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第3部 冬山離宮 第7話 盗賊
67-2、暴露
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ユーディアは立ち上がった。
途中、足が絡みそうになる。金木犀酒の香気が呼気からかおる。
ふわふわと、いい気持ちだった。
壁に貼られたアルタイ山と美都と渓谷を挟んだトルメキアの地図を見ると、ユーディアは一点を指す。
山裾を走る街道から少し入った渓谷が近い、道のない山の中。
「ここ。美都から極めて近い。遠くだとメイサと僕に思わせるために、何度も街道を往復していた。アップダウンを繰り返し、方向転換をするときは同じ川音だった。それに、僕が焼死体で見つかり、ジプサムが僕を追うことがないなんてことを報告を受けるには、隠れ里が町から数時間の距離があるとすると、間がなさすぎる。ダルカンだって、昨日の僕がひどく叱責されたことを知っていた。毎日何度もここと町を往復をしている。美都から場所を知ってさえいれば、おそらく30分もかからずたどりつける位置に、この里は存在する」
「すごいな、狼は感覚が鋭い男だが、君もそうなんだな。ますますほしくなった。だけど不用意に外にでないほうがいいのは本当だよ。このあたりは狼が多いからな」
「狼じゃなく、狼犬。ダルカンの猟犬だ。狼と似ているけれど、鳴き声がちょっと違う」
「他に、君がこの里について知っていることを教えてくれ」
「僕が、他に知っていることは、」
アッシュが尋ねたことに応えようと口が勝手に動く。
聞いてくれるのがうれしくて、舌が滑らかだ。
「納屋に商人二人が拉致されていること。おそらく街道沿いで事故に見せかけ襲われた。奴隷を確保する手口から見て、商人たちは大っぴらにできないような商売をしている者たち。密輸とか?密貿易とか?取引が禁止されている薬物とか、そういったものを扱っているんだろう。だから、アッシュたちが身代金を要求して解放しても、事件として取り上げられていない。その情報は、虐げられた奴隷たちから、」
「他に何かあるのか?」
「あなたはベルゼラ人ではなく、トルメキア人。渓谷を越えてベルゼラに入りベルゼラの弱点を突いて、美都を手に入れようとしている。その足掛かりがモデリアであり、彼女の赤毛は、この辺境に近いトルメキア人の血が流れている証拠であり、」
「弱点とは」
「弱点は、厳格な身分制度に、戦争や粛清での被害者の救済が手薄。人を人とみなさない売買で手に入れた奴隷に対する人権意識が、特にこの美都では低いところ。奴隷であり女性であることは、最底辺に位置する。モデリアは奴隷の母の元に生まれ、自分の不満とやるせなさを、他人に投影し、過剰に入れ込むところがある。僕を助けようと思ったのも、性的な意味で虐待されているに違いないと思っているから」
声をあげてアッシュが笑う。
表情ががらりと変わっている。
にこやかなリーダーの皮がはがれて、現れでたのは研ぎだされた凶器のような危うさ。
「思っている?実際は違うとでもいうのか?」
「ジプサムはそういう男じゃない。僕をずっと男だと思っているし、彼はディアが好きなんだ。ディアにひかれつつ、ディアに似た僕にディアを重ねている。だから護衛の役だってやれるのに、やらせてもらえず、いつまでたっても小姓のままで、だけど小姓のままでもできることはいろいろある。勉強するのも、この蟄居に連れて行ってもらえるのも、ジプサムに一番近い、古くからの友人だから……」
先ほど飲んだ金木犀の酒には、口をなめらかにする薬が入っていたことにようやく気が付いた。
思考を止めようとしても、言葉がつむぎだされていく。
「待て、なんだって?」
アッシュはユーディアを遮った。
立ち上がり、ユーディアのそばに近づいた。
ここにいるとは思っていない、珍獣をみるような目で見降ろした。
「脱ぐんだ」
「それは、脱げない。これは、誰にも知られてはいけない秘密だから」
「脱げ」
命令は甘美に響く。
のろのろとユーディアの手が動く。
ようやく、ユーディアは自分が何をしようとしているのかを知るが、それでもやめられない。
金木犀酒には命令をきかせ、秘密を語らせる自白剤が混ぜられていた。
途中、足が絡みそうになる。金木犀酒の香気が呼気からかおる。
ふわふわと、いい気持ちだった。
壁に貼られたアルタイ山と美都と渓谷を挟んだトルメキアの地図を見ると、ユーディアは一点を指す。
山裾を走る街道から少し入った渓谷が近い、道のない山の中。
「ここ。美都から極めて近い。遠くだとメイサと僕に思わせるために、何度も街道を往復していた。アップダウンを繰り返し、方向転換をするときは同じ川音だった。それに、僕が焼死体で見つかり、ジプサムが僕を追うことがないなんてことを報告を受けるには、隠れ里が町から数時間の距離があるとすると、間がなさすぎる。ダルカンだって、昨日の僕がひどく叱責されたことを知っていた。毎日何度もここと町を往復をしている。美都から場所を知ってさえいれば、おそらく30分もかからずたどりつける位置に、この里は存在する」
「すごいな、狼は感覚が鋭い男だが、君もそうなんだな。ますますほしくなった。だけど不用意に外にでないほうがいいのは本当だよ。このあたりは狼が多いからな」
「狼じゃなく、狼犬。ダルカンの猟犬だ。狼と似ているけれど、鳴き声がちょっと違う」
「他に、君がこの里について知っていることを教えてくれ」
「僕が、他に知っていることは、」
アッシュが尋ねたことに応えようと口が勝手に動く。
聞いてくれるのがうれしくて、舌が滑らかだ。
「納屋に商人二人が拉致されていること。おそらく街道沿いで事故に見せかけ襲われた。奴隷を確保する手口から見て、商人たちは大っぴらにできないような商売をしている者たち。密輸とか?密貿易とか?取引が禁止されている薬物とか、そういったものを扱っているんだろう。だから、アッシュたちが身代金を要求して解放しても、事件として取り上げられていない。その情報は、虐げられた奴隷たちから、」
「他に何かあるのか?」
「あなたはベルゼラ人ではなく、トルメキア人。渓谷を越えてベルゼラに入りベルゼラの弱点を突いて、美都を手に入れようとしている。その足掛かりがモデリアであり、彼女の赤毛は、この辺境に近いトルメキア人の血が流れている証拠であり、」
「弱点とは」
「弱点は、厳格な身分制度に、戦争や粛清での被害者の救済が手薄。人を人とみなさない売買で手に入れた奴隷に対する人権意識が、特にこの美都では低いところ。奴隷であり女性であることは、最底辺に位置する。モデリアは奴隷の母の元に生まれ、自分の不満とやるせなさを、他人に投影し、過剰に入れ込むところがある。僕を助けようと思ったのも、性的な意味で虐待されているに違いないと思っているから」
声をあげてアッシュが笑う。
表情ががらりと変わっている。
にこやかなリーダーの皮がはがれて、現れでたのは研ぎだされた凶器のような危うさ。
「思っている?実際は違うとでもいうのか?」
「ジプサムはそういう男じゃない。僕をずっと男だと思っているし、彼はディアが好きなんだ。ディアにひかれつつ、ディアに似た僕にディアを重ねている。だから護衛の役だってやれるのに、やらせてもらえず、いつまでたっても小姓のままで、だけど小姓のままでもできることはいろいろある。勉強するのも、この蟄居に連れて行ってもらえるのも、ジプサムに一番近い、古くからの友人だから……」
先ほど飲んだ金木犀の酒には、口をなめらかにする薬が入っていたことにようやく気が付いた。
思考を止めようとしても、言葉がつむぎだされていく。
「待て、なんだって?」
アッシュはユーディアを遮った。
立ち上がり、ユーディアのそばに近づいた。
ここにいるとは思っていない、珍獣をみるような目で見降ろした。
「脱ぐんだ」
「それは、脱げない。これは、誰にも知られてはいけない秘密だから」
「脱げ」
命令は甘美に響く。
のろのろとユーディアの手が動く。
ようやく、ユーディアは自分が何をしようとしているのかを知るが、それでもやめられない。
金木犀酒には命令をきかせ、秘密を語らせる自白剤が混ぜられていた。
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