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番外編
守るべきもの 3、
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朔月城は深夜のFグループの騒ぎに騒然となる。
トニーは廊下にでてきた関係のない者たちを部屋に戻し扉を閉めさせた。
扉の向こうで耳を澄ませているのは気配でわかる。
鋲の音を響かせ、トニーはFグループの部屋にやってきた。
ジャケットは肩にかけただけ。
剣を鞘ごと手でつかんでいるのが武人である。
トニーは報告を受けた時にきいた説明をもう一度ブルースがいる前でシモンにさせ、じっくりと聞く。
「……それでブルースは、わたしが呼び出したと言っているのか?」
「そうです。こいつは浅はかにも隊長の名前をだせば許されると思っています。偽証は規則の10条に反します」
後ろ手にまわされ、膝で背中を、頭を掴まれ床に顔を押し付けられている無様な恰好のブルースを、トニーは眺めた。
いつもは一糸の乱れもない銀髪はやわらかく額にかかっている。
髪を乱しても、軍服を正しく身に着けていなくても、トニー隊長はその場にいるだけで周囲を緊張させる。
ネルソンのナイフの餌食は免れたとはいえ、本当の意味でブルースの危機が去ったわけではない。
トニー隊長の返事ひとつでスパイ容疑で処罰される。
そもそもトニー隊長はブルースを呼び出していないのだ。
トニー隊長の疑問形の問いかけは、ブルースの嘘を証明しているようなものだった。
トニー隊長の口の端がわずかに上がった。
笑っているということを理解するのに、その場にいるブルースを含めた全員が理解するのに数秒要した。
「わたしからも謝っておこう。お前たちに不要な誤解を生じさせたようだ。ブルースのいう通り、どうしても確認したいことがあり部屋に呼んだんだ」
「深夜にですか」
シモンが不信感をあらわにする。
トニーの発言も規則の10条に反しているが、それを突き付けられるオレンジ隊はいない。
隊員たちは互いの顔を見合わせた。
だが、トニー隊長がそういうのならば、そうなのであると疑問を持ってはならない。隊長が白といえば黒いものも白くなる。
ブルースは解放され、トニーが差し出した手により引き起こされた。
「ついでで申し訳ないが、まだ話さなければならないことあることを思い出した。ブルース、もう一度わたしの部屋に来るように」
この状況でブルースは断ることはできなかった。
背中に戸惑うシモンたちの視線を感じる。
そうしてブルースはトニー隊長の私室に深夜に招き入れられたのである。
「いつ、助けを求めてくるかと思ったが、こんな風に助けることになるとは思わなかった」
そういいながら、ブルースは湯桶に湯を張っている。
地熱を利用した温湯を配管で各部屋に通しているところは、ベルゼラ国の目をみはるような文明の中で、ブルースが驚嘆したことのひとつである。
ブルースたちの部屋には小さなシャワーブースしかなかったが、隊長にもなれば部屋に広い浴室を備えつけられた部屋を独占できるようだった。
部屋の大きさも、5人で利用している部屋よりも二倍は広い。
調度は見たこともないほど重厚で精巧な作りである。
部屋の一角には虫よけの紗幕が天井から吊り下げられ、ベッドはシーツが乱れていた。
「脱げ」
「どうして脱がなければならない」
「体の具合を診てあげようかと。日に日にしごきの度合いが目に余るようになっていったから、手当てが必要だろう?医務班の世話にもなっていないようだから」
「目に余るようなら部下をどうして止めない」
「助けは求められない限り与えないことにしている」
「どうしてなのか」
「どうしてって、その方が助けの手が差し伸べられた時にありがたみが増すだろう?」
「卑劣だな」
トニーは笑った。
「それに、お前は弱みを見せれない男だろう。それが、やむにやまれずわたしに弱みを見せてすがりついてくる瞬間というのは、実に爽快というか、気持ちがいいものがある」
ブルースは眉をひそめた。
「性格が悪くないか?」
「性格というよりも性癖だよ。忍耐強く待っていれば、草原の誇り高い男が関係のないわたしの名前をだし、己の嘘を真実だと証明してくれと懇願し、証明してくれるのならばなんでも言うことを聞いてやるとすがりつく。こんなにぞくぞくすることはないだろう?」
「俺はそこまで言った覚えも懇願したわけでもない。察してくれて感謝しているが」
「言わなくても、そういうことだろう?わたしの名前を出したということは、あの状況でわたししか助けられないからだ」
「ただの、俺の所有者だからだ。俺を手に入れるために払った1000ルラ分を俺はあなたに返していない」
「はは。それもそうだな」
湯がたまった。
ブルースはもうもうと湯気を上げる湯桶の中に浸かったことはないが、トニーは笑顔で強要する。
嫌だからといってあと伸ばしにしても結局はいらないといけないのならば、ぐずぐず時間稼ぎをする時間が無駄だった。
ブルースは服を脱ぎ、湯に足先から湯に入った。
「身体をしっかり洗え。匂うぞ」
腕のにおいをかぐが自分ではよくわからない。
髪を一つ一つほどいていき頭皮まで洗うことにする。
湯から上がると、浴室の入り口にはトニーが腕を組んで目を細めてその様子を見ていた。
トニーは廊下にでてきた関係のない者たちを部屋に戻し扉を閉めさせた。
扉の向こうで耳を澄ませているのは気配でわかる。
鋲の音を響かせ、トニーはFグループの部屋にやってきた。
ジャケットは肩にかけただけ。
剣を鞘ごと手でつかんでいるのが武人である。
トニーは報告を受けた時にきいた説明をもう一度ブルースがいる前でシモンにさせ、じっくりと聞く。
「……それでブルースは、わたしが呼び出したと言っているのか?」
「そうです。こいつは浅はかにも隊長の名前をだせば許されると思っています。偽証は規則の10条に反します」
後ろ手にまわされ、膝で背中を、頭を掴まれ床に顔を押し付けられている無様な恰好のブルースを、トニーは眺めた。
いつもは一糸の乱れもない銀髪はやわらかく額にかかっている。
髪を乱しても、軍服を正しく身に着けていなくても、トニー隊長はその場にいるだけで周囲を緊張させる。
ネルソンのナイフの餌食は免れたとはいえ、本当の意味でブルースの危機が去ったわけではない。
トニー隊長の返事ひとつでスパイ容疑で処罰される。
そもそもトニー隊長はブルースを呼び出していないのだ。
トニー隊長の疑問形の問いかけは、ブルースの嘘を証明しているようなものだった。
トニー隊長の口の端がわずかに上がった。
笑っているということを理解するのに、その場にいるブルースを含めた全員が理解するのに数秒要した。
「わたしからも謝っておこう。お前たちに不要な誤解を生じさせたようだ。ブルースのいう通り、どうしても確認したいことがあり部屋に呼んだんだ」
「深夜にですか」
シモンが不信感をあらわにする。
トニーの発言も規則の10条に反しているが、それを突き付けられるオレンジ隊はいない。
隊員たちは互いの顔を見合わせた。
だが、トニー隊長がそういうのならば、そうなのであると疑問を持ってはならない。隊長が白といえば黒いものも白くなる。
ブルースは解放され、トニーが差し出した手により引き起こされた。
「ついでで申し訳ないが、まだ話さなければならないことあることを思い出した。ブルース、もう一度わたしの部屋に来るように」
この状況でブルースは断ることはできなかった。
背中に戸惑うシモンたちの視線を感じる。
そうしてブルースはトニー隊長の私室に深夜に招き入れられたのである。
「いつ、助けを求めてくるかと思ったが、こんな風に助けることになるとは思わなかった」
そういいながら、ブルースは湯桶に湯を張っている。
地熱を利用した温湯を配管で各部屋に通しているところは、ベルゼラ国の目をみはるような文明の中で、ブルースが驚嘆したことのひとつである。
ブルースたちの部屋には小さなシャワーブースしかなかったが、隊長にもなれば部屋に広い浴室を備えつけられた部屋を独占できるようだった。
部屋の大きさも、5人で利用している部屋よりも二倍は広い。
調度は見たこともないほど重厚で精巧な作りである。
部屋の一角には虫よけの紗幕が天井から吊り下げられ、ベッドはシーツが乱れていた。
「脱げ」
「どうして脱がなければならない」
「体の具合を診てあげようかと。日に日にしごきの度合いが目に余るようになっていったから、手当てが必要だろう?医務班の世話にもなっていないようだから」
「目に余るようなら部下をどうして止めない」
「助けは求められない限り与えないことにしている」
「どうしてなのか」
「どうしてって、その方が助けの手が差し伸べられた時にありがたみが増すだろう?」
「卑劣だな」
トニーは笑った。
「それに、お前は弱みを見せれない男だろう。それが、やむにやまれずわたしに弱みを見せてすがりついてくる瞬間というのは、実に爽快というか、気持ちがいいものがある」
ブルースは眉をひそめた。
「性格が悪くないか?」
「性格というよりも性癖だよ。忍耐強く待っていれば、草原の誇り高い男が関係のないわたしの名前をだし、己の嘘を真実だと証明してくれと懇願し、証明してくれるのならばなんでも言うことを聞いてやるとすがりつく。こんなにぞくぞくすることはないだろう?」
「俺はそこまで言った覚えも懇願したわけでもない。察してくれて感謝しているが」
「言わなくても、そういうことだろう?わたしの名前を出したということは、あの状況でわたししか助けられないからだ」
「ただの、俺の所有者だからだ。俺を手に入れるために払った1000ルラ分を俺はあなたに返していない」
「はは。それもそうだな」
湯がたまった。
ブルースはもうもうと湯気を上げる湯桶の中に浸かったことはないが、トニーは笑顔で強要する。
嫌だからといってあと伸ばしにしても結局はいらないといけないのならば、ぐずぐず時間稼ぎをする時間が無駄だった。
ブルースは服を脱ぎ、湯に足先から湯に入った。
「身体をしっかり洗え。匂うぞ」
腕のにおいをかぐが自分ではよくわからない。
髪を一つ一つほどいていき頭皮まで洗うことにする。
湯から上がると、浴室の入り口にはトニーが腕を組んで目を細めてその様子を見ていた。
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