舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第6話 ベルゼラの王

42、庭師

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 連日うだるような暑さが続く。
 外にでると、もあっと熱気が立ち上り、身体にからみつく。
 山河に囲まれた盆地のベルゼラは湿度が高い。

 庭の木陰に入ると温度は下がるが、木陰に入るまでに日差しを遮るもののない灼熱地帯を通過しなければならない。
 暑さもピークを迎える昼下がりの時間帯に外出する酔狂なものは、ユーディアの他に誰もいなかった。
 セミの鳴く声も、朝方と比べ心なしか勢いを欠いているようである。
 草原のモルガン族もそうであったが、ベルゼラ人も同じで、どこかで昼寝でもしながら涼んでいるのが、一番有意義な時間の過ごし方である。


 ユーディアにはしたいことがあった。
 冷たい泉の中へ飛び込むのだ。
 ベルゼラの王宮にきてすぐのころ、服の洗濯を兼ねて飛び込んだ、岸辺によって雰囲気を変える、あの歪な形の泉は、絶好の水浴び場所である。
 人目を避けるために、星の宮側ではなく馬場側からいく。
 ブルースは誘えなかった。
 毎日のように図書館で顔を合わせて共に勉強することができても、二人だけで勝手に行動することはできなかった。
 ブルースはトニーに対して絶対服従を示している。
 無駄口をたたかず、頭脳明晰で行動も自制が効いているブルースは、他人から信用される。
 ブルースがここでは眉をひそめられる男髪を貫けるのも、トニーはブルースが自分を裏切ることはないと確信しているからだ。
 そのブルースは、トニーの用事で今日は図書館にはいなかった。


 ユーディアは樹勢が増した木々の小道を抜け、きらきら陽光を反射する泉を前にした。
 ごつごつした岩の泉の淵につくと四囲に目を走らせた。
 誰もいないことを確認する。
 ひときわ大きな岩の影にががみ、薄青の制服を脱ぐ。胸を押さえるものもすべて外して全裸になった。
 脱いだ服は、岩のくぼみに押し込んだ。
 足先を泉につけて水の冷たさを堪能すると、すべり入る。
 服を隠したところの穴にあらかじめ用意しておいた包みを引き出し頭にのせる。
 そのまま片手で包みを押さえ、泉の中を静かに平泳ぎをする。

 誰かがどこかで泉の水面を滑る布を見ても、水鳥か何かだと思い気にも留めないだろう。
 泳いで中ほどまで行けば、岸辺だと想定されたところには柳の枝が水面に垂れていた。   
 泉はひょうたん形と思っていたが、実際はもっと複雑な構造をしている。
 滝の岩の手前で、柳枝が目隠しになってその奥へと続く隠し水路がある。

 柳の通路は、開けたところへとユーディアを導いていく。
 泉は次第に浅くなる。
 彩度明度が明るくなり、淡い水色に色を変えていく。
 水底には白い玉石が一面に敷きつめられていた。
 泉は枝ぶりの良い木々が泉の上に覆いかぶさり、木洩れ日がまだらに水面をきらめかせていた。
 直射日光が当たらない秘密の泉のこの一角は、水温がずいぶん低い。
 とても気持ちがいい。
 岸へは階段状になっていて、星の宮や馬場からのような鑑賞するための泉ではなく、入るための泉だと思う。
 そのため、腰までの深さしかなかった。

 ユーディアは人影がないか用心する。
 入るための泉なら、誰かがいるかもしれなかったからだ。
 こちら側にも誰もいなかった。
 ここは後宮の敷地内である。
 後宮へは出入りが厳格に管理されていたが、実は泉でつながっている。
 後宮には、レグラン王の妃と媛と幼い子供たち、彼女たちに仕える女官たちと、彼女たちの世話をする、特別な男たちがいるという。
 ジプサムの母のアムリア妃も後宮の敷地内に宮を持っているという。

 ここにきたのは女しかいない後宮の庭なら、ユーディアは久々に、完全に女に戻れるのではないかと思ったのだった。
 見つかったとしても、なんとかごまかせそうだった。
 汗だくのなか、晒を巻き続けるのはつらかった。
 一度思い立ったってしまったら、止めるのはよほどのことがない限りユーディアには難しい。
 特に、してはいけないことや、誰も思いつかなかったことなどは、ついやりたくなるのだ。


 頭にのせていた包みを水面へ張り出した枝に引っ掛け、ユーディアは水に潜った。
 水底の白石は近づいてみると、白は白でも透明に近いもの、虹色に輝くもの、白濁しているものなど、様々な種類の石が混ざっている。
 虹色に輝いていたひとつを拾いあげて、水面に顔を出してまだらな陽光にかざしてみると、人差し指の第一関節ほどの大きさのそれはしずく型の艶のある軽い石だった。
 桃色と水色と白と、複雑な輝きでユーディアを魅了する。

「なんてキレイ。宝石のようだわ……」

 ユーディアはそれをにぎりしめ、再び潜水して、今度はいろんな白の石の形や輝きを堪能した。



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