舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第3部 冬山離宮 第7話 盗賊

70、捕縛

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「もう一度扉を蹴飛ばせ!この中だ!」
 ベッカムの怒声。
 次の衝撃で扉が破損する。
 バリケードの役目の机が床を滑り、ベッカム達が机をまたぎ越し雪崩いる気配。

 同時に窓ガラスが割られ、トルメキア人たちは外に逃れた。
 ユーディアはダルカンに強引に担ぎあげられた。
 窓から外に飛び降りる。
 外は空気が冷えていた。
 松明の燃える匂いと腐葉土の匂い。
 秋の夜長に虫の声。

 だが堪能している間などない。
 地面に落とされないようにダルカンにしがみついた。
 抵抗することなど考えつかない。

 ジプサムは三段階で作戦をとっているはずだ。
 建物内部を制圧し、もしくは保護する。
 武器をもち抵抗する者たちは、中で制圧できなければ外へいぶりだし、そこで捕獲する。
 目的は戦闘ではなく、捕獲。

 そのために手勢を3つに分けているはずだった。
 建物を制圧するためにベッカム隊長。
 建物の外で待つ騎士たち。
 広く網を張り、逃れるものを捕まえるファイザー配下の警察兵たち……。

 ブルースは夜目が効くため外に配置されているはず。
 ジプサムは、サラードなど護衛騎士を左右につけて安全を確保しているはずだ。
 ファイザーに要請して援軍を率いてくるのはサニジン。

「ダルカン、あなたたちのやり方は間違っていた。馬も子を産むには300日は必要でしょう。わたしもブルース、カカやライードも頑張ってる。わたしたちを信じて、だから、もう少し待って……」
「口を閉じろ。舌を噛み切る」

 もうろうとつぶやいていた。
 両足を掴む腕に力が入る。
 体はダルカンの肩でくの字に曲げられ、息が苦しい。
 ユーディアはとうとう意識を手放した。







 待ち構えていたブルースは先頭を走るアッシュの足を狙い、矢を放った。
 その矢はふくらはぎに刺さり、アッシュは転がった。
 すぐ後ろを走っていたモデリアが小さく悲鳴をあげ、アッシュに縋りついた。

 待ち構えていた騎士たちがモデリアやアッシュ、アッシュをかばうように立つトルメキア人たちを包囲する。

 ひとり、肩に荷物を担ぎながらも別の方向へ走り出そうとする者がいる。
 長い黒髪が揺れる。担いでいるのは人。
 ユーディアだとブルースは即座に気が付いた。

「いますぐそいつを放せ!さもないとお前を殺す!」
 ブルースは狙いを定めた。

 威嚇の一矢が足元の地面に突き刺さり、ダルカンはのけぞるようにして止まった。
 再び矢を次ぐ間に、ダルカンはユーディアを地面におろし、両手を上げ、ゆっくりとブルースの方へからだを向けていく。

「俺の顔を忘れたか?ブルース?未来にモルガンを率いる若い二人がベルゼラに残ったことさえ、信じられなかったのに、お前はベルゼラの兵士になっているのか?強弓ではなくその手に敵の武器であるクロスボウを持って?」
「……まさか、ダルカンなのか!?生きて……」

 この緊迫した状況で死んだと思っていた兄と生きて再会できたことの驚きと喜びと、その兄が犯罪組織の一員であることに、ブルースは動揺する。
 ダルカンは冷静にブルースをうかがう。

「お前の許嫁を養い子に奪われてもまだ、お前は敵の国の味方をするのか?」
「俺のユーディアは奪われてなどない。奴隷に強盗をさせ、また交易をおこなう商人を人質にして身代金を請求するような犯罪が許されるとは思わない。復讐のやり方が間違っている」
「はは。ユーディアと同じようなことを言うんだな」

 ダルカンを狙うクロスボウ引く手は、冷静に対応しようとしても押さえきれない動揺に揺れている。
 ダルカンは目で牽制し、じりじりと後ろににじり下がっていく。
 もう少し先に行けば、松明の明かりが届かない森の中に入れる。
 そうすれば、ここから逃走できる可能性が高くなる。

 ダルカンの周囲では、捕縛が始まっていた。
 追い詰めるのは王子の見習い騎士たち。
 彼等はダルカンをブルースに任せ、剣戟が始まっていた。
 誰かの手からはじき飛ばされた剣が、ブルースの目の前の地面に突き刺さる。
 ブルースが驚いた瞬間をダルカンは見逃さない。
 身を翻し、全力で暗闇の森に飛び込んだ。
 ブルースの矢じりの先は、森に駆け込んだダルカンの姿を追うが、すぐに標的を失う。

 兄を捕まえるために夜の森に入るよりも、美都で騒がす強盗事件よりも、ブルースにはもっと大事なことがあった。
 横たわるユーディアに駆け寄った。だき起こしかかえるには、クロスボウは邪魔だった。武器をその場に放棄する。
 すぐに安全な森影に入り己の外套を脱ぎ丸め、頭があがるように枕にして寝かせた。
 乱れた髪を横に流し、顔色を確認し、口元に顔をよせた。
 赤い顔、呼気には酒と金木犀の甘い匂いが混ざる。
 どこも出血しているわけではなさそうだ。

 心臓も呼吸も荒いが生きている。
 安堵したのもつかの間。
 ユーディアの衣服が乱れていることに気が付いた。
 心拍を確認した掌は、柔らかく胸が隆起している。
 普段巻いている晒がない。
 服を脱がされたのだ。
 腹のそこから怒りがうねり上がる。
 ブルースは己の情動が制御不可能なほど激しいものだと知った。



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