舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第3部 冬山離宮 第7話 盗賊

61、本当の目的①

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 波に持ち上げられたかのように、全身がふんわりとゆれた。
 ベッドを整え、ジプサムの帰りを待っているうちに、そのまま寝てしまった。
 揺れたのは、誰かがユーディアの眠るベッドに腰を下ろしたからだ。
 確かめようとしてもまぶたは張り付いて開こうとしなかった。
 見なくても気配でわかる。
 ジプサムである。


「……ジプサム?ごめん、ソファに移動する……」
「いいから。そのまま寝ろよ。二人で寝るにしても十分広いから」
 目をつぶったまま、身体を起こそうとして、肩に手が置かれベッドに沈められる。
 意志を総動員して起きようとしたのにくじかれると、もう二度と身体を動かす気にはなれなかった。

「……このベッドえぐい。上も下も羽毛でふかふかで気持ちよすぎて起きられない」
「そうだな」

 ユーディアはもぞもぞと横によけてジプサムが入り込む空間を開ける。
 そのままシーツの中に身体が滑り込んできた。
 ユーディアは眠い頭で自分がどんな格好だったか思い出そうとする。
 胸は晒で巻いている。
 前合わせの夜着が準備してあったのを着た。
 手に触れたジプサムが身に着けている素材が、同じ洗いざらしの麻布だったので、ジプサムも着替えたのだろう。
 ユーディアにも部屋が準備されていた。
 だが、一人で寝るのは危険な気がした。
 交換しようと領主代行は言った。
 寝ている間に何をしかけられるかわからないような、そんな不信感がある。領主代行は奴隷を人だと思っていないような態度であり、ユーディアが奴隷だと知っているのだ。


「……あいつは嫌いだ」
「俺もだ」
「あいつが治める町に未来はないと思う」
「その通りだな」

 文句も不快な思いも、たいして熟考もせずに吐き出していく。
 ジプサムはすべてを受け入れてくれる。
 未来に対する約束もなにもないのに、ジプサムは大したことも言わないのに、どうしてなのか宥められてしまう。

「ねえ、どうしてこの美都に滞在することにしたの?」
「最後に物資を確保するため。すべてが一度にそろうから」
「それだけじゃないでしょ。別の理由は?」
「ユーディアといろんなベルゼラを一緒に見たかったから。俺の母の町も、母たちと敵対する巨大な穀物地帯のグラント領も、ベルゼラの独立国のような様相をもちはじめたマーシャン領も、ユーディアならなんていうだろうと、常に思っていた。あなたの目にはどんな風に映るんだろうって」

 答えをジプサムは待つ。
「僕も、ベルゼラの社会をいろいろ見せてくれるのに丁度いい機会だからと思ったのだけど。視察以上の目的もあるはず」

「というと?」

 ジプサムが向きを変えたのか、声が顔の側に聞こえる。
 横向きになって、もともと横向きだったユーディアと顔を合わせる形になったのだ。
 ユーディアは、目を閉じたまま、眠い頭を回そうと頑張った。

「初めに足を止めたグラント領は、確かこの五年ほど収穫高が年々減って、国庫に納める税金が減っていたはず」


 生育不良、天候不順、人手不足など、さまざまな理由をつけて、その度に国は特別措置として税金の減額措置を行っている。
 今年は収穫を目前に控えてのジプサム訪問となった。
 田畑を案内してもらった。
 自分の目で、田畑の実り具合を確認した。
 生育は順調で大きな嵐が来ない限り、昨年並みの収穫は期待できると、農作業に従事する者はいった。
 
「昨年並みなら大したことがないんじゃないか?」
 ジプサムが人の好さげなその男に尋ねた。
  あわてたのは、案内に同行していた領主の年配の側近である。
 口を開いたその男の前に、領主の側近はずいと割り込んだ。

「昨年は、たしか収穫しようとした直前に大雨が降り、直前までよい具合に生育していたのですが……」
「そうだわ!昨年は豊作を祝う祭りが各村でそれはそれは盛大に行われたのですわ!集められた娘がなんと100人!その中で一番の豊穣の女神が選ばれるのですけれど、もちろんわたくしも選ばれて、……」
 その場の空気を読めないのは、ジプサムの案内役として横にぴたりとついていた領主の娘。
 会話に割り込んで、意気揚々と自分は豊穣の女神に5年連続なったことを言う。

「100人規模の娘の中からというのは去年が初めてでしたわ。年々、収穫高に合わせて選ばれる娘たちが多くはなってきたのですけれど。でもわたくしの美しさに勝てる娘はいないので……」

 それが決定打となった。
 グランド領は領国を上げて、収穫高をごまかし、収める税金を少なく計上するという不正を行っていたのだった。
 ジプサムとサニジンはごまかした証拠となる書類を確保し、王都から監査官を呼んでグランド領を後にした。
 近いうちに、ごまかした税金の額の倍額をグランド領は制裁金として払わなけばならなくなるだろう。

「なるほど。それはたまたまだったんじゃないか。じゃあ、次のゴールデン領は、ユーディアが深読みするとしたら?」
 ジプサムは言った。

「次のゴールデン領での滞在は、鉱山の精製技術の秘密を手に入れたかったのかもしれない。高度な技術をゴールデン領主一族が手にしているために、他にその技術が伝わることがないし、精製した鉄を手に入れようとすれば、すべて彼らを通さなけらばならない。それでジプサムの母の一族が巨大になったんだ。巨大すぎれば弊害も出てくる。だけど、その技術のことよりも、見習い騎士の意識改革の方にひとまず力点がおかれていたのかも。だって、滞在した10日間に、彼らの顔つきが変わったし、挙措動作も洗練された。ゴールデンの騎士たちに感化され、鍛え上げられたんだと思う。これからジプサムと共に行動する王子騎士、いずれは王騎士になる者たちだから、レグラン王の騎士たちとは違う、もう一つの規範の騎士たちの姿を見せて、彼らなりの騎士像を考えさせようとしたのかも」


「ひとまず騎士を鍛えるため。鉱物の精製精錬技術の普遍化も考え、技術を独占する巨大なゴールデン領の弱体化を考えている?巨大な力は弊害を生むから?ゴールデン領は、自分の出身一族だということをわかっていってるの?じゃあ、マーシャン領で、俺は何をしようとしていると思う?」

 頬に息が触れる。
 ジプサムの体の熱が、触れなくてもユーディアを熱くする。

 では、この美しくも猥雑なマーシャン領では?ジプサムは何を目的にしているのだろうか?
 交易の度に発生する税金の、ごまかしを暴こうとするのか?
 ユーディアは、話しながらだんだんと頭が冴えてきていた。
 相変わらず、まぶたは重いのだが。


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