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第2部 ベルゼラ国 第5話 色小姓
41-2、色小姓④
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「気が付いたか?ジプサム王子が戻ってきている。それから、今夜は星の宮はえらい騒ぎになっているぞ。ちなみにあんたの容疑は早々に晴れているから安心しろ。あんたの性別からしてあの犯行は不可能だから最後にはあの女の狂言だとされるのは当然だがな。とにかく、サニジンがティティの身体を医務局に調べさせた。性交の痕跡はないし、聞き取り調査の担当者が変わるごとに、ティティはあんたに呼び出されたと言ったり、付いてきてもらったと言ったり。証言が二転三転していて彼女の証言は信用できない。最後は、倉庫に残された彼女の手書きメモが決め手となった。ハルビン料理長も誰も彼女に頼んでいなかった。あのメモ自体が嘘なんだ。そして部屋を捜索させると、ざくざく出てきたぞ。今回とは違う別の、犯罪の証拠物が」
「証拠物……?」
「売春だよ。売春は、特定エリア以外は完全に禁止されている。星の宮内でアリサの手引きで、誰と会えというアリサからの指示が書かれたメモをティティが残していたんだよ。アリサは自分より下でつらい境遇の下働きの子を侍女見習いに引き上げ恩を着せ、自分に頭が上がらないようにして売春につかっていたんだ。他にも何人もかかわってる。アリサはアムリア妃がよこした女だったから、今、星の宮と後宮は大変なことになっている」
アムリア妃とは、ジプサムの生母だ。
「ジプサムは……」
「王子ができるやつならば、この機会にアムリア妃の勢力を自分の宮から排除するだろう。アムリア妃は息子を傀儡にとどめようとしているが、今のジプサムさまはどうかわからないな。自分の頭で考え、動き始めている」
ユーディアは服を脱がされいつの間にか裸だった。
湯に肩まで入れられていた。
天井の壁は見慣れたジプサムの部屋のものだった。
いつもと違うのは、ベッカムが浴室に腕をまくって湯桶の外にいること。
手桶で湯を掬っては肩にかけてくれている。
かいがいしさが自然で、もしかしてベッカムは女を愛したあと、毎回身体を洗ってやっているのではないかと思う。もしくは身体が不自由な子供でもいるのか。
夜もずいぶん更けている。
明け方かもしれない。
「湯の中で熟睡するなよ。あとは自分でしろ。軽く全体を流してやったが、お前はまだ臭いからな。前の時の比じゃない。丹念に足の間を洗っておけ。子供を産めなくなるのは、男のふりをしていても嫌だろう?可能性を閉じてしまうこともない。牢屋にトイレを置かず、人としての尊厳をずたずたにして犯行を白状させるというやり方は、よくあることだ。汚れた服は処分しておいてやるから。ここがどこかわかるか?」
「……わかる」
「俺はここまで連れてきたが、長居をすると、王子の色小姓に懸想していると噂されそうだ。もっとももうそんな噂が立っているかもしれないがな」
なぜかベッカムは嬉しそうである。
「……どうしてここまでしてくれるの」
「さあ?あんたが、女なのにどこまでやるのか興味があるからじゃないかな。こんな、はたからみたら無謀きわまりないことを決意させた一因は、ある意味、俺にもあるともいえるだろ。人生の岐路にかかわった手前、その行く末を見守りたいじゃないか……。それに、この程度のことは戦場ではよくある。上から下から糞尿やゲロやら何やらを垂れ流す負傷兵を背負って、それにまみれながら敗走したこともあるから気にするな」
ベッカムの靴音が遠ざかっていく。
ユーディアはしばらくそのままに体を低く沈めて湯が揺れるのに身体をまかせた。
ベッカムが気にするなというぐらいだから、かなりひどい状態だったのだろうと思う。腕のにおいをかいだ。清浄な、石鹸のにおいしかしなかった。
一息つくと身体を隅々まで丹念に洗った。
ベッカムが用意してくれていた晒を巻き、夜着に着替えると、王子の部屋につながる扉から自室に戻った。
窓の外は、ほの明るく白んでいる。
冷え切っていた身体は温まっていた。
全身の関節の動きを確認したいが、再び襲いかかる睡魔を退けることはできなかった。
ユーディアはベッドに倒れ込むと、数呼吸で眠りについたのである。
頬に感じた冷たい感覚に眠りの底から浮かびあがる。
ユーディアはうっすらと目を開いた。
ベッドに腰を掛けユーディアの頬に手を伸ばすのはジプサム。
もう何年も、彼とあっていなかったような気がする。
「……終わったの?」
「ああ。目が覚めたか。ティティの件は片が付いたよ。ベッカムが教えてくれたのか?すぐに駆けつけてやれなくて、すまなかった。もうひとつの件は、これからだ。母の勢力は、星の宮の隅々にまでいきわたっていた。俺はそれでいいと思っていたが、追放したアリサを使い侍女を売春させて情報を得たり、ゆすったりしていたことは許せない。母の勢力を一掃することにしたよ。遅かったというべきか。俺は、政務にかかわるだけなら武力は不要だと思っていたが、武だけではなくて俺には支援者も財政基盤も宮内、内部組織も脆弱だとわかった。宝剣を取り戻すのも、財源をねん出するのに奔走しなければならなかった。それらを何とかしなくてはならない」
ジプサムはユーディアを見つめ続ける。
その手は頬をなぜ、頬にかかる髪を耳の方へ流した。
「宝剣のためとはいえ、星の宮にあなたが来た時に俺の目が行き届かず、アリサにいじめられた。小姓にしてからは、あなたが色小姓と噂されているのに気が付きつつただの噂だと捨て置いてしまった。それが結局、自分の境遇に納得がいかない女の嫉妬を買い、あなたは陥れられた。初めからサニジンの下に、側近として入れていればこんなことにはならなかったのに」
「証拠物……?」
「売春だよ。売春は、特定エリア以外は完全に禁止されている。星の宮内でアリサの手引きで、誰と会えというアリサからの指示が書かれたメモをティティが残していたんだよ。アリサは自分より下でつらい境遇の下働きの子を侍女見習いに引き上げ恩を着せ、自分に頭が上がらないようにして売春につかっていたんだ。他にも何人もかかわってる。アリサはアムリア妃がよこした女だったから、今、星の宮と後宮は大変なことになっている」
アムリア妃とは、ジプサムの生母だ。
「ジプサムは……」
「王子ができるやつならば、この機会にアムリア妃の勢力を自分の宮から排除するだろう。アムリア妃は息子を傀儡にとどめようとしているが、今のジプサムさまはどうかわからないな。自分の頭で考え、動き始めている」
ユーディアは服を脱がされいつの間にか裸だった。
湯に肩まで入れられていた。
天井の壁は見慣れたジプサムの部屋のものだった。
いつもと違うのは、ベッカムが浴室に腕をまくって湯桶の外にいること。
手桶で湯を掬っては肩にかけてくれている。
かいがいしさが自然で、もしかしてベッカムは女を愛したあと、毎回身体を洗ってやっているのではないかと思う。もしくは身体が不自由な子供でもいるのか。
夜もずいぶん更けている。
明け方かもしれない。
「湯の中で熟睡するなよ。あとは自分でしろ。軽く全体を流してやったが、お前はまだ臭いからな。前の時の比じゃない。丹念に足の間を洗っておけ。子供を産めなくなるのは、男のふりをしていても嫌だろう?可能性を閉じてしまうこともない。牢屋にトイレを置かず、人としての尊厳をずたずたにして犯行を白状させるというやり方は、よくあることだ。汚れた服は処分しておいてやるから。ここがどこかわかるか?」
「……わかる」
「俺はここまで連れてきたが、長居をすると、王子の色小姓に懸想していると噂されそうだ。もっとももうそんな噂が立っているかもしれないがな」
なぜかベッカムは嬉しそうである。
「……どうしてここまでしてくれるの」
「さあ?あんたが、女なのにどこまでやるのか興味があるからじゃないかな。こんな、はたからみたら無謀きわまりないことを決意させた一因は、ある意味、俺にもあるともいえるだろ。人生の岐路にかかわった手前、その行く末を見守りたいじゃないか……。それに、この程度のことは戦場ではよくある。上から下から糞尿やゲロやら何やらを垂れ流す負傷兵を背負って、それにまみれながら敗走したこともあるから気にするな」
ベッカムの靴音が遠ざかっていく。
ユーディアはしばらくそのままに体を低く沈めて湯が揺れるのに身体をまかせた。
ベッカムが気にするなというぐらいだから、かなりひどい状態だったのだろうと思う。腕のにおいをかいだ。清浄な、石鹸のにおいしかしなかった。
一息つくと身体を隅々まで丹念に洗った。
ベッカムが用意してくれていた晒を巻き、夜着に着替えると、王子の部屋につながる扉から自室に戻った。
窓の外は、ほの明るく白んでいる。
冷え切っていた身体は温まっていた。
全身の関節の動きを確認したいが、再び襲いかかる睡魔を退けることはできなかった。
ユーディアはベッドに倒れ込むと、数呼吸で眠りについたのである。
頬に感じた冷たい感覚に眠りの底から浮かびあがる。
ユーディアはうっすらと目を開いた。
ベッドに腰を掛けユーディアの頬に手を伸ばすのはジプサム。
もう何年も、彼とあっていなかったような気がする。
「……終わったの?」
「ああ。目が覚めたか。ティティの件は片が付いたよ。ベッカムが教えてくれたのか?すぐに駆けつけてやれなくて、すまなかった。もうひとつの件は、これからだ。母の勢力は、星の宮の隅々にまでいきわたっていた。俺はそれでいいと思っていたが、追放したアリサを使い侍女を売春させて情報を得たり、ゆすったりしていたことは許せない。母の勢力を一掃することにしたよ。遅かったというべきか。俺は、政務にかかわるだけなら武力は不要だと思っていたが、武だけではなくて俺には支援者も財政基盤も宮内、内部組織も脆弱だとわかった。宝剣を取り戻すのも、財源をねん出するのに奔走しなければならなかった。それらを何とかしなくてはならない」
ジプサムはユーディアを見つめ続ける。
その手は頬をなぜ、頬にかかる髪を耳の方へ流した。
「宝剣のためとはいえ、星の宮にあなたが来た時に俺の目が行き届かず、アリサにいじめられた。小姓にしてからは、あなたが色小姓と噂されているのに気が付きつつただの噂だと捨て置いてしまった。それが結局、自分の境遇に納得がいかない女の嫉妬を買い、あなたは陥れられた。初めからサニジンの下に、側近として入れていればこんなことにはならなかったのに」
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