舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
上 下
141 / 238
第3部 冬山離宮 第7話 盗賊

67-2、暴露

しおりを挟む
 ユーディアは立ち上がった。
 途中、足が絡みそうになる。金木犀酒の香気が呼気からかおる。
 ふわふわと、いい気持ちだった。
 壁に貼られたアルタイ山と美都と渓谷を挟んだトルメキアの地図を見ると、ユーディアは一点を指す。
 山裾を走る街道から少し入った渓谷が近い、道のない山の中。
 
「ここ。美都から極めて近い。遠くだとメイサと僕に思わせるために、何度も街道を往復していた。アップダウンを繰り返し、方向転換をするときは同じ川音だった。それに、僕が焼死体で見つかり、ジプサムが僕を追うことがないなんてことを報告を受けるには、隠れ里が町から数時間の距離があるとすると、間がなさすぎる。ダルカンだって、昨日の僕がひどく叱責されたことを知っていた。毎日何度もここと町を往復をしている。美都から場所を知ってさえいれば、おそらく30分もかからずたどりつける位置に、この里は存在する」
「すごいな、狼は感覚が鋭い男だが、君もそうなんだな。ますますほしくなった。だけど不用意に外にでないほうがいいのは本当だよ。このあたりは狼が多いからな」
「狼じゃなく、狼犬。ダルカンの猟犬だ。狼と似ているけれど、鳴き声がちょっと違う」
「他に、君がこの里について知っていることを教えてくれ」
「僕が、他に知っていることは、」

 アッシュが尋ねたことに応えようと口が勝手に動く。
 聞いてくれるのがうれしくて、舌が滑らかだ。

「納屋に商人二人が拉致されていること。おそらく街道沿いで事故に見せかけ襲われた。奴隷を確保する手口から見て、商人たちは大っぴらにできないような商売をしている者たち。密輸とか?密貿易とか?取引が禁止されている薬物とか、そういったものを扱っているんだろう。だから、アッシュたちが身代金を要求して解放しても、事件として取り上げられていない。その情報は、虐げられた奴隷たちから、」
「他に何かあるのか?」
「あなたはベルゼラ人ではなく、トルメキア人。渓谷を越えてベルゼラに入りベルゼラの弱点を突いて、美都を手に入れようとしている。その足掛かりがモデリアであり、彼女の赤毛は、この辺境に近いトルメキア人の血が流れている証拠であり、」
「弱点とは」
「弱点は、厳格な身分制度に、戦争や粛清での被害者の救済が手薄。人を人とみなさない売買で手に入れた奴隷に対する人権意識が、特にこの美都では低いところ。奴隷であり女性であることは、最底辺に位置する。モデリアは奴隷の母の元に生まれ、自分の不満とやるせなさを、他人に投影し、過剰に入れ込むところがある。僕を助けようと思ったのも、性的な意味で虐待されているに違いないと思っているから」

 声をあげてアッシュが笑う。
 表情ががらりと変わっている。
 にこやかなリーダーの皮がはがれて、現れでたのは研ぎだされた凶器のような危うさ。

「思っている?実際は違うとでもいうのか?」

「ジプサムはそういう男じゃない。僕をずっと男だと思っているし、彼はディアが好きなんだ。ディアにひかれつつ、ディアに似た僕にディアを重ねている。だから護衛の役だってやれるのに、やらせてもらえず、いつまでたっても小姓のままで、だけど小姓のままでもできることはいろいろある。勉強するのも、この蟄居に連れて行ってもらえるのも、ジプサムに一番近い、古くからの友人だから……」

 先ほど飲んだ金木犀の酒には、口をなめらかにする薬が入っていたことにようやく気が付いた。
 思考を止めようとしても、言葉がつむぎだされていく。
 
「待て、なんだって?」

 アッシュはユーディアを遮った。
 立ち上がり、ユーディアのそばに近づいた。
 ここにいるとは思っていない、珍獣をみるような目で見降ろした。

「脱ぐんだ」
「それは、脱げない。これは、誰にも知られてはいけない秘密だから」
「脱げ」
 
 命令は甘美に響く。
 のろのろとユーディアの手が動く。
 ようやく、ユーディアは自分が何をしようとしているのかを知るが、それでもやめられない。
 金木犀酒には命令をきかせ、秘密を語らせる自白剤が混ぜられていた。





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...