舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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番外編

後宮に咲く花※(アムリア妃とサニジン)2、(番外編その1、完)

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 王妃が喜ぶのなら何でもする娘だった。
 そして、行き過ぎた行動をとった。
 サニジンは、アリサごと、彼女が使っていた女たちを一人残らず処分した。

 新しく星の宮に入る者は、アムリアの息のかからない者たちを選ぶ。
 アムリア妃に行く情報は、サニジンが管理する。
 美しい檻に閉じ込められたアムリア妃は、無数に張り巡らせた糸を操り、ジプサム王子を絡めとろうとする。
 サニジンは、糸をほどきにかかっている。

 ジプサムは己を守る騎士たちを選び始めていた。
 サニジンは彼らをひとりひとり細かに調べ上げ、慎重にアムリア妃の息のかかる者をより分ける。
 
「ジプサムのところに向かわせた娘たちからいい返事を全く聞かないのですけれど、ジプサムにもしかして想い人でもいるのでしょうか」
「さあ、そのような方はいらっしゃらないようですが」
「もしかしてあの、蛮族出身の奴隷の小姓の存在が邪魔をしているのかしら?」
「そうではないと思いますが。ただの奴隷ですし、ジプサムさまにとってはかつてのご友人を助けてやりたいという程度のものでしょうから」


 アムリア妃がじっと憂いを帯びた視線をサニジンに向ける。
 彼女の関心をつなぎとめたくてなんでも洗いざらい話していたのは数年前まで。
 アムリア妃がある程度自分の思い通りになっていると思わせた方が、いろんな意味で平和であった。
 ふっとアムリアは何かを思いついたのか目元を緩ませた。

「あなたは気に入った娘はおりましたか?」
「はい?」
「息子のところによこした娘たちですよ。いずれも家柄のいい躾のいきとどいた娘たちです。あなたも23歳ですね。そろそろ身を固めてもいい頃ですね」
「いえ、わたしは」
「それとも、ジプサムではなくて、あなたがモルガンの奴隷の少年を気に入っているのかしら?霊送りの宴では、後宮の庭に入り込んだ品のないモルガン族の娘が踊ってレグランを誘惑したというし、本当に、モルガン族は殺しても殺しても、殺したりないぐらいですわ」

 アムリア妃がこれ以上ないというほどの笑顔でいう。
 あでやかな美貌と、憎しみが形をつくるその言葉の落差にサニジンはめまいを起こしそうになる。

 若きレグランは政略結婚でアムリア妃と結婚したが、王が愛したのはなんの後ろ盾もないモルガンの娘だった。
 モルガンの娘とアムリア妃が子供を妊娠したのは同時期だったという。
 レグラン王はいろんな慣例を無視し、モルガンの娘を王妃に据えようとした。
 その結果、アムリア妃の逆鱗に触れモルガンの娘は殺されたのだと、当時は誠しやかにささやかれたという。

 現在アムリア妃が後宮の頂点に君臨するが、正王妃の座は空白なままであり続ける。正王妃の座は、亡くなったモルガンの娘にささげられたのだった。

 アムリア妃はレグラン王にとって一番愛される存在ではないという事実が突き付けられた。
 満たされない愛の欠乏感は、彼女は過剰に息子を溺愛することへ向かわせた。
 そして、レグラン王の女関係を統制する。
 彼女の手により闇に葬られた女たちは、両手に余るほどいる。
 どんなに自身が美しくても、愛しても尽くしても、レグラン王はアムリア妃の渇望を満たすことがなかった。
 同時に、後宮の女たちはレグラン王の心を満たすことはないのだ。
 

「……こちらに来なさい、サニジン」
 いわれるままにサニジンは膝をつきながら、アムリア妃が横たわる長椅子ににじり寄る。
 アムリア妃がまとう甘く濃厚な香水には、官能を呼び覚ます媚薬が含まれているという。

「顔を上げなさい」
 サニジンの頬にひんやりした手が触れた。
 指にはきらめく宝石がいくつもはめられている。
 後宮の最奥の最も高貴な女は、7つの時に救児院に慰問に訪れた時に拝顔したときからずっと、サニジンが知る中で最も美しい、妖艶な女でありつづけている。

「サニジンはわたしの息子同様にかわいいと思っているのですよ。必要なものがあったらいいなさい。結婚するのならば、わたしの選んだ娘のなかから選びなさい。彼女たちの後ろ盾は確かですから。次期王の側近となるサニジンの妻となるのです。あなたも望む娘を手に入れられるのですよ。ですが、まだまだ遊びたいと思うのなら……」

「失礼いたします」
 話の途中で頭をさげしずしずと部屋に入ってきた娘がいる。
 ガラスの器に氷菓子を盛ったものをカフェテーブルに置き、お茶の準備を始める。
 先ほど視線をよこした娘だった。
 頬の手がサニジンの顔を娘に向ける。
 視線を感じて娘は真っ赤になった。

「……あの子にしなさい」
「いえ、わたしはそのようなことは」
「とても良い娘です。サニジンが来ることをわたくし以上に楽しみにしているのが可愛くて。妬いてしまうぐらいなのですよ」
 
 ふふふと鈴を鳴らすように無邪気に笑う。
 アムリア妃はサニジンが離れそうなことを感じとり、甘い餌を差し出そうとしているのか。

「まあ、サニジン。もしかしてその沈黙は、ひとりの娘では足りないといいたいのなら……」

 不意に、サニジンはその指輪のはまるたおやかな手で思い切り頬をはたかれたくなった。牡丹の花を刺繍した靴のかかとで、股間を踏みつけて欲しいと思った。
 いきなり掻き立てられた劣情にサニジンは震えた。
 ひんやりとした美しい手から逃れた。
 これ以上とどまるのは危険だった。
 後宮には毒花が咲く。
 最も美しく危険な毒花は、いつまでも咲き誇る牡丹の花。
 口に含めば、もれなく死を賜るのが必定。
 
 サニジンは、そろそろお暇しなければなりませんと退席の非礼を詫びて、足早に牡丹宮を後にした。
 娘が何かを言いながら追いかける気配を感じたが、サニジンは振り切った。
 天地門を通り抜けた。

 自室に戻るまでに何人もの不審げな視線を感じたが、サニジンは何も言わず自室に戻る。
 窓を開き外の空気を循環させ、水を飲んでも身体の熱は収まる様子はなかった。
 サニジンはベッドに身体を投げ出した。
 熱を放出しなければ鎮まりそうもなかった。
 それが、香水のせいだと信じたい自分がいる。
 本当に媚薬が含まれていたのかもしれない。
 媚薬を利用して後宮の侍女と禁断の関係を持たせて、サニジンを縛り付ける策略があったのかもしれない。

 サニジンの欲望は侍女に向かうことはないだろう。
 アムリア妃の手はサニジンを救い上げた。
 持て余した賢さを正しく使うことを教えてくれた。
 サニジンが美しいアムリア妃に恋心を抱くのはすぐだった。
 それからずっと、抱き続けている。
 だが、サニジンの秘めた愛は、口にされることは決してないだろう。
 サニジンが求める愛はアムリア妃は与えてはくれないだろう。
 毒花は、美しい身体を己の毒で、じわりじわりと蝕み始めている。
 サニジンが毒花を口にすることはない。
 ジプサム王子が王座への道を歩むのに、サニジンを必要としているからだ。
 
 媚薬が掻き立てた妄想の中でだけ、アムリア妃の妖艶な肢体はサニジンに絡みつく。
 サニジンはアムリアの身体を開きとろつくその奥へ突き入り、恋心を吐き出すのだ。

後宮に咲く花  完
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