舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第3部 冬山離宮 第7話 盗賊

67、暴露

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「俺たちは、ベルゼラを内部から崩壊させる。マーシャン領の奴隷たちを反乱させ、しいたげられたものたちの不満を力に変え、しいたげたものたちをねじふせ、本当に、自由になる。俺たちは再び、自由にモルガンの大地を誰に気兼ねすることなく風の吹くままに疾駆する。俺たちは、ふたたび誇りを取戻し愛する女は俺の髪を結い、馬の子を取り上げ、笛を吹き踊り歌を歌い、数えきれないほどの親たちがそうであったように、俺たちも次に続く子供たちにモルガンの大地を譲りわたしたい。そして、その子供たちもまた子供たちに。今は、東のモルガンが、モルガン族の中心なんだ。それを正しく導くのは、東の世継ぎのあんたとブルースではなかったのか」

 強い決意と責めるような口調に、ユーディアの胸は締め付けられた。

「ダルカン、願うことは同じ。僕はベルゼラの王子に生まれついたジプサムに期待しているし、希望を持っている。投げ出したわけではない。今までのやり方と違うやり方で、行くべきなんだ」
「やられたことはやり返す。俺たちは間違っていない。俺はモルガンの掟に従う」
「間違っていないとしても、ベルゼラが力にものをいわせ粛清したのは、モルガンの掟が通用しないからで、互いが立っている土台が違うから。だから僕たちは、相手を学ばなければならない。ベルゼラは強く、巨大だ。だけど、ジプサムも変化しようとしている。だから、こんなことは……」


「かわいそうに、主人の洗脳が解けていないんだな。狼も君も同じ部族の出身だったな」
 感情が高ぶるあまり、扉が開いたことに気が付かなかった。
 どこからアッシュは聞いていたのか。
 アッシュはにこやかな笑みを二人のモルガン人に向ける。
 言い争いを面白げに見ていた。

「せっかくの再会を邪魔して悪いが、新入りの彼と話がしたい」
 ユーディアだけ、アッシュの部屋の中に招き入れられた。

 机には書類、壁には地図。
 壁には数種類の槍と、装飾の廃した実用的な剣。
 クロスボウと鉄器の矢じりを結わえ付けた矢、矢羽根に加工する鷹の風切羽。
 欠けた指では使えない武器の数々。
 アッシュはかつて戦士だった。
 部屋には女の姿はない。部屋の奥に扉がある。
 その奥が寝室なのだろう。

「野暮用ができてしまい、待たせてしまった。君のことを聞かせてほしい。自分たちを滅ぼした相手に捕らえられて奴隷にされてよくされたのを勘違いして相手の肩を持つ、そういう状況はよくある。直前まで君への虐待は続いていたと聞いている。人前で些細なことを罵倒されるなんてつらかっただろう?君は助けられたんだ。この美都から数時間かかる山奥の、街道からも遠く離れた森の中の隠里に、だれも俺たちがいることなんて気が付かない。夕食のときに見た通り、ここにいるのは、ベルゼラではまっとうに生きることを奪われた者たち。情が多少わいたとしても、君もその一人という自覚を持つべきだよ」
「ここではまっとうに生きられるというの?」

 アッシュの赤道色の目は、ユーディアの目線に合わせた。
 その顔に、何度もみてもうなじんだ包み込むような余裕の笑みが浮かぶ。
 倉庫に閉じ込められた商人の存在を知らなければ、笑みを返してしまいそうになる。

「自然に沿った生き方ができる。多少不便なところはあるかもしれないが、必要なものは手に入れるし、適正にしたがってみんなの役に立つことができ、一人の人間として尊重される」
「アッシュは、以前は何を?」
「俺は、兵士だった。指を負傷したために前線に立てなくなった。誇りにしていた職業や役割を失い自暴自棄になった。そういう時に、同じように苦しむ者たちが多いことに気が付いた。俺たちは、もっとできる。そこが出発点。君だって、俺たちと今からスタートする」

 アッシュは椅子に導き座らせる。
 戸棚の中からグラスに黄金色の液体を注ぎ、手渡すと、向かい側に座る。
 掌の中におさまるほど小さなガラスの器である。
 促されるままに口の中に含むと、濃厚な花の香と甘さが広がった。
 頬が熱くなる。
 アルコール度数もかなり高い酒のようだった。
 アッシュは書類をぞんざいにまとめて横によけた。

「山の中ではいろんな酒を漬けられる。金木犀を漬けた酒。甘くしてある。デザートのようだろ」

 ユーディアはうなずいた。
 空になった器に、再び黄金の雫が満たされる。
 悠長に酒をごちそうになっている場合ではなかった。
 刻々と時間が過ぎている。

「聞きたいことがあって。メイサが、思ったよりも少ないと言っていたんだ。あなたたちに助けられた奴隷はもっと多いはずだと。ここにいない人たちはいったいどこへいったの」

 アッシュは肩をすくめた。
 じっと赤銅色の目は、ユーディアに注がれている。

「ここに逃れてきても、憔悴しきって死んでしまったものたちもいる。農作業中に、猛獣に襲われたものたちもいる。不注意で岩場に落ちたものもいる。俺たちの意義を見出せず、逃げ出した者たちもいた。彼らの消息は聞いていないが、この町から馬車で数時間も離れた森の中をさまよい生き残っているとは思えない。ここにいるのが一番安全なんだ。だから君も……」
「それは嘘。ここは町からそんなに離れているわけではない」
 勝手に言葉が滑り出ていた。
「は?なんだって?俺たちの隠れ里はどのあたりだと思うんだ?」

 
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