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第3部 冬山離宮 第7話 盗賊
66-2、狼
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母屋の近くに小屋がいくつかあった。
手入れが行き届いた家畜小屋、農具が詰め込まれた納屋、食料庫。
彼らはここで生活のすべてを完結している。
彼らの建屋のすぐ裏手には納屋があった。
ユーディアは闇の中、ひとつひとつを確認していく。
一つは鍵がかかっていた。
中から物音が聞こえ、壁に耳を押し付けた。
人の、うめき声のようなものだった。
確認しようとぐるりと回って、中をうかがえそうな窓を探す。
その時、母屋から誰かがやってきた。
とっさに暗がりに隠れた。
ランタンで足元を照らしながら男と女がやってきた。
大きな体の男は青い目のジョー。
女はメイサ。
手には食事が乗せたお盆を持っている。
かたかたと止めがたく、食器が音を立てている。
食堂で働いていたメイサらしくなかった。
盆の中身は先ほどユーディアが食べていたものと同じもののようである。
中に入り、がたごと何がが倒れるような騒ぎと男の怒鳴り声と女の悲鳴。
出てきたときには暗がりでもわかるほど、メイサは蒼白になっていた。
さり気なさを装い、暗がりから姿を現してユーディアはメイサに声をかけた。
案の定、肩をこわばらせ、勢いよく振り返る。
メイサの顔に、悪いことを見とがめられたかのような、罪悪感と恐怖が交互によぎる。
「メイサ?中に食事を?この中には誰がいるの?ジョーは?」
「彼らを知っているの。美都にくる商人の二人……。ジョーが無理やり食べさそうとしている。しばらく食べていないらしいから。そして、食事を終えるのを待っている」
「どうして商人が、逃げてきたものばかりの隠れ里に?」
「あたしが知るわけないでしょ!彼らが山道で荷馬車ごと襲撃されて、身代金を要求されているなんて、知らないわよ!」
メイサは顔をこわばらせ、ヒステリックに駆け上がりそうな気持を押さえた。
「隠れ里は、盗賊の隠れ里なのだとしても、あたしは、あたしたちは助けられたのは本当なのだから……」
メイサはいたたまれなくなって、倉庫からでてきたのだ。
とはいえ、明かりがないと戻ることもできない。
だから扉外で、ジョーを待っているのだ。
ユーディアはメイサを置いてその場を離れた。
アッシュと話をして、彼の真意を知りたくなった。
奴隷や死にかけたものが助けられているのは、金品を巻き上げるための、ただの隠れ蓑のなのか。
それに、ユーディアにはもう時間がない。
「あんた、そっちは真っ暗よ」
ユーディアの背中に焦ったメイサの声が聞こえた。
ユーディアは外で涼む者たちの背後にまぎれ、そのまま中に入った。
アッシュと話がしたいと言えば、場所を教えてくれる。
「だけど打ち合わせ中だから、もう少し後にした方がいいんじゃないかしら」
「じゃあ、様子を見て、ダメそうだったら帰ってくるよ」
もちろん、戻るつもりはない。
指定された場所の扉の外には狼がいた。
腕を組み背中を扉に預けている。
頬に刀傷。
ジダンと同じ場所。
彼はモルガン粛清で死んだ。
30人の勇猛果敢な男たちとともに。
彼を見るとモルガンの男を思い出させる。
男髪を失った、誇りを失ったモルガンの男……。
「待て。中で、抜き差しならないことが行われている」
「抜き差しならないって。あとで部屋にこいと言われたのに」
こんな時でも思わず吹き出しかけた。
抜き差しならない関係であるとは、男女が行為を行っているときに、モルガンでは邪魔をしてはいけないよという意味でよく使う。
今夜中にどうしても話がしたかった。
狼と同じように背中を壁にもたせ掛けて待つことにする。
狼は、頭一つはゆうに大きい。
護衛と待ち人との間に沈黙が重くのしかかってきた。
扉の隙間からあえぎ声が漏れ聞こえる。
本当に抜き差しならないことが行われているようである。
ただ待つことの沈黙に耐えられなかったのはユーディア。
時間が無駄に経過していくことの焦りよりも、隣の傷だらけの男のことが気になってしまう。
「……狼はどうしてここに?」
「よりどころがなくなったから。生き延びて、命をつなぐために必死になるうちに、喧嘩の腕をアッシュに買われた」
「それまでは何を?」
「俺のことを見忘れたか。ああ、今は、髪が男ではないからな、わからなくても当然か」
草原で生きるものが使う言い回しを知っている男。
大海原の草原に、狩りに狼の血が混ざった猟犬を使う馬上の男の姿が脳裏に浮かぶ。
黒々としたゆたかな髪を男髪にし、彼に体術で勝てるものはいなかった。
ユーディアは彼のことを知っていた。
どうしてすぐにわからなかったのだろう。
西のモルガン族の、族長ジダンの息子。
ブルースの上の兄。
ユーディアが知る彼は、顔にも手にも傷などなかった。
「ダルカン!生きていたんだ!西の部族は、皆は、僕は……」
ユーディアの目に、不意に無残に命を奪われた30人の勇壮な男たちが横たわる姿が浮かぶ。
「あの一方的な戦争のあと、ブルースとユーディアが逃れられる機会を捨て、捕虜に残ったこともカカたちから聞いた。それで、どうなった?噂では養い子があの戦争の司令官で、お前を自分のものにしているそうじゃないか。男装させたまま、他から目を欺きながら?ブルースからお前を奪い戯れに抱いているのか?美都に行けば、王子の未来の結婚相手が誰になるのかと噂話を聞かないときはない。お前たちを助け出す必要があるのではと思っていた。そんな時、王子一がお前も一緒に美都にやってきた。養い子だったあの男に虐げられている姿をこの目で見た。自力で逃げなかったのは、無能な王子が振りかざす権力と贅沢におぼれていたからか?もう目をさましたか?」
「ジプサムはそんな人じゃ、僕も贅沢におぼれたわけじゃ……」
ユーディアは言葉を飲み込んだ。
手入れが行き届いた家畜小屋、農具が詰め込まれた納屋、食料庫。
彼らはここで生活のすべてを完結している。
彼らの建屋のすぐ裏手には納屋があった。
ユーディアは闇の中、ひとつひとつを確認していく。
一つは鍵がかかっていた。
中から物音が聞こえ、壁に耳を押し付けた。
人の、うめき声のようなものだった。
確認しようとぐるりと回って、中をうかがえそうな窓を探す。
その時、母屋から誰かがやってきた。
とっさに暗がりに隠れた。
ランタンで足元を照らしながら男と女がやってきた。
大きな体の男は青い目のジョー。
女はメイサ。
手には食事が乗せたお盆を持っている。
かたかたと止めがたく、食器が音を立てている。
食堂で働いていたメイサらしくなかった。
盆の中身は先ほどユーディアが食べていたものと同じもののようである。
中に入り、がたごと何がが倒れるような騒ぎと男の怒鳴り声と女の悲鳴。
出てきたときには暗がりでもわかるほど、メイサは蒼白になっていた。
さり気なさを装い、暗がりから姿を現してユーディアはメイサに声をかけた。
案の定、肩をこわばらせ、勢いよく振り返る。
メイサの顔に、悪いことを見とがめられたかのような、罪悪感と恐怖が交互によぎる。
「メイサ?中に食事を?この中には誰がいるの?ジョーは?」
「彼らを知っているの。美都にくる商人の二人……。ジョーが無理やり食べさそうとしている。しばらく食べていないらしいから。そして、食事を終えるのを待っている」
「どうして商人が、逃げてきたものばかりの隠れ里に?」
「あたしが知るわけないでしょ!彼らが山道で荷馬車ごと襲撃されて、身代金を要求されているなんて、知らないわよ!」
メイサは顔をこわばらせ、ヒステリックに駆け上がりそうな気持を押さえた。
「隠れ里は、盗賊の隠れ里なのだとしても、あたしは、あたしたちは助けられたのは本当なのだから……」
メイサはいたたまれなくなって、倉庫からでてきたのだ。
とはいえ、明かりがないと戻ることもできない。
だから扉外で、ジョーを待っているのだ。
ユーディアはメイサを置いてその場を離れた。
アッシュと話をして、彼の真意を知りたくなった。
奴隷や死にかけたものが助けられているのは、金品を巻き上げるための、ただの隠れ蓑のなのか。
それに、ユーディアにはもう時間がない。
「あんた、そっちは真っ暗よ」
ユーディアの背中に焦ったメイサの声が聞こえた。
ユーディアは外で涼む者たちの背後にまぎれ、そのまま中に入った。
アッシュと話がしたいと言えば、場所を教えてくれる。
「だけど打ち合わせ中だから、もう少し後にした方がいいんじゃないかしら」
「じゃあ、様子を見て、ダメそうだったら帰ってくるよ」
もちろん、戻るつもりはない。
指定された場所の扉の外には狼がいた。
腕を組み背中を扉に預けている。
頬に刀傷。
ジダンと同じ場所。
彼はモルガン粛清で死んだ。
30人の勇猛果敢な男たちとともに。
彼を見るとモルガンの男を思い出させる。
男髪を失った、誇りを失ったモルガンの男……。
「待て。中で、抜き差しならないことが行われている」
「抜き差しならないって。あとで部屋にこいと言われたのに」
こんな時でも思わず吹き出しかけた。
抜き差しならない関係であるとは、男女が行為を行っているときに、モルガンでは邪魔をしてはいけないよという意味でよく使う。
今夜中にどうしても話がしたかった。
狼と同じように背中を壁にもたせ掛けて待つことにする。
狼は、頭一つはゆうに大きい。
護衛と待ち人との間に沈黙が重くのしかかってきた。
扉の隙間からあえぎ声が漏れ聞こえる。
本当に抜き差しならないことが行われているようである。
ただ待つことの沈黙に耐えられなかったのはユーディア。
時間が無駄に経過していくことの焦りよりも、隣の傷だらけの男のことが気になってしまう。
「……狼はどうしてここに?」
「よりどころがなくなったから。生き延びて、命をつなぐために必死になるうちに、喧嘩の腕をアッシュに買われた」
「それまでは何を?」
「俺のことを見忘れたか。ああ、今は、髪が男ではないからな、わからなくても当然か」
草原で生きるものが使う言い回しを知っている男。
大海原の草原に、狩りに狼の血が混ざった猟犬を使う馬上の男の姿が脳裏に浮かぶ。
黒々としたゆたかな髪を男髪にし、彼に体術で勝てるものはいなかった。
ユーディアは彼のことを知っていた。
どうしてすぐにわからなかったのだろう。
西のモルガン族の、族長ジダンの息子。
ブルースの上の兄。
ユーディアが知る彼は、顔にも手にも傷などなかった。
「ダルカン!生きていたんだ!西の部族は、皆は、僕は……」
ユーディアの目に、不意に無残に命を奪われた30人の勇壮な男たちが横たわる姿が浮かぶ。
「あの一方的な戦争のあと、ブルースとユーディアが逃れられる機会を捨て、捕虜に残ったこともカカたちから聞いた。それで、どうなった?噂では養い子があの戦争の司令官で、お前を自分のものにしているそうじゃないか。男装させたまま、他から目を欺きながら?ブルースからお前を奪い戯れに抱いているのか?美都に行けば、王子の未来の結婚相手が誰になるのかと噂話を聞かないときはない。お前たちを助け出す必要があるのではと思っていた。そんな時、王子一がお前も一緒に美都にやってきた。養い子だったあの男に虐げられている姿をこの目で見た。自力で逃げなかったのは、無能な王子が振りかざす権力と贅沢におぼれていたからか?もう目をさましたか?」
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ユーディアは言葉を飲み込んだ。
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