舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第3部 冬山離宮 第7話 盗賊

57-2、出立

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「必要なものはすべて書き出したか?まだ完成していないのならぐだぐだいってないで始めなさい。今回は、お前の修行でもあるんだ。見習いから兵站でも重宝される料理人になるために、籠城経験は望んでもできるものではないぐらいのまたとないチャンスなんだ。わたしのことは補助だと思って、気合を入れて取り組みなさい……」

 ハルビン料理長の諭すような口調に、ジャンの眠たげだった表情が引き締まり気合が入っていくのを見て、ユーディアも背筋を伸ばして座り直す。

 ジャンにとってはこの冬は、兵站物資を不足なく手配し利用できるようになるための恰好の実地訓練なのだ。
 騎士見習いたちにとっては、一人前の騎士としての自覚を養い、危機に対応し、仲間たちと協力関係を築いていく修練の場になるのだろう。もしかして、不適格の烙印も押されて脱落するものも出てくるのかもしれない。

 トニー隊長から派遣されたブルースにとってはどんな意味があるのだろう?
 ジプサムにとっては?
 そして、ユーディア自身にとっては?

 先頭をいくジプサムの後ろ姿を見た。
 髪を整えず、地味な外套を羽織り履きこなれた革ブーツをはいた姿はとても強国であるベルゼラ王国の第一王子には見えないが、口元は引き締まりまっすぐに前方を見つめる姿には、卑屈さも悲愴さもない。
 新な未来に向かっていく強い決意さえ感じさせるようである。
 それだけ、ジプサムにはこの蟄居に何か期待をしているだ。


 漁港を併設する港に着いた。
 すでに漁港市場は人々の気配でざわついている。
 ユーディアたちは馬車から出ないように指示され、外では船主とサニジンとの交渉が始まった。
 人数があるために貸し切りができないかの交渉である。
 話がまとまり、一行は馬や馬車をおりて船上にあがる。
 民間の船に庶民がするように値段交渉をして値切って乗ることに、失望をかくせない若い騎士たちもいるが、サニジンもジプサムもまったく気にした様子はなかった。

 人数を数える船主は、地味な男たちの一群が意外に体格の整った者たちであることに目をみはる。彼らの中にひときわ眼光するどい隻眼の男、ベッカム隊長が混ざっていることに気がつくと、ようやくこの一行に高貴な者が混ざっていることに気が付いたようである。
 口ひげの船主はレグラン王の姿を探すが見つからない。
 よく似た顔立ちのジプサムを探しあてたのではあるが、船主の顔に失望の色があらわれた。


 ユーディアは出航した船の縁に捕まり、まぶしい朝日の中で遠ざかっていく威容に黒く照り輝く朔月城と小さく見える白亜の星の宮に目を向けていた。
 すぐ隣に風に髪を流して額を見せるジプサムがいる。
 はさむようにサニジンがユーディアの隣にやってきた。
 細い目を糸のようにして港を見ている。

「ああ、ようやくレグラン王が気が付いたようですね」
「レグラン王が気が付いた?」
 意味が分からずに問い返す。
 サニジンは指をさす。
 港から黒衣の男が腕を振り上げ、騒いでいる様子があった。
 かなり焦っているのか、がなり立てた意味をなさない言葉がきれぎれに届いた。
 その身振りで船を止めて引き返させろと言っているのがわかる。

「今朝の早朝に出発することは、ごくわずかな関係者にしか教えておりません。レグラン王が知ると少し面倒なことになりそうでしたから」
「面倒ごとをさけるためなのですか?」
「レグラン王があなたを残せと言ってきたら、連れていきたいという王子との間で今度は修復く不可能なほど、親子関係が険悪になるかもしれません。ですので王には事後報告することにし、あらかじめ想定しえる事態を回避することにしました。ジャンが大きな声で言ったように、早朝の道はすいているというのもありますが、それが一番のわけですよ」
「僕が理由!?」
 ユーディアは唖然とする。
「案外、物事の理由は単純なものですよ」
 サニジンが訳知り顔にいう。
 ベッカムとの会話もジャンとの会話も聞かれていたのだ。
 船主は港が騒いでいますが引き返しますかとジプサムに訊く。
「無視しろ。俺たちに向かって言っているとは限らないだろ」


 ジプサムは王の静止の命令を知らせる黒衣の伝令を完全に無視する。王の命令を聞けば従わざるを得ない。だから、王が発する前に行動する。ジプサムはユーディアを連れていきたいと思っていることを知り、ユーディアは心が浮き立ったのである。
 

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