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第6話 ベルゼラの王
47、霊送りの祭り チーム星の宮
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夏にはご先祖さまの御霊が戻ってくるという。
数日間ご先祖さまは家族の元にとどまり楽しく過ごし、最終日に彼らの世界へ送り出すのが霊送りの祭りである。
「ユーディア、知ってる?霊送り(たまおくり)の祭りの最終日、後宮の舞台に外からも楽団や劇団を呼んで、大騒ぎするんだって」
「後宮に入れるのは女だけでしょう?」
「最終日は別なんだ。どこの宮も、智文館の文官だって、朔月城の武官たちだって、特別の出し物を用意していたりするんだ」
ユーディアの座るテーブルにサンドイッチの皿を置くなり、弾丸のように話しだしたのはジャンである。
最近は、ユーディアが遅めの昼食をとるときは断りもなく同席している。
「星の宮も何か出し物を?」
ユーディアは霊送りのイベントを知らなかった。
「星の宮は何も用意していないよ。ジプサムさまも、サニジンさまも特にそういうことに興味があるわけじゃなさそうだろ?舞台にでて、歌をうたったり、手品をしたり、演劇したりしないやつらは、仮装をするだけでいいんだ」
ジャンは、魚フライと野菜をたっぷり挟み込んだサンドイッチを三口で、胃に収めた。
ぺろりと口の端についたソースをなめとった。
ジャンはためらいつつ、思い切って誘う。
「なあ、ユーディア、最終日、俺と一緒に霊送りの祭りに行かないか?普段入れない後宮の庭も解放されるし、めったに拝顔できない後宮の美しい女たちも見れるよ。他国から招いた芸達者な奴らの芸を間近で見られるし、最後の霊送りのクライマックスは、それはそれは幻想的で……」
ジャンは話していると勢いがついていく。
最後は手ぶりを加えて説明しようとした。
「ちょっと待って。そんなことありえないでしょ!」
ユーディアがジャンを遮った。
「んあ?何がどうあり得ないって?」
ジャンはユーディアににらみつけられた。
唇をとがらせ顎にたてジワが寄っている。
「見学だけなんてありえないでしょ。星の宮も何かしようよ!」
ジャンは面食らう。
「はあ?今からか?最終日は10日後だぜ?祭りは5日後から始まるし。個人の飛び入り参加はできるかもしれないが、星の宮でとなると、エントリーしないと。そのまえに、今から声をかけて星の宮のヤツが集まると思うのかよ?みんな通常仕事をしているのに、さらに出し物をやるとなると、負担がかかりすぎる……」
二人のテーブルに、ふっくら顔のハルビン料理長が同席する。
盆を持つ肉付きのよいふくふくの手を見ていると、白パンのようでおいしそうである。
「何盛り上がっているんだ?霊送りの祭りで何かするつもりなのか?楽しそうだな」
「そうでしょ。やっぱり祭りは参加してなんぼのもんでしょ!」
ジャンは、目を輝かせる目の前の、捕虜から奴隷になりジプサム王子の小姓になりあがった若者の迫力に、圧倒されるときがある。
ユーディアがそのような目になったときは、誰も手が付けられなくなることにジャンは気が付いていた。
サニジンも、リリアも、押さえつける多大な労力をかけるよりも、最近はあまり迷惑がかからない範囲で許容することにしているようである。
この小姓は、相手が許容できるかできないかのぎりぎりのところを見極めようとしているのか、そのラインをついてくる。そしてしばしば周囲の度肝を抜くことになる。
厩舎で雌馬が子馬を産んだと聞いたら、乳をもらいに夜中でも飛んでいき、子馬を見る。母馬から乳を分けてもらい、馬乳酒を作ってみんなにふるまう。
酔っぱらった勢いで、馬乳酒が高すぎるから、王城でもつくるべきだと力説したこと。
庭の雑草を刈るのに夏場に駆り出されるのはつらいので、雑草を食べる羊を数頭放したら、勝手に草刈をしてくれると主張したこと。
馬乳酒作りと草刈要員の羊は、ジプサム王子の許可が下りて試しに実施されている。
絶対だめでもないけれど、手放しで歓迎するわけではないのに、今まで通りで問題がないのになんでするんだとの不満を漏らしたヤツがいる。
そいつにハルビン料理長が言ったこと。
あいまいな部分で彼の意見が通るのは、それが王子のお気に入りの証拠なのだそうだ。
悔しければ、お前も王子のお気に入りになるように努力しろ、とのことだ。
ジャンよりも数年前に入り、正規の料理人になっていたそいつは、先月星の宮から朔月城へ移っていった。
「え、今から何か企画してやるつもりかよ?それより、出し物を見学して楽しんだ方がよっぽど……」
きっと、ユーディアは目をくりくりして、面白い反応をするのが目に浮かぶ。
ジャンはそれを間近で一緒に楽しみたい。
ハルビン料理長はふっと目を細めた。
「参加するなら祭りはこの料理部で主導してやりたいなあ。後から文句を言われないように一応女官長、侍女長に声をかけてからだな、断られることを前提にだな。おい、みんな集まれ!星の宮料理部でやるなら何がいい?」
数日間ご先祖さまは家族の元にとどまり楽しく過ごし、最終日に彼らの世界へ送り出すのが霊送りの祭りである。
「ユーディア、知ってる?霊送り(たまおくり)の祭りの最終日、後宮の舞台に外からも楽団や劇団を呼んで、大騒ぎするんだって」
「後宮に入れるのは女だけでしょう?」
「最終日は別なんだ。どこの宮も、智文館の文官だって、朔月城の武官たちだって、特別の出し物を用意していたりするんだ」
ユーディアの座るテーブルにサンドイッチの皿を置くなり、弾丸のように話しだしたのはジャンである。
最近は、ユーディアが遅めの昼食をとるときは断りもなく同席している。
「星の宮も何か出し物を?」
ユーディアは霊送りのイベントを知らなかった。
「星の宮は何も用意していないよ。ジプサムさまも、サニジンさまも特にそういうことに興味があるわけじゃなさそうだろ?舞台にでて、歌をうたったり、手品をしたり、演劇したりしないやつらは、仮装をするだけでいいんだ」
ジャンは、魚フライと野菜をたっぷり挟み込んだサンドイッチを三口で、胃に収めた。
ぺろりと口の端についたソースをなめとった。
ジャンはためらいつつ、思い切って誘う。
「なあ、ユーディア、最終日、俺と一緒に霊送りの祭りに行かないか?普段入れない後宮の庭も解放されるし、めったに拝顔できない後宮の美しい女たちも見れるよ。他国から招いた芸達者な奴らの芸を間近で見られるし、最後の霊送りのクライマックスは、それはそれは幻想的で……」
ジャンは話していると勢いがついていく。
最後は手ぶりを加えて説明しようとした。
「ちょっと待って。そんなことありえないでしょ!」
ユーディアがジャンを遮った。
「んあ?何がどうあり得ないって?」
ジャンはユーディアににらみつけられた。
唇をとがらせ顎にたてジワが寄っている。
「見学だけなんてありえないでしょ。星の宮も何かしようよ!」
ジャンは面食らう。
「はあ?今からか?最終日は10日後だぜ?祭りは5日後から始まるし。個人の飛び入り参加はできるかもしれないが、星の宮でとなると、エントリーしないと。そのまえに、今から声をかけて星の宮のヤツが集まると思うのかよ?みんな通常仕事をしているのに、さらに出し物をやるとなると、負担がかかりすぎる……」
二人のテーブルに、ふっくら顔のハルビン料理長が同席する。
盆を持つ肉付きのよいふくふくの手を見ていると、白パンのようでおいしそうである。
「何盛り上がっているんだ?霊送りの祭りで何かするつもりなのか?楽しそうだな」
「そうでしょ。やっぱり祭りは参加してなんぼのもんでしょ!」
ジャンは、目を輝かせる目の前の、捕虜から奴隷になりジプサム王子の小姓になりあがった若者の迫力に、圧倒されるときがある。
ユーディアがそのような目になったときは、誰も手が付けられなくなることにジャンは気が付いていた。
サニジンも、リリアも、押さえつける多大な労力をかけるよりも、最近はあまり迷惑がかからない範囲で許容することにしているようである。
この小姓は、相手が許容できるかできないかのぎりぎりのところを見極めようとしているのか、そのラインをついてくる。そしてしばしば周囲の度肝を抜くことになる。
厩舎で雌馬が子馬を産んだと聞いたら、乳をもらいに夜中でも飛んでいき、子馬を見る。母馬から乳を分けてもらい、馬乳酒を作ってみんなにふるまう。
酔っぱらった勢いで、馬乳酒が高すぎるから、王城でもつくるべきだと力説したこと。
庭の雑草を刈るのに夏場に駆り出されるのはつらいので、雑草を食べる羊を数頭放したら、勝手に草刈をしてくれると主張したこと。
馬乳酒作りと草刈要員の羊は、ジプサム王子の許可が下りて試しに実施されている。
絶対だめでもないけれど、手放しで歓迎するわけではないのに、今まで通りで問題がないのになんでするんだとの不満を漏らしたヤツがいる。
そいつにハルビン料理長が言ったこと。
あいまいな部分で彼の意見が通るのは、それが王子のお気に入りの証拠なのだそうだ。
悔しければ、お前も王子のお気に入りになるように努力しろ、とのことだ。
ジャンよりも数年前に入り、正規の料理人になっていたそいつは、先月星の宮から朔月城へ移っていった。
「え、今から何か企画してやるつもりかよ?それより、出し物を見学して楽しんだ方がよっぽど……」
きっと、ユーディアは目をくりくりして、面白い反応をするのが目に浮かぶ。
ジャンはそれを間近で一緒に楽しみたい。
ハルビン料理長はふっと目を細めた。
「参加するなら祭りはこの料理部で主導してやりたいなあ。後から文句を言われないように一応女官長、侍女長に声をかけてからだな、断られることを前提にだな。おい、みんな集まれ!星の宮料理部でやるなら何がいい?」
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