舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第6話 ベルゼラの王

45-2、夜の気晴らし②

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 草原に雨が降る。 
 雷鳴とともに大地に落とされた竜神の娘。
 千々に輝く鱗と記憶を失った。
 娘は風の音を聴く。
 音に合わせて体を動かせば、世界は生き生きと輝きだす。
 竜神の娘が大地を飛んで踏みしめる一足ごとに、ありとあらゆる植物が生まれた。
 手をゆらめかせるごとに、大空を渡る羽をもつ鳥やさまざまな羽色を持つ昆虫が生まれた。
 片足でくるくると回転するごとに、大小さまざまな四つ足の動物が生まれ、白や黒や黄色の肌をもった裸の二つ足の動物が生まれた。

 娘は喜びの歌を風にのせて歌う。
 生み出した鳥や動物、昆虫、植物で深く豊かになった草原を、風の友人の馬とともに駆けていく。
 娘は大地の主となりやりたいとさえ思えば不可能なことはなく、限りなく自由だった。
 
 新年の始まりの踊りは、大地に落とされた竜神の娘の、世界に命を生み出す喜びの踊りである。
 

 ユーディアの身体は意識せずとも動いた。
 途中でユーディアの踊りに合流した笛の音の旋律が、ユーディアの動きに情緒を加える。
 動きはしだいになめらかに、あでやかに、つややかに、華やかになっていく。
 超絶技巧を要する複雑なステップも、こまやかで複雑な手指の動物のサインも一つも落とすことはない。
 ユーディアは、モルガン族のみんなが側にいるような気持ちになる。
 だけど、にぎやかな踊りのはずが、どこかもの悲しい。
 それは横笛の旋律に、心を締め付けるような哀を帯びているからか。
 
 曲が終わる。
 拍手喝采で迎えられるはずが、しんとした夕刻の闇が舞台のユーディアに向かってきただけ。

 レギーは横笛を口に、視線はユーディアから離れない。

「……こんなに悲しい楽奏は初めてだわ。哀なのか愛なのか」
 ユーディアは肩で息を継いだ。
 動きを止めれば額から背中から汗が噴き出してくる。

「寂しく聞こえたのなら申し訳ない。この笛だと楽しい雰囲気が出せなかった」
「モルガン族を知っているの?この曲を知っているの」
「ああ。踊りももちろん知っている。モルガン族は風のようだ。草原の風は、両手でも捕まえることはできない」
「片手に一人ずつ捕まえたらいいと言っていた同じ人の言葉とは思えないわ」
「あはは。そうだな」

 そういうレギーの目には悲しみを凝縮させた闇があった。
 男の悲しみが、ユーディアに流れ込み、思いがけなく強く心をゆさぶった。
 この倍ほど年上の男を、ユーディアは慰めてあげたいと思った。
 この腕で抱きしめれば、かれの心の痛みは和らぐのだろうか。
 おずおずとその頬に触れようと差し伸ばした手を、男は頬に触れる前につかんだ。
 その拒絶と、力強さに、ユーディアは心臓をわしづかまれたかのように思った。

「あなたは誰かを、もしかして……」
 この庭師はモルガン族に関係する大事な人を失ったのではないかと直感する。
 彼の、恋人なのか、友人なのか。
 恋がかなわなかったのか。

 だがレギーは、倍ほど年の差のある娘に同情されるつもりは全くなかった。
 何度か瞬くと、いつもの穏やかな表情に戻っていく。
 ふたたびユーディアを見つめた時には、いたずら気な光をその目に宿らせた。

「君の踊りは、それにしても全くなっていないな。俺が知るモルガンの踊りとはまったく違って見えるのは、踊り手として若くて未熟すぎるからか。申し訳ないが、モルガンの踊りとしてはお子さま並みの、最低の部類で残念だな」
「は、はあ?わたしの踊りが子供の踊りですって!?そんなはずないでしょう。わたしがどんなに練習したと思っているのよ。一体、あんたが何を知っているっていうの」

 ユーディアは憤慨する。
 これ以上ないほどの酷評は、世界を旅してきた庭師に抱いた同情心を、木っ端みじんに吹き飛ばしたのである。



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