習いのルーリクが駆け寄り、手綱を引く。
普段見せる顔と違い、満面の笑顔である。
ぐつぐつと鍋が煮込まれているスープと、石焼きスタイルの焼肉が行われていた。
がはがはと大口を開けて笑っているのはベッカム。
隣のサラードの背中をバンバンと叩いている。
騎士たちも肉が焼かれる石を囲み談笑している。
「遅かったじゃないですか!さあ駆け付けに一杯どうぞ!」
酒を渡され、串に刺した肉も手渡された。
「この肉は誰が仕留めたんだ」
「それは、牡鹿です。仕留めたのはルーリクで……」
「肉スープもうまかったですよ!」
湯気が上がるスープも手渡された。
中を見ると肉片が付いた骨が付きだしていた。
ジャンはスープの鍋と石焼きを気ぜわしく往復して、暑さで汗だくである。
サニジンはジャンにウナギを渡しジャンが喜びの声を上げた。
ハルビン料理長がさっそくウナギをさばき串に刺していく。
ジプサムはユーディアを探した。
ユーディアは平な石を台にして朴葉を何枚も広げ、肉と赤い木の実を載せていた。
長い髪を高くまとめ、袖は肘上まで、裾は膝がしらまでまくっている。
ブルースも同じような恰好で、もうそこの水に入って水浴びをしたのだろう。
モルガン族は、川があれば入りたがることを子供のころ共に過ごしたジプサムは知っている。
「……みんな、楽しそうだな、何の話をしているんだ?」
「兄弟の話を」
「恋人の話を」
「騎士試験の話を」
「美都で知り合った女の話を」
ジプサムの何気ない質問に一斉に返事が返ってきた。
ずいぶん打ち解けた内容である。
ジプサムは肉を食べ、スープをすする。
肉汁とシイタケが入っていた。
いく筋かの渓谷が合流し大河となる。
山の滋養あふれたプランクトンを食す小魚が集まり、その小魚を食べる魚が集まり、よい漁場となる。
鵜飼が小舟に立って漁を行っている平和な景色を、ジプサムは馬を歩ませながら眺めていた。
現状に不満を持つ漁労の民がレグラン王の暗殺未遂を起こしたのはわずか1か月前。
小舟を川べりに上げ、鵜がとらえ吐き出した魚を選別していた女たちがジプサムに気が付いた。
娘の一人が駆け寄るとはにかんだ笑みを浮かべ、ウナギの入ったかごをジプサムに押し付けた。
娘の手には鱗の模様が入れ墨がある。
何か言う前に、娘は素足で駆け戻っていく。
「施すことはあっても、施されることなど今までになかったんだが」
ジプサムの戸惑いにサニジンは神妙にうなずく。
「ジプサムさまが民の心に変化をもたらしているということでしょう。ありがたく受け取るべきです」
サニジンは手を伸ばしてウナギのかごを受け取った。
「禁漁区で狩猟の許可が当日中に下りたのも、里山管理組合が組合に加入していないものが山の幸を収穫することを許したのも、異例のことだそうです。組織は画一的ですが、同時に相手を見ます。ジプサムさまはそれだけ、融通をきかせ恩を売っておいた方がいいと思われる存在になったということですよ」
美都の盗賊事件の解決がもたらしたものである。
こうしたあなたが実力をつけていけば、その変化はさざ波のようにベルゼラ中に広がっていくでしょう、とサニジンはいう。
正直、ジプサムには実感はない。
山道に入った。
進んですぐの、紅葉した落ち葉が厚く重なり緋色の絨毯が敷かれたような小道へと馬を進めた。
小川に出たが、仲間たちの姿はない。
せせらぎの音とともに上流から笑い声が流れてくる。
バーベキューはもう少し川上で場所を定めたようである。
このまま川沿いに遡上することにする。
「……ジプサムさま、朽ちた楠の木がありますね」
流れに横たわり、半ば朽ちて崩れかけている巨大な楠が川べりに横たわっていた。
大きく迂回しがてら幹を観察すると、朽ちた楠は、大小さまざまな昆虫や植物や小動物の住処になっている。
「オレンジ色の傘に黄色と緑の水玉模様、ずんぐりむっくりな姿。あれじゃないか?」
それは朽ちた幹にみっちりと群生していた。
ジプサムは持ち帰って成分を調べるために、収穫することにする。
鼻を寄せるときのこはわずかにえもいえぬ甘い香りがした。
その甘い匂いに蟻もたかり、きのこを崩しては背負って一列になってどこかへ運んでいるようである。
いかにも気持ち悪そうにサニジンがつまむので、「もしかしてキノコが苦手なのか?」と聞くと、「わたしは一見かわいいんだけどよく見れば毒々しいというものが苦手なんです。それと蠢く昆虫が」
サニジンが弱音を吐くのを聞くのははじめてであった。
そして、肉の焼けるおいしそうなにおいが漂ってくる。
煙が目に染みた。
開けた河原で、焚火が燃やされ白煙が上がっている。
小さな簡易なテントが3つほど張られ、くつろいだ騎士たちが火種に群がっていた。
「ジプサムさま、こちらです!」
若い騎士見習いのルーリクが駆け寄り、手綱を引く。
普段見せる顔と違い、満面の笑顔である。
ぐつぐつと鍋が煮込まれているスープと、石焼きスタイルの焼肉が行われていた。
がはがはと大口を開けて笑っているのはベッカム。
隣のサラードの背中をバンバンと叩いている。
騎士たちも肉が焼かれる石を囲み談笑している。
「遅かったじゃないですか!さあ駆け付けに一杯どうぞ!」
酒を渡され、串に刺した肉も手渡された。
「この肉は誰が仕留めたんだ」
「それは、牡鹿です。仕留めたのはルーリクで……」
「肉スープもうまかったですよ!」
湯気が上がるスープも手渡された。
中を見ると肉片が付いた骨が付きだしていた。
ジャンはスープの鍋と石焼きを気ぜわしく往復して、暑さで汗だくである。
サニジンはジャンにウナギを渡しジャンが喜びの声を上げた。
ハルビン料理長がさっそくウナギをさばき串に刺していく。
ジプサムはユーディアを探した。
ユーディアは平な石を台にして朴葉を何枚も広げ、肉と赤い木の実を載せていた。
長い髪を高くまとめ、袖は肘上まで、裾は膝がしらまでまくっている。
ブルースも同じような恰好で、もうそこの水に入って水浴びをしたのだろう。
モルガン族は、川があれば入りたがることを子供のころ共に過ごしたジプサムは知っている。
「……みんな、楽しそうだな、何の話をしているんだ?」
「兄弟の話を」
「恋人の話を」
「騎士試験の話を」
「美都で知り合った女の話を」
ジプサムの何気ない質問に一斉に返事が返ってきた。
ずいぶん打ち解けた内容である。
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肉汁とシイタケが入っていた。
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