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第6話 ベルゼラの王
46-2、踊りの指南
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翌日、舞台にはランタンが二つ置かれていた。
レギーは笑顔で迎えてくれる。
ユーディアは竜神の、創世の女神の神々しさを思い描きながら踊る。
昨日と違い、楽しいだけではない、厳粛な舞になったのではないかと思う。
レギーがおどってみせなかった部分には手本がないので自分で解釈しなければならない。
後半の人間の男と出会うところは、楽しく?それとも誘惑するように?
「おい、ちょっと待て。一体、それはどんな解釈なんだ?」
ユーディアは身体をくねらせるのをやめた。
「初めて見た人間の男を誘惑するのよ」
「誘惑だって!?」
目を見開きユーディアを見ると、レギーは腹を抱えて笑った。
ユーディアは憤慨する。
毎回、この庭師には憤慨しているような気がする。
だけど、憎めない。
「あははは。君は恋をしたことがないのか?まるで子供がボウフラの恋のダンスのまねごとでもしているのかと」
「ボウフラですって!?ベッカムでさえ、そんなひどい言い方をしなかったのに……」
「隻眼のベッカム?知り合いなのか?」
レギーは舞台のユーディアに大股で近づくと手を差し伸べた。
つい、その手を取ってしまう。ぐいっと引き寄せられ腰を押し付けられた。
「し、知り合いっていうほどのものじゃないわよ」
「そうだな。ベッカムの知り合いならばもっと、妖艶に、あでやかに踊れるはず。君は恋を知れば、もっと踊れる。喜びも切なさも悲しみも愛も、俺が全て教えてやろうか?」
闇より深い黒い目の奥には、ちろりちろりと欲望の焔が見える。
だが、男はその身の内に燃える熱源に支配されるのではなく、支配できる自制力を持っていた。
最後のところでユーディアを何者であるか、男は図りかねていた。ユーディアを捕らえ、秘密の全てを暴こうとしていた。
ユーディアは、肉食の獣に魅入られた生まれたての子羊のように感じた。
牙が突き立てられ絶命するまでの間、食われるものは恐怖にたえられず、脳内に麻薬物質が溢れだす。そして、快楽さえ感じるという。
「年はいくつだ?」
「17」
「若いが、若すぎるということはない。君が表にでてこないのは、俺の眼から巧妙に隠されているからだろうか?」
隠すわけがわからない。
「あなたは?」
「38」
「ベッカムと同じぐらい?」
「またベッカムか。あいつより二つ上だよ。ったく、俺を宦官扱いしたり、おっさん扱いをしたいようだな」
レギーはユーディアの頬に唇を寄せようとする。
男の身体が密着し、ユーディアは慌てて腕を突っ張り距離をとった。
完全には突き放せない。
ユーディアは男の腕の、振りほどけない鎖のなかにいる。
不意に、ユーディアは自分が危うい状況だと悟った。
助けを呼ぼうにも、ここにはふたりの他には誰もいないのだ。
「後宮の女と密通した男は処刑されるのでしょう?」
「君が黙っていればわからないよ」
「これ以上、近づいたらわたしも黙っていないわ。上司にいいつけるから。だから、離して?」
「そうしたら、君も俺と同罪で処刑される。そんなの嫌だろう?何も、大したことはない。ただのキスだ。君の踊りが変わる」
ユーディアの頬に手が添えられた。
熱く大きな手だった。
親指が唇をなぞった。
視線がユーディアの唇に落ちる。
その目を知っているとユーディアは思った。
誰かに似ているような気がする。
そう思ったのは二度目だった。
必死でその糸を手繰り寄せ、続いているのが、誰かを探ろうとするが、唇が重なり、唇が開かれ何も考えられなくなる。
レギーは崩れそうになるユーディアの腰を自分の腰に押し付けた。
薄いのにやわらかな唇が、ユーディアの首すじをたどる。彼に体も心も任せたい気持ちに体の芯がぐにゃりとゆるみ、その広い胸に全てをゆだねそうになる。
ユーディアは必死に男の腕を逃れた。
「待って、君……」
レギーの腕がユーディアに伸びたが、空を切る。
ユーディアは男に自分の名前も教えていない。教えなくて良かったと思う。もし、名前をささやかれていたら、ふりきれなかったかもしれなかった。
「キスするならもう、ここにこないから!」
「キス程度で、本当に子供だな」
髪をかき揚げ、呆れた顔をされる。
キスごときとは心外だった。キスだけではとどまりそうになかった。全てを奪われそうになったのだ。
ユーディアがジプサムの小姓ではなく本当に後宮の下働きだったら、流されていたかもしれなかった。それほど、レギーは魅力的な男だった。
「戯れのキスなんて、わたしはしない。レギーが思うほど、キスは軽くないわ!」
ユーディアは逃げ出した。
涙がにじむほど悔しかった。
もう二度と、後宮に忍び込まないと決意したのだった。
レギーは笑顔で迎えてくれる。
ユーディアは竜神の、創世の女神の神々しさを思い描きながら踊る。
昨日と違い、楽しいだけではない、厳粛な舞になったのではないかと思う。
レギーがおどってみせなかった部分には手本がないので自分で解釈しなければならない。
後半の人間の男と出会うところは、楽しく?それとも誘惑するように?
「おい、ちょっと待て。一体、それはどんな解釈なんだ?」
ユーディアは身体をくねらせるのをやめた。
「初めて見た人間の男を誘惑するのよ」
「誘惑だって!?」
目を見開きユーディアを見ると、レギーは腹を抱えて笑った。
ユーディアは憤慨する。
毎回、この庭師には憤慨しているような気がする。
だけど、憎めない。
「あははは。君は恋をしたことがないのか?まるで子供がボウフラの恋のダンスのまねごとでもしているのかと」
「ボウフラですって!?ベッカムでさえ、そんなひどい言い方をしなかったのに……」
「隻眼のベッカム?知り合いなのか?」
レギーは舞台のユーディアに大股で近づくと手を差し伸べた。
つい、その手を取ってしまう。ぐいっと引き寄せられ腰を押し付けられた。
「し、知り合いっていうほどのものじゃないわよ」
「そうだな。ベッカムの知り合いならばもっと、妖艶に、あでやかに踊れるはず。君は恋を知れば、もっと踊れる。喜びも切なさも悲しみも愛も、俺が全て教えてやろうか?」
闇より深い黒い目の奥には、ちろりちろりと欲望の焔が見える。
だが、男はその身の内に燃える熱源に支配されるのではなく、支配できる自制力を持っていた。
最後のところでユーディアを何者であるか、男は図りかねていた。ユーディアを捕らえ、秘密の全てを暴こうとしていた。
ユーディアは、肉食の獣に魅入られた生まれたての子羊のように感じた。
牙が突き立てられ絶命するまでの間、食われるものは恐怖にたえられず、脳内に麻薬物質が溢れだす。そして、快楽さえ感じるという。
「年はいくつだ?」
「17」
「若いが、若すぎるということはない。君が表にでてこないのは、俺の眼から巧妙に隠されているからだろうか?」
隠すわけがわからない。
「あなたは?」
「38」
「ベッカムと同じぐらい?」
「またベッカムか。あいつより二つ上だよ。ったく、俺を宦官扱いしたり、おっさん扱いをしたいようだな」
レギーはユーディアの頬に唇を寄せようとする。
男の身体が密着し、ユーディアは慌てて腕を突っ張り距離をとった。
完全には突き放せない。
ユーディアは男の腕の、振りほどけない鎖のなかにいる。
不意に、ユーディアは自分が危うい状況だと悟った。
助けを呼ぼうにも、ここにはふたりの他には誰もいないのだ。
「後宮の女と密通した男は処刑されるのでしょう?」
「君が黙っていればわからないよ」
「これ以上、近づいたらわたしも黙っていないわ。上司にいいつけるから。だから、離して?」
「そうしたら、君も俺と同罪で処刑される。そんなの嫌だろう?何も、大したことはない。ただのキスだ。君の踊りが変わる」
ユーディアの頬に手が添えられた。
熱く大きな手だった。
親指が唇をなぞった。
視線がユーディアの唇に落ちる。
その目を知っているとユーディアは思った。
誰かに似ているような気がする。
そう思ったのは二度目だった。
必死でその糸を手繰り寄せ、続いているのが、誰かを探ろうとするが、唇が重なり、唇が開かれ何も考えられなくなる。
レギーは崩れそうになるユーディアの腰を自分の腰に押し付けた。
薄いのにやわらかな唇が、ユーディアの首すじをたどる。彼に体も心も任せたい気持ちに体の芯がぐにゃりとゆるみ、その広い胸に全てをゆだねそうになる。
ユーディアは必死に男の腕を逃れた。
「待って、君……」
レギーの腕がユーディアに伸びたが、空を切る。
ユーディアは男に自分の名前も教えていない。教えなくて良かったと思う。もし、名前をささやかれていたら、ふりきれなかったかもしれなかった。
「キスするならもう、ここにこないから!」
「キス程度で、本当に子供だな」
髪をかき揚げ、呆れた顔をされる。
キスごときとは心外だった。キスだけではとどまりそうになかった。全てを奪われそうになったのだ。
ユーディアがジプサムの小姓ではなく本当に後宮の下働きだったら、流されていたかもしれなかった。それほど、レギーは魅力的な男だった。
「戯れのキスなんて、わたしはしない。レギーが思うほど、キスは軽くないわ!」
ユーディアは逃げ出した。
涙がにじむほど悔しかった。
もう二度と、後宮に忍び込まないと決意したのだった。
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